世界で一番白くて柔らかい②
にょっきが初めて我が家にくる日は、綿密に打ち合わせをして設定された。
直前でペンネアラビアータが他所にもらわれることになって、ちょっと寂しかったけど母とそのことをとても喜んだ。
父が外出している日を見繕い、その日は朝から大忙しで母と2人でホームセンターやペットショップを周り猫グッズを買い回った。設置し、家の掃除。細かなものをしまったり、「ねこのきもち」を一旦買い読みながらその時間を待つ。その後ねこのきもちは定期購読され定期的に我が家に届くことになる。全員本好き、なんでもまず学習から入る我家族の特徴。
チャイムが鳴り、友人とその知り合いが訪ねてくる。2人には父に内緒にしていることを伝えてあったので小声で「…こんっちわー…」と言っていた。まだいないよ、と伝えると、「よかったあ!怒られたらどうしようかと思ってた!」と笑っていた。
笑う2人の腕の中に、真っ白なにょっきはいた。思っていたよりもっともっとちいさくてちいさくて白いにょっきは、「名前をにょっきにしたよ!」と伝えてからずっとその家でもにょっきと呼んでくれていた。
あみあみのネットに入ったにょっきは大人しく首を据えていた。まん丸の目をかすかに動かして匂いを嗅いでいるようだった。
そのままトイレに向かう。ねこのトイレのしつけってすごく簡単だよ!と説明してもらいながら見守る。
恐る恐るトイレに入るにょっき。
我が家の床に初めて足をつけた。柔らかなその肉球で踏んだ我が家の床の触り心地を今もあなたは覚えているだろうか。そっと優しく踏んで、確かめる様に一歩ずつ足を右、左と動かし進む。
なんてかわいいんだろう。なんて優しく踏み出すんだろう。不安げで怯えた様子はわたしの胸をぎゅっと痛めつけた。
トイレが無事終わり、友人、知人からにょっきの様子を聞く。
とても人懐こく、甘えん坊だということ。通院済みで問題がないこと、あまりご飯をたくさん食べないけど小食なだけだと思うよ、そして兄弟といつもくっついて過ごしていたこと。
ごめんね、寂しい思いをさせてしまったね。
そして友人がにょっきを差出す。
「今日からにょっきの家族だよ」
わたしは恐る恐る手のひらを差し出し、にょっきを抱いた。抱く、というにはそれは小さすぎて両手のひらに収まるほどで、にょっきを手のひらにのせその暖かさと柔らかさに恐怖を覚える。
そしてにょっきにこう問いかけた。
「にょっき、いらっしゃい。仲良くしようね」
うなづきもせず、声も出さずただ、こちらをまん丸の目で見つめていた。
床に下ろし探検を促すと、柔らかな肉球で床を踏み締め少しずつ部屋を回る。音もせず、でもその踏み締める感触がなぜかわたしにも伝わる様だった。
その時、車のエンジン音がなる。
その場にいた全員が漫画の如く縦線の入った焦りの表情に変わる。
きた!きた!やばい!
早く帰らなきゃ!どうしよう!
セリフだけが口をついてでるものの、その場で地団駄を踏み誰もなにも行動できない。
ぎゃー!と叫んでいるうちに玄関はガチャリと開いた。
「ただいま、あれ、こんにちわ」と父。
凍りついた友人たちはそそくさと挨拶もそこそこに「じゃあ…」と帰っていった。
わたしと母は来客について特になにも説明せず「おかえりー」と返事をし、作戦その2を決行した。
にょっきはその瞬間も優雅に家の中を散策している。視界に入るまであと2秒…!くらいの位置を歩いている。
母は吹けないはずの口笛を吹きながらキッチンへ向かう。わたしは玄関とつながったリビングのソファに優雅に腰掛け、にょっきを見守る。
なにも気づいていない父はいつも通り洗面所に向かう。その動線には、にょっきが散策真っ只中だ。
2秒後、父は「えっ」と大きめの声を出し立ち止まる。
わたしと母は父の行く末を無言で見守っている。
「なになになに!どこからきたのー!どちたのー!あなたどこの子なのー?」
想定外の全力の赤ちゃん言葉である。思わずわたしは笑う。
その次の瞬間、父はにょっきを抱き上げこう言った。
「かわいい!にょっき?かわいいね!今日からうちの子だね!」
わたしと母は顔を見合わせた。
母に至っては「なんで…」と小さな声を漏らしていた。
後日、父とこの日の話をした時にこう言われた。
「わたしが何年あなたたちの夫と父をしていると思っているんですか」
わたしたちは全員、大きな声で笑った。
そして、にょっきとの新しい暮らしが柔らかく柔らかくはじまったのだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?