世界で一番白くて柔らかい③
にょっきはとてつもなく元気で愉快だった。
帰宅すると玄関まで猛ダッシュで来て出迎えてくれた。
カーブを競輪選手のように体を傾けて突進、曲がりきれずよくクラッシュしていた。何事もなかったかのように体勢を戻し、にゃー(お、おかえり)と言いながら出迎えた。
抱き抱えると小さなにょっきはそのまま身体をよじのぼって肩に乗っていた。わたしの肩に乗ったままあっちへ行け、こっちへ行けと指示を出した。
洗面所で手を洗っていると走ってきて水を飲ませろとせがんだ。わたしの手のひらからしかお水を飲まなかった。
火の灯った暖炉の縁を歩き、家中の床に肉球の形のスタンプを真っ黒につけて歩いた。
お風呂に入ろうとするとついてきて、湯船の淵に座ってわたしの湯船に浸かる瞬間に出る「あー…」という声を聞きながら目を瞑っていた。
食事の時は椅子かカウンターに乗り「わたしもごはんです」と言わんばかりに家族の会話に参加してきた。自分の食事の時は呼びにきて、体を撫でろという。撫で始めてようやくご飯を食べはじめるのだった。
眠る時にいつもベッドに潜り込んできた。頭を撫でているとしばらくしてぷい、と布団から出て足元で眠っていた。朝起きると顔の辺りに寝ていて、キックしたり舐めたりしてわたしを起こした。高い台の上からわたし目がけてジャンプをし「にゃー!」と切羽詰まった様子で起こすこともあった。慌てて起き部屋のドアを開けると一目散にトイレに走っていた。
にょっきは家のいたるところに自分の場所を作っていて、そこには父の靴下が片方だけあったり、母のヘアゴムがあったり、わたしの靴下があったりした。
そんな縦横無尽、自由闊達なニョッキだったけれど、わたしたちの膝に乗る時は爪を立てないようそっと乗るのでよく滑って落ちていた。
父は「気を遣わないで猫らしくしたらいいのに」といつも笑っていた。すました顔のにょっきは何事もなかったように座り直す。あなたが膝に座って欲しいんでしょう?と言わんばかりに。
わたしが笑っている日も泣いている日も、いつも通り、なにも変わらず暴れたり甘えたり眠ったりしていた。いつも柔らかくてわたしの一部分をそっと寄り添うように包んでいたし、わたしたちの生活はいつのまにかにょっきを守ることが主題となっていたけれど、その関係はその実すごく対等だった。
そんなにょっきのすました表情が崩れた瞬間が2回だけあった。
見たことがないにょっきを、その時知ることになる。
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