卸屋さん<六百字のエッセイ>

 実家は酒屋。田舎の酒屋には何でも売っていた。果物、お菓子、缶詰、惣菜、化粧品などそれぞれ多くはないが置いていた。仕入れの多くはそれぞれの卸屋さんからだった。多いのはもちろん酒類を扱っている卸屋さんだった。
 来る日は各社違っていた。昼時になると、それぞれの卸屋さんは我が家の居間に上がり込んで、各々の弁当を開いた。母は自慢の漬物をふるまった。学校が休みときは、私たち子供も卸屋さんと一緒の場所で食事をした。
 食事後、卸屋さんは勝手に座敷に行き、昼寝をした。二、三社が一緒になることもしばしばだった。一社最低二人だったから、六人のおじさん、おにいさんが昼をとった。座敷で一時間ほど昼寝をした後、卸屋さんは別の店に散って行った。
 もちろん、車の中で弁当を食べている卸屋さんもいた。あるとき母が「あんたたちはどこで昼ごはん食べちょるん? うちに来て食べなはい」と声をかけていた。毎回ではなかっただろうが、声をかけられた卸屋さんも昼ごはん仲間になった。
 父が非番で、昼時にいると、にぎやかだった。冗談のかたまりのような存在だった父は、卸屋さんを笑わせた。負けずに冗談を言い返す人もいたが、多くは大きな口をあけて笑っていた。卸屋さんにとって、我が家でとる昼が一日のうちで一番楽しいときでなかったか。今でもその光景を思い出すと、心が温かくなる。

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