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11.四乃宮(1)

11.四乃宮(1)

「――すまない。一人にするのじゃなかった」
 ミクエミが出ていくや否や、宮殿長が眉根を寄せつつ謝る。眉間に皺を寄せても、宮殿長は美しかった。美人は得である。
「なにか厭な事をされたりしなかった?」
 裸にむかれたのは〈厭な事〉の内に入るだろうか?
 悩みつつ、杏奈はとりあえずかぶりをふった。
 宮殿長は疑うような目で杏奈を見ていたが、不意に目元を緩めて、
「よく似合っているよ、そのブーロ」
 びっくり。褒められた。
「どうしようもない連中だが、そのブーロだけは感謝だな。私が用意したものは酷かった」
 いや、あれが普通だと思うけれど。

 そうこうしているうちに、食事がワゴンで運ばれてきた。
 促されて、杏奈が宮殿の向かいの席に着くと、速やかに料理が並べられた。具沢山のスープと白いパン、サラダ、分厚いステーキの肉料理。
 とても美味しそうだが、囚人用の食事でないことだけは確かだろう。
「特別メニューのようだな……」
 宮殿長も同意見らしい。目をすがめて料理を見ている。
「まあいいか。いただこう」
 宮殿長に倣って、杏奈もフォークとナイフを手に取った。
 背筋を伸ばし、行儀よく食べ始める。
 当然ながら、会話はなかった。部屋の隅に控えているミクエミが、水を継ぎ足したり、パンのお代わりの要不要をたずねたりする以外は、静かなものだ。
 一口は大きいのに食べ方が崩れないな、と宮殿長の所作の美しさを鑑賞しつつ、杏奈は黙々と食事を口に運んだ。

 食事の後は、宮殿長自ら四乃宮を案内してくれるという。
「昨日も説明したけれど、この四乃宮は、普通の監獄ではない。収監されているのは、害意なく誰かを殺してしまった人間ばかりで、凶悪犯はいない。だから、囚人は寝るとき以外は独房にいる必要はなく、宮内での行動はある程度の自由が認められている。といっても、職員の私室や執務室もあるから、あらかじめ出入り自由な場所を教えておくよ」
 監獄と自由。
 なんて相反する響き。小説の題にでもなりそうよ。
 皮肉っぽく考えながら、杏奈が宮殿長に従って部屋を出ると、向こうから、カーンカーンと鐘の音が聞こえてきた。
「時計塔の鐘だ」
 宮殿長が遠くを見遣る。
「四乃宮では、朝五時から夜中の十二時まで、半時間ごとに鐘が鳴る。毎時零分は短めに時の数だけ。三十分は、長めにカーンと一度鳴る」
 鐘の音を聞きながら、鉄格子がはめられた窓を横目に、杏奈は廊下をひたひたと歩いた。

「宮殿は地上四階建てで、いま立っているここは、地上一階。先程の大広間以外に、執務室や応接間、客間などがある」
 宮殿長が端から順に木の扉を開けていき、一々部屋の中を見せてくれる。
「こちらは連中の事務室。さすがにここは、歓迎してもらえないだろう」
 二枚扉の片方を押し開けると、部屋の奥まった所に数人が頭を寄せるようにして立っていて、一斉にふり返った。
 昨夜、広間に集まっていた面々だ。中年以上老人未満の男女で、恐らくは四乃宮の偉い人たち。
「……悪巧みの相談の最中だったようだな」
 バタン。音を立てて、宮殿長が扉を閉める。明らかに睨まれていたのに、どこ吹く風だ。何事もなかったように、廊下の反対側へと進んでいく。
「……で、ここが私の執務室だ」
 事務室よりも豪華な扉を開けると、奥に若い男が一人座っていた。
昨日、警備員を蹴散らしていた彼だ。杏奈を見て驚いたように立ち上がる。
「私の補佐官のハイガ=ジーロだ」
 杏奈が頭を下げると、ジーロはひらりと手をふって、
「よろしく、お姫さん」
 ……お姫さん?
「宮殿長、ちょっと」
 ジーロはちょいちょいと宮殿長を手招きし、なにかを耳打ちして書類を渡す。宮殿長はちょっと驚いた様子だったが、すぐに表情を消して杏奈の元へ戻ってきた。
「上に行く用事が出来たが、その前に、地下の説明を済ませてしまおう」
 せかせかと執務室を出ようとする。
 扉を閉めながら杏奈が会釈すると、補佐官は笑みを浮かべてひらひらと手をふった。
 

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