言葉の雪合戦

「お前さ、昨日のあの映画、結構面白かったんだけどさ、なんていうか…」

「ねえ、この前行ったカフェ、マジで最悪だったんだけどさ、あんな店もう二度と行かないわ」

「それでさ、その映画のラストがさ、すごく意外でさ、ああいうの好きなんだよね」

「店員の態度も超悪くてさ、注文したケーキなんて全然来ないし、ほんとムカついたわ」

「特にあの主人公の決断がさ、みんなに嫌われてるのに最後にはやっぱり…」

「なんか店全体が暗くて、雰囲気も悪いし、なんであんなとこ選んじゃったんだろうね、私」

「そうそう、それがまさに主人公の苦悩に共感できるんだよ。あのシーンで俺、泣きそうになってさ」

「そういうのマジで勘弁してほしいよね。ケーキくらいちゃんと出してくれって思ったわ。ほんと二度と行かない」

「そうだよね!主人公もケーキみたいに甘くはないんだけど、なんか…」

「そうそう、それで友達にも言ったのよ。あんなカフェ行くくらいなら、コンビニのスイーツのほうが全然マシだって」

お互いの言葉は氷のかけらのように空中でぶつかり合い、どちらも相手の話には耳を貸さない。彼らの視線はすれ違い、投げられる言葉はどこか噛み合わない。だが、まったく気にしていないようだった。言葉のキャッチボールではなく、まるで雪玉を無造作に投げ合う雪合戦のようだ。手元にある雪玉を投げることで満足し、相手がどう受け取るかは興味がない。ただ自分が投げた言葉が、空中に散っていく音を楽しんでいるかのように。

「だからさ、あのシーンの意味をちゃんと理解してないと、結構難しい映画だよね。解釈が分かれると思う」

「そうそう、ケーキなんてそんなに複雑じゃないのに、なんでこんなにも出てこないわけ?」

「いや、映画の話で、ケーキじゃないよ」

「でもさ、あの店のケーキなんてあり得ないでしょ?いつも行ってる店のケーキと比べたら…」

「…映画の話、聞いてた?」

「で、店の人、何も言わずにケーキを持ってきたのよ。冷めたケーキよ?こんなのあり得る?」

話の内容が違うどころか、相手の言葉が耳を通り抜け、どちらも自分の世界に浸っている。言葉は相手に向かって飛び出しているようで、実は何も伝わっていない。彼らにとって、話すことが目的であり、聞くことはただの形式にすぎない。言葉が当たっても、雪のように音もなく消えていく。そして、また新しい話題が雪玉のように作られ、次々に投げられていく。

「でさ、結局、ラストはどうだったの?」

「結局、あのケーキ、返金してもらったわ。ほんと、あの店はもう行かない」

言葉の雪合戦は終わらない。

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