豊かな脂肪

浅田光一は、世間で言う「成功者」だ。大学卒業後、投資事業で成功を収め、30代半ばで資産数十億を築いた。彼は仕事に熱心でありながら、自分の豊かさを享受することも忘れなかった。高級車、高層マンション、ブランド物の服。そして、何よりも、食事だった。


「人生は楽しむためにある。美味いものを食べて、最高の時間を過ごすのが幸せだ。」


浅田はそう信じて疑わなかった。東京の高級レストラン、銀座の寿司屋、フレンチの名店——一流の料理人が手掛ける逸品を口に運ぶたびに、彼は自分がこの上ない幸福を手に入れたと感じていた。ワインの深い味わい、ステーキのとろけるような脂身、デザートの贅沢な甘さ。食べ物を通じて、浅田は自分が特別な存在であることを再確認していた。


彼には一つの確信があった。それは、「金持ちは痩せている」という世間の言説だ。確かに、周りの仲間たちもスリムな体型を維持し、パーソナルトレーナーをつけてジムに通っている。しかし、浅田はそれを重要視していなかった。むしろ、彼は「美味いものを食べることこそが、人生を豊かにする」と考え、毎晩のように会食を重ね、次々と新しい店を開拓していた。


しかし、ある日、浅田は自分の体が変わり始めていることに気付く。以前はベルトを締めるのが容易だったズボンが、きつく感じられるようになり、鏡に映る自分の顔には丸みが帯びていた。最初は気のせいだと思っていたが、次第に体重計の針が容赦なく増えていく。


「まさか、俺が太るなんて……」


浅田は軽いショックを受けたが、それでも自分が太っているとは認めたくなかった。彼の周りの友人たちは、ダイエットに余念がない者ばかりだった。彼らがスリムな体型を保っているのは、トレーナーとの厳しいトレーニングや、徹底した食事管理のおかげだ。しかし、浅田にはそれが理解できなかった。金を持っているなら、好きなものを好きなだけ食べる。それが彼の哲学だった。


ある夜、いつものように高級レストランでフルコースを楽しんでいたとき、浅田はふと隣のテーブルに目をやった。そこには、自分と同じような年齢の男が、妻と子どもとともに楽しそうに食事をしていた。しかし、その男の体は異常なほど太っていた。席に座るだけで苦しそうな息をしている彼を見て、浅田は思わず目をそらした。


「ああはなりたくないな……」


そう思った瞬間、浅田は自分がその道を歩み始めていることに気付いた。


それから数ヶ月、浅田の体重は増加の一途をたどった。食事を減らそうと試みたものの、美味いものの誘惑には勝てなかった。どんなに節制しようとしても、友人やビジネスパートナーとの会食の場では、次々と高カロリーの料理が運ばれてくる。ワインとともに振る舞われる美食を前に、浅田は自分を抑えきれなかった。


「金持ちが太るわけないだろう」


ある日、彼の友人がそんな言葉を口にしたとき、浅田は心の中で苦笑した。彼自身、かつては同じように思っていた。しかし、現実は違う。金持ちだからこそ、美味いものを食べる機会が増え、贅沢な生活を送ることで、気付かないうちに体はどんどん肥えていく。太るのは貧しい者たちだけではない。むしろ、贅沢が当たり前の金持ちこそ、太る運命にあるのかもしれない。


浅田は、いつしかその事実に気付いた。毎日のように高級な食事を繰り返す生活が、彼の体を徐々に蝕んでいたのだ。しかし、それを止める術を彼は持っていなかった。贅沢に慣れた舌は、もう簡単に引き下がることができない。高級ステーキ、フレンチフルコース、イタリアンのパスタ——どれも彼にとって必要不可欠なものとなっていた。


「痩せるために贅沢を止める?それじゃあ、人生の楽しみがなくなるじゃないか。」


浅田はそう言って、今日もまた新しいレストランの扉を開ける。豊かさとともに手に入れた脂肪もまた、彼にとっての贅沢の証だった。



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