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母と私の目

前回私の目の話をしましたが、つい昨日母と話している時に私の目のことを話したので、その時の事を書いていきます。わりと喧嘩してるっぽい内容ですが、前提母と私は仲良しです。ただ価値観が合わないだけで。



久々に実家に帰って母と晩酌をしている時、「そういえば、むっちゃんの斜視気にならなくなったね」と言われました。

私は、今でも目が離れているのが目立っているんだろうなと思っていたので、いつの間に改善されてたのか…と思いました。
そこから、今でも斜視は目立っていること、初対面の人や関係値が浅い人には目のことを指摘されること、でもこれもひとつの個性なんだと思っていることなどを話しました。


今の私は、あの挫折もあって目のことを指摘されると反射で涙が込み上げてくるくらいには、この目がコンプレックスです。
でも同時に、どこを見てるのか分からないこの目を、自分の個性、なんなら魅力的な目だとさえ思っています。

山下智久さんや広末涼子さんや佐藤栞里さんも斜視ですが、それによってどこかミステリアスな雰囲気が出ていると感じています。より一層魅力が増しているなと。
そして私の目も同じように、普段の私に不思議な雰囲気をプラスしてくれて、魅力のひとつになっていると思っています。
…実際、私のこの目が好きという人も何人かいるんです笑


でも、そんな話をして母からでてきた言葉は「そのままの目も良いとは思うけど、今でも目の訓練は続けた方がいいよ。」でした。

母が訓練を続けろと言ったのは、人と目を合わせる時に目立たないようにするため、少しでも目立たない状態を維持できるようにするためでした。


「なんでこの目を変える必要があるの?」と私は聞きました。
母は「変えろとは言ってないけど、たとえば人と話す時は目を合わせられるようになった方がいいよ。目が合ってなかったら、えむちゃんが話聞いてるかどうか理解してくれないと思うから」と返します。そして「少しでもいい目でいられる状態を維持できた方が、お母さんはいいと思うけどな」と続けました。
それから、両目で見るのが大変でも、見え方に慣れちゃえば今でも目立たないようにできるという話、逆さメガネの実験の例があるから景色に慣れれば平気という話、一人暮らしの家でも訓練ができるように道具を持ち帰るかの話をされました。


たしかに、ビジネスマナーとして人と目を合わせることは重要です。それが「話を聞いている」という意思表示になりますから。なので母の言うことも納得できます。
ですがそれ以上に、無難で普通が好きな母ですから、やっぱり彼女は見られ方が気になって、他人から見て目立たないようにすべきだと思ってるんだな、と感じてしまいました。




「思ってなくてもいいから、そのままの私でも魅力的だよって言ってよ。親からそんなことばかり言われてたら辛いよ」と母に言いました。

最終的には誘導されるように「そのままでも素敵だよ」と母が言って、この話は終わりました。




いつもは一日5本のタバコを、この晩酌の2時間では10本吸ってしまいました。

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