大型銅鏡の鋳造技術

 先日の大型銅鏡の試作に関するレポートを紹介します。高岡短期大学のあった高岡市は古くから高岡銅器の発展した地で,金属器が地場産業として根づいている様子がうかがえます。銅鏡はまず顔を映す化粧道具としての円鏡が基本であり,古代の東アジアでは四角形の鏡はほとんどありません。

天神山古墳出土銅鏡(橿原考古学研究所附属博物館にて)


 青銅は不安定な金属組織で,銅と錫が不均一に凝固するため,巨大な鏡をつくることは困難でした。特に円形ではない形状の場合は偏った凝固を見せます。 富雄丸山古墳の鼉龍文盾形銅鏡は長さ64cm,最大幅31cm。凝固の際に銅鏡が収縮して割れることを防ぐには,鋳型にわらやもみがらを混ぜる,金属を溶かす温度を必要以上に高くしないなど細かい工夫が必要となりました。釜焚き後はゆっくりと冷やし,鋳型をばらして圧力から解放した状態に金属を慣らすためしばらく放置します。銅鏡は文様のある面の裏側を磨き上げて鏡面に仕上げますが,柔らかい金属である錫の比率が高いと研磨中に割れやすくなります。古代中国の青銅は錫を20~25%含んでおり,この大学の実験の際も錫21%,銅79%の比率で調合しました。冷えて固まった製品を今度は金属やすりで切削しますが,凝固した青銅は堅く,やすりの目はすぐつぶれてしまいます。そこで荒削りに電動グラインダー,切削には電動サンダーも利用したとのことです(以後細かい磨き上げは布やすりによる手作業でした)。製作途中で割れないよう5mm余分に厚くつくったものを,電動工具で切削して仕上げたという工程で,これは古代の技術を忠実に再現できたとは全く言えないという点を論文中で補足しています。これら鋳型製作,温度管理,切削工具の面からも富雄川流域の豪族の高度な技術がうかがえ,今後の成分分析等が待たれます。

鼉龍文盾形銅鏡と標準的な三角縁神獣鏡(直径21cm)の比較図

 錫の比率をある程度高める理由としては,鏡面が鮮やかに光を反射するようにすることがあります。現代の青銅製品の錫含有量は8~10%程度ですが,古墳時代の銅鏡の多くは15%以上錫を含んでいました。しかし錫が多すぎると製品はもろくなり,完成品の耐久性という以前に,冷却や研磨の最中に割れてしまうということです。一連の作業から,小型円鏡よりも大型鏡は数十倍の労力と高度な技術が必要であるという感想が述べられています。また,大型銅鏡の出土が世界的に少ない理由として,次の4点を挙げています。・顔を映す分には大きな鏡は必要ではない。・原料の銅,錫とも高価であった。・大きく鋳造するほど割れやすい。・副葬されたもの以外は鋳つぶして再利用された。
 神や獣をあしらった文様を配した鼉龍文銅鏡には,大型のものが多く,柳井茶臼山古墳(山口県)で出土した直径44cmの円鏡がこれまで最大のものとして知られています。富雄丸山古墳の銅鏡は何と言っても類例を見ない盾の形から,盾の防御性と鏡の神秘性の合体という象徴的な意味合いが強調されていますが,その巨大なサイズが意味するところも合わせて考える必要があると思います。また,労作かつもろいという点から,古墳への搬入は小型円鏡のように遠方産地からの輸送という手段をとることは難しく,近場で鋳造されたと思われます。4世紀日本の工芸技術が想像外に発達していたという評価は,表面の文様のデザインの芸術性ということよりも,鋳造技術の面ですごい~レポートには高岡の職人さんたちもお手上げといった場面がありましたが~ということを示しておきたいと思います。

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