自分ノート(その3)

Aさんが「団子」と言い、Bさんが「団子」と言うとき、それらは同じ団子なのか?当然のことながら、団子という言葉、すなわち概念としては、誰がそれを言ったとしても、あるいは考えたとしても、同じです。しかし、概念には色も形もありません。「白い」団子であれば、それを別の概念で表現する必要があります。では、何が違うのか?Aさんは串に刺さった菓子、Bさんは多くの人間が固まっている状態のことを言っている、というように、同じ団子でも人によって、あるいは時と場所によって、違う表象を持つという点に違いがあります。多分、違いは表象だけでなく、感情にまで至るでしょう。本を読むのは、単に概念の組み合わせを追っているのではなく、表象を獲得したり、感動するためです。「小説」の場合、意図的に感動させることを目的として概念が組み合わされており、「漫画」には、概念だけでなく、具体的なイメージの助けまであります。一方、シュタイナーの本は、概念で表現しきれない場合にはイメージによる助けがある場合もありますが、基本的には無色透明な概念の組み合わせです。したがって、それから表象と感動を得るためには、自分で努力しながら読む必要があります。しかし、相当な努力が必要な分、何がどうなっているのかが分かったときの喜びは大きいものがあります。シュタイナーの本を読むのは、ほとんど「瞑想」に近いと言えるでしょう。多分、多くの人にとっては、「なんじゃこれ?」で終わるかも知れませんが(^^;)

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