御本拝読「BADON」オノ・ナツメ

 公私ともになんだか落ち着かなくてバタバタしまくった今月。普通に繁忙期だったのとトラブルあり金欠あり体調不良あり、とあっという間に過ぎていった。そんな今月もあと一週間で、好きな漫画の最終巻を無事にゲット。嬉しさのあまり、久しぶりに感想を書きたい気持ちが溢れる。
 オノ・ナツメ先生の「BADON」、9巻で無事に完結。前作というか、アニメにもなった「ACCA」と同じ世界線のお話。「ACCA」も勿論読んではいるし好きなんだけど、私は「BADON」が好きすぎて既に令和に刊行が始まった中で一番好きな漫画はこれかもしれないくらいに思い入れがある
 「ACCA」は主に登場人物や話の中心が「王家」「政府」「警察(のような)機関」だった一方、「BADON」は治安のよくない地方出身の前科者や暴力団(のような)の抗争や暗躍がメインの話。そして、前者が結末が国家的なところに収まるのに対して、後者は一部の業界や個々人の生き方に変化が結末であり実は社会や世界にはさほど影響しないという。って、一言でまとめられる簡単な話ではないですが。全然違う話ではあるものの、オノ先生の過去の作品「GENTE」や「COPPERS」に似たものを感じる。登場人物一人一人の人生や心境にきちんと光を当ててくれる丁寧さや、死や別れも淡々と描かれる様子などが。
 共通点は、「煙草」。「ACCA」では主人公のジーンのキーとなるアイテムでしたが、「BADON」ではそもそもこの9巻の物語の軸が「煙草」。しかも、ちゃんとした紙巻の。主人公たちは高級煙草店を開店させるし、実は裏組織の計画にも煙草が大いに関わる。「ACCA」と決定的に違うのは、このしっとりしたノワール感。派手なドンパチはない(けど、拳銃で人が殺されたりひどい暴力を受ける描写はさらっと入る)全編通してずっと何かしらの緊張の糸が張りつめている。連載はガンガンだけど、これは少年漫画とも少女漫画とも言えないというか……好きな人は大人でも若年でもずっと好きだろうという独特の落ち着いた空気。
 また、みんなの煙草姿がめちゃくちゃ様になっている……!オノ先生は昔から煙草やコーヒーやドーナッツといった洋風の小物使いがめちゃくちゃ上手いのですが、「BADON」ではそれがあますことなくてんこもりに発揮されていて。ひたすら、どの登場人物も自分の中に秘めた苦しみや悲しみと向き合い続ける。しかも、「BADON」に関しては、一方的な被害者とか騙されたとかじゃなく、自分が選択した先に犯罪や過失や取り返しのつかない間違いがある、という複雑さ。その傍に煙草の煙がある。大人……。
 一応、敵役みたいなキャラクターも出てきます。が、最終巻でぎゅっとそのキャラクターにも切なさが……つまるところ、「BADON」にはまったくの聖人も悪人も出てこないし、勧善懲悪でもないし、悪の組織が最終的に壊滅したとかみんなハッピー!でもなく。でも、やっぱり、自分で自分を責めて長く苦しんだ人にはそれ相応に納得できる結末や未来があって。そういう、漫画というフィクションと現実の人間くささの融合した繊細な世界を描くのが、本当にオノ先生は巧みだなあと思います。
 まったくの聖人はいない、と書いてあっさり覆しますが、この漫画は女性陣がみんな素敵。過去編や亡くなった人を除けば、今、主人公たちの傍にいる女性たちはみんなまっとうで、落ちついていて、優しい。それも、おっとりお嬢様とかではなくて、みんなそれぞれちゃんと自立してばりばり仕事して生きていける。リリーちゃんはじめ、みんなカッコよくて強くて、肝っ玉の太い女性。この女性たちに、男たちは随分救われてるなあ。
 そして、ハートとドナの恋も最終巻でようやくはっきり描かれてますが、これがまた素敵。本編連載中も一人でにやにや悶えつつ「オノ先生、好き……!」って心の中で転げまわったものですが、単行本で一気にある程度まとめて読むと、やはりまた違った良さがあります。ハートが抱えた過去の重さと、ドナの懐の深さ。この二人の恋愛らしいシーンとしては、実は全9巻中のたった2、3コマなんですが、特にこの巻の二人のシーンは1、2巻の二人と眼差しや表情が全然違う。ああ、こんなにあたたかい目で相手を見つめるようになれたんだなあっていう感慨で読者は感涙
 オノ先生のすごいところって、どれもちゃんとスパッと終わらせてるところ。「ACCA」「さらい屋五葉」も、人気すごかったしもっと伸ばそうと思えば伸ばせたはず。けど、どの作品も10巻以下で終わらせていて(実は「BADON」の全9巻が今までで一番長い)、単行本1冊で読みきれるものも多い。その潔さというか、描き始める前からもう最終話までが頭の中にあってそれを計画的に淡々と描き進めています、っていうクールさがたまらなく好きです。めちゃくちゃ頭が良くないとできないし、それをひけらかすでもなくさらっとやってのける。さらに、じゃあ物語が知識や頭の良さがないと読めないかと言えばそういうことじゃなくて、その人の感性さえあればどんどん読み進めていけるし、何回読み返しても「あ、あの時のあれはここに繋がってたのか」とか「あ、これってああいうことだったのか」って発見が尽きない。本当に、よくできた漫画というか作家さんだ……。
 私は常々「短編が上手い(心に残る一編を書くことができる)作家さん」が好きなのですが、それとまったく同じ種類の「好き」を、オノ先生に感じています。ちょっと「BADON」からは離れますが、特に初期やbasso名義での作品には本当に秀逸な短編がたくさん。「Danza」という短篇集の中に「煙」という作品があります。これは私がずっと好きで、この作品は小説でも映画でもなく、オノ先生の漫画じゃないと表現できない話だなと思います。あ、この話も煙草の話だわ。特にこの話はセリフも少ないしページ数も少ないのに、その中に兄弟それぞれの長い時間や重い感情が詰まってて、それなのに軽やかにそっけないほどに描き上げる。余韻の残る話
 オノ先生の、シンプルで独特の線とベタ、グレーの世界。それ自体が唯一無二で素晴らしいですが、「この人の絵じゃなきゃこの話は成立しない」という極致。ちょっと日本人離れしてるなあ、というか、漫画家さんなんだけど映画監督や写真家さんに近い感じ。
 閑話休題。約5年にわたって連載された「BADON」、無事の大団円。この目で見届けられて良かったです。周りにこの話をできる人がいないので、noteで思い切り語ってすっきりしてしまった。私、もともとあまり漫画読みではないので、こういう時に語れる友や場所がないのです。実は最近では「ゴールデンカムイ」にうっかりハマってしまって(今更?)、こちらも周りに語れる人がおらず一人ファンアートで鬱憤を発散させるという……。また後日、書こうかな。



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