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樹堂骨董店へようこそ

最初、なぜイツキがその家を選んだのか那胡はよくわからなかった。

見た目はきれいな洋風の家。小さいお屋敷だ。庭もあって芝生になっている。外国人の家族が住んでいたというその家は海のすぐ近くにある。自然が多くて、民家はまばらなところだった。

そんな場所だから交通が不便だった。一番近いスーパーまで車で十五分という。今まで駅近い街中に住んでいた那胡は、駅まで遠くて自転車を使っても二十分以上かかるし、バスも無いから住みたくないと父であるイツキに言ったのだが「毎日送迎を必ずするから」と言って押し切られてしまった。

そんな始まりの家だった。けれど約束通りイツキは毎日送迎をし、友達が遊びに来れば協力もしてくれたので困ることはなかった。すぐ近くに店がないことや遊べるところが無くてつまらないこともあるが、外と家の区別がはっきりしているため、家ではひたすらのんびりすることができた。というか、だらだらするしかなかった。

引っ越ししてからしばらくはバタバタしていて、那胡は家の中をしっかりと見たことがなかった。だから、落ち着いて観察したのは住み始めて二か月くらいしてからだった。

その日、イツキは仕事があると言って日曜なのに朝早くから車で出かけていた。リビングは暖められ、キッチンにはスープとパンを那胡のために用意していた。普段は那胡が食事の支度をすることが多いが、イツキも作る。この家に来てからはイツキは料理をすることが多くなった。前よりも不便な生活なのに、よほどここが気に入っているんだろうか。洗濯も買い物などの家事もイツキがやることが増えた。

那胡には母がいない。母は那胡が七歳の時に家族でお花見をしていて、行方不明になった。那胡もその時に一週間行方不明になったらしいのだけれど、森の奥の立ち入り禁止区域で発見されて無事だった。那胡はその時の記憶がない。どうしても思い出せないのだ。そしてその有名なお花見のスポットは実はこの家からすぐ近くにある。
もしかしてこの家に決めたのは母を探すためなのかなと那胡は思ったりしていた。

ロールパンをひとかじりしてもぐもぐしながら、那胡はパジャマのまま家の中をフラフラし始めた。この家には部屋が多い。リビングやキッチンを除いて七部屋ある。そのうち二部屋は図書室と応接室だ。いずれも一階にある。

那胡は二階に上がる。見ようとしているのは普段入ることがない部屋だ。基本的にはどの部屋も同じ内装で寄木の床にゴージャスな絨毯が敷かれている。格子の入ったレトロな開き窓にはモスグリーンの重厚なカーテンが付いている。これらはすべて前の住人が残していったものだ。海外の雰囲気が満載だ。壁はアイボリーで統一されたヨーロッパのヴィンテージ風の花柄になっていてこれも全部屋共通だ。
そう、この家はおしゃれなのだ。今さら那胡は気づく。
それもそのはずで、20代前半で、おしゃれにうとい那胡にそういう古きよきモノの良さがすぐにわかるはずなんてないのだ。普段は美味しいものとかわいい服のことしか頭にない。

つづきます

登場人物

樹…イツキ  樹堂骨董店 店主 那胡の父

那胡…ナコ  イツキの娘

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