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ためちゃんと私の地球生活日記⑪

今日は創作を書きます。フィクションです。よかったら読んでください。

この頃、いろいろ動き回ることが多くてぼーっとする時間が少なかったため、あまりためちゃんたちと会話していませんでした。たまに中をのぞくとすごく話をしたそうにしている様子が見えます。彼らはなぜか人間と話したがっている。…ってこれを書いているそばから「つまんないからだよ」と答えを投げてくる。
そう、中にいる人たちはつまんないそうなんです。これ、前にも聞いていました。そりゃそうだよね。
食べなくていいし、寝なくていいし、時間とか関係ないし、意思の疎通はピピっと瞬間でできちゃうし…
それはつまり、美味しいものない、気持ちのよい睡眠もない、スマホいらない
コミュニケーションに悩むこともない…ということだ。なんでうまくできないのー?ということがあんまりない。そしてひたすら「あんこ餅」みたいな私の本体の相手をすることになる。

あんこ餅は「考えることが超絶苦手」な生き物なので、けっこうな割合で話が通じない。地球で見かける人たちはたいてい「考えることがとても得意」な方なのでその中では異質だと思う。
地球は考えて生きることが必要な場所なのに…よく来たなぁと思う。
ただ、考えるのが苦手なことがメリットであることもある。
それは「超絶ポジティブ、超絶前向き」なところ。
落ち込むけど立ち直り早い。元気いい。毎日楽しい。
賢くないので他の人ができることがうまくできないけれど、まったく気にしていない。全部ためちゃんたちに丸投げしている。
…これが私の本体だ。

あと、最近ふと気が付いたことがある。それは、人間の中の本体の「大きさ」だ。地球風に表現すると、年齢が一番近いと思う。
あんこ餅はだいたい幼児。私が気が付いた人たちはどんなに大きくてもせいぜい30代半ばくらい。それ以上の人たちはわずかしかいないと感じた。もしかしたら、本体が大きくなると人間になりにくいのかもしれないなあと思った。体は10Lで、服は3Lまでしかないです…みたいな感じかもしれない。
だから大きい人が人間としてうまれるのって何か事情がないとしないのかもなぁと思った。
そして私の知っている巨大な人たちは人生の役割がかなり重いひとがいる。もちろんそこまででないひともいる。それぞれ内容はバラバラ。生きるだけでもたいへんだからね。

人それぞれいろいろな役割をもっているんだなと感じています。
まだまだ知らないことが多いこの世界の秘密、少しずつ見つけていけたらいいなと思っています。

追記
タイトルのナンバー付け忘れたうえ、⑪をとばしていたので追加しました

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