見出し画像

見えない彼女

バイト帰りに歩きながらアイスを食べたくて、あまり人通りのない公園沿いを歩いていた。最近発売されたフローズンヨーグルトのアイスバーがすごく美味しいことに気付いてから毎日食べている。

そんな夜九時頃のことだった。ふと公園のベンチに見慣れた人が座っているのが見えた。
「お兄ちゃん?」
街灯に照らし出されているのは間違いなく兄だった。私はなんとなく立ち止まってそちらの様子を見ていた。そしたら、兄も気づいたらしくこちらに手を振り、手招きした。私は呼ばれるまま近づいて行った。
「お兄ちゃん、こんなとこで何してるの?」
「これからデートなんだ」
すごく嬉しそうににこにこしている。兄とは仲が良くてなんでも話す兄妹だ。私は幸せそうな兄を見て自分も幸せな気持ちになった。
「彼女出来たの?おめでとう!」
彼女いない歴イコール年齢の兄に彼女ができたことが普通に嬉しかった。
その時兄は私のすぐ後ろを指さした。
「この人が彼女」
なんの気配もしなかったから、びっくりして振り向いたが
「?」
誰もいない。
「?」
兄はベンチの端っこへ移動して、何かに向かって「ここへ座りなさい」みたいなそぶりをした。
「お兄ちゃん?」
「彼女とはね、この先のビアガーデンで知り合ったんだ。」
公園内のビアガーデンといえば、よく人が溺れる事件が多発する池のすぐ近くにある。背中に悪寒が走った。
「おいおい、彼女が話しているんだから返事くらいしてくれよ」
ふいに兄にたしなめられて
「は…はじめまして」
と適当にしゃべってみた。兄は満足げな顔をしている。
「ね…お兄ちゃん、私には誰も見えないんだけど…」
私はこわごわ言った。すると兄は急にすごく哀し気な顔をした。目の下にクマが濃くできている。なんとなく痩せたようにも見える。
「やっぱり…ミキにも見えないのか…みんなには見えないのか…」
どうやら兄は見えないという異変には気づいているようだった。
「いつ会っても浴衣姿だし、なんとなく変だなとは思ったんだけど…生年月日聞いたらさ、明治って言うんだ…明治って江戸時代の次だよな…」
「うん。文明開化の時代って習った」
私は兄に食べかけのアイスを差し出した。
「これ食べていいよ」
兄は受け取ると、もそもそ食べ始めた。美味しいと気づいたのか急に目を大きく開けて食べ始めた。
「美味い…」
お兄ちゃんに出会えて、そのひとはちょっとだけ幸せな気持ちになれたかもしれないと、私は思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?