見出し画像

ゆい×3

午前十時、事務所にて。
「ゆい先輩、このあとみなとみらい支店行くんですよね?」
サポートのきくちゃんに声をかけられて
「行くよ…今資料の最終チェック終わったし、名刺持ったし…」
全部バッグにしまうと椅子から立ち上がった。
「よし、行ってきます」
「いってらっしゃーい」
ゆいは軽やかに元気に事務所を後にした。

午前十時、駅にて。
「へぇ、みなとみらいってこんなところなんだ…」
スマホを片手に、書類の入ったミッフィーのトートバッグを抱えて改札をでると、近代的な街並みが広がっていた。人も多い。これから役所に行くのだ。役所は手続きひとつでもたいへん時間がかかるので、こうして朝早くからやって来た。
「帰りはおしゃれなランチでもしよーっと」
わくわくしながら、役所に向かった。

午前十時、美術館前にて。
「え?キャンセル?ちょっと、まっ…あっ!」
一方的に電話を切られてゆいはイライラが頂点に達していた。
「くっそ…断るのが直前すぎるだろ」
ふわふわシフォンのワンピースとかわいいサンダルには似合わない低い声でつぶやく。それもそのはずで、このデートは一週間前から約束していたし、ここまで二時間もかけて来ている。しかも、彼とのことで悩んでいたこともある。というか、もう終わったかもと思っていたし、終わったんなら誘うんじゃねえよと思ったのだ。
「あいつ、もういらんわ。まじでありえねぇ」
エレガントな見た目とはまったく違うイメージの言葉を吐いて、ゆいはみなとみらいをぷらぷらすることにした。

正午過ぎ、クィーンズスクエアにて。
音楽イベントが広場で開催されており、ちょうどピアノの演奏が始まった。軽やかで上品な雰囲気の演奏が空間を埋めてゆく。
「あっHow Sweetだ」
よく聴いているKPOPがピアノアレンジされていた。ゆいはランチする店の検索をやめて、音のする方に向かって行った。
その時、支店の職員からレストランの優待券をもらって、クィーンズスクエアにやって来たゆいもこの曲に反応していた。
「HowSweetだ…」

「んーいいね。イライラ消えてく―」
演奏している人は見えないけれど、音がわりときれいに聴こえてくる位置にデートしそこなったゆいは立っていた。目を閉じて音に集中する。ふわふわと体が浮かんでいくみたいに気分がよくなっていく。
リラックスして手からちからが抜けた瞬間、スマホを落としてしまった。
「あっ…」
目を開けてスマホを拾おうとしたら
「落ちましたよ」
トートバッグを抱えたゆいが拾ってくれた。
「ありがとう」
すぐ隣にいた、優待券を持っているゆいがふたりのやり取りに気が付いて
そちらに顔を向けた。
「あ!」
「あぁ!」
「ああぁ!」
同じ顔が三つ並んだ瞬間だった。
「こんなことある??」
髪型はバラバラだけど三人ともそっくりだった。
世の中には自分と同じ顔の人が三人いると聞くけれど、ひょっとしたら本当なのかもと三人とも思った。
時が止まったみたいな空間で音だけが軽やかに流れ続けていた。

official MV
https://www.youtube.com/watch?v=Q3K0TOvTOno

ピアノアレンジ
https://www.youtube.com/watch?v=IUbP34LAo90&t=618s

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?