見出し画像

馴染めないのは仕方ない

こぽこぽと泡が上がってくる水槽の中を真っ青な魚が何匹か泳いでいる。鮮やかなその青色はいずみの目をとらえて離さなかった。
「ナンヨウハギ…」
すぐに名前が分かった。ハギということは食べられるのだろうか。いずみはスマホで検索しながら魚を目で追っていた。
「おいおい…さかなくんたちをそんな目で見るなって」
ユウタロウが声をかけてきた。
「何もしてないよ」
「いやいや食べそうな勢いだよ」
「食べるわけないじゃん」
いずみは食べれるかどうかの記事を検索していたことは黙っていた。
「でも前に水族館行ったときにアジの大群見て美味しそうって言ってたね」
「そんなこと言ったっけ?」
「言ってたよ。めっちゃ驚いたから覚えてる」
「ふうん」
いずみは窓の外を見た。青空に入道雲がもくもくしている。わたあめみたいと思ったけれど、ジェラートアイス寄りかな…いや、ソフトクリームかなとどうでもいいことが頭を巡る。
そして、ふいにいずみは椅子から立ち上がった。
「ごめん…ユウタロウ…」
「えっ、何?どうしたの?」
「あたし…やっぱり…」
いずみはユウタロウの用意してくれたデートコースに文句をつけたくなくてずっと黙っていたけれど、とうとう我慢できなくなった。
育ちの良いユウタロウはいつも上品なフレンチとか連れて行ってくれる。今日だって素敵なイタリアンだった。でも、大きな皿の中央にちっさいパスタの山がちょこんとのっているのを見た時、正直なところ量が足らなくてがっかりしていたのだ。ただ、味が最高に美味しいので感謝していた。こんなご飯は今まで食べたことなかったから。
「ごめんなさい…やっぱり空腹から目をそらすことはできないの…」
「え??何の話?」
「私は、ほんとうは、マックのLLセットを二つ食べた直後にペプシ1.5L飲みながらポテチの大袋をひとりで全部食べるヒトなの…贅沢で上品なご飯馴染めないの…ごめんなさい!」
いずみは自分の分の費用をそっとテーブルに置くとユウタロウに頭をさげ、ドアを出て行った。
「…LLセット…」
ユウタロウは驚きのあまり引き留めることもできずにドアをみつめた。
「なんでそんなに食べるのに…痩せていられるんだ…」
そして、ちょっと小太りな体を小刻みに震わせていた。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?