見出し画像

ぼやく貫之|推し活(1)

自己紹介にも書いたんですが、私が古典を好きになったきっかけは、高校の時に紀貫之の和歌「桜花散りぬる風の名残には水無き空に波ぞ立ちける」に出逢ったことです。国語の教科書はゲットした初日にわくわくしながら目を通すタイプなので、高2の古文もそんなふうにパラパラ見ていたんですが、そこで見つけたのがこの和歌。そのページの意匠も美しくて(赤っぽい和紙のような柄でした)、一瞬で魅了された覚えがあります。私の人生において「一目惚れ」というのは、もう後にも先にもあの経験だけだろうな…、というぐらい鮮烈。
(ちなみに授業では取り上げられませんでした涙)
ということで、大学入学後、すぐさま図書館に通い詰めて、紀貫之の関係資料をスクラップするという「推し活」に勤しんだのです。
何度か引っ越しを重ねる中でそのノートを紛失してしまったのは本当に残念なんですが、今その推し活はnotion上で継続中です。そしてこちらのnoteでも少しずつ書いていきたいな、あわよくば同担の方々の目に触れて、日々の養分にしていただけるならそんな至福なことはないな、と考えている次第です。

どちらかというと、正岡子規のサンドバッグにされたイメージで有名になってしまった彼ですけども、私は貫之は「下手な歌詠み」ではないと思いますし(何なら子規もそう思ってなかったでしょうし)、
彼の和歌には魅力的な作がたくさんあります。また、当時には珍しく、仮名序・土佐日記・新撰和歌序といった散文を遺してくれたおかげで、その思想や人柄なんてのも少し分かってくるのが面白いです。中でもやっぱり『土佐日記』は、彼のプライベートな人柄が垣間見られる、貴重な推し活資料です。

かくいひて、ながめつつ来るあひだに、ゆくりなく風吹きて、漕げども漕げども、しりへ退きに退きて、ほとほとしくうちはめつべし。梶取のいはく、「この住吉の明神は、例の神ぞかし。ほしき物ぞおはすらむ」とは、いまめくものか。さて、「幣を奉り給へ」といふ。
いふに従ひて、幣奉る。
かく奉れれども、もはら風止まで、いや吹きに、いや立ちに、風波のあやふければ、梶取、またいはく、「幣には御心のいかねば御船も行かぬなり。なほ、うれしと思ひ給ぶべきもの奉り給べ」といふ。また、いふに従ひて、いかがはせむとて、「眼もこそ二つあれ、ただ一つある鏡を奉る」とて、海にうちはめつれば、口惜し。されば、うちつけに、海は鏡の面のごとなりぬれば、ある人のよめる歌、
 ちはやぶる神の心を荒るる海に鏡を入れてかつ見つるかな
いたく、「住の江」、「忘れ草」、「岸の姫松」などいふ神にはあらずかし。目もうつらうつら、鏡に神の心をこそは見つれ。
梶取の心は、神の御心なりけり。

『土佐日記』

都を間近にしながら進まなくなってしまった船、楫取は「住吉の神様が何か物を欲している」と言います。それに対し、「今めくものか(現代的なもんだなあ〜)」とぼやく語り手(貫之)。幣を奉りますが、それでも駄目で、再び楫取曰く、「神様が納得してないから船が動かないんだ。もっと貰って嬉しいものを奉るように」と。貫之は渋々貴重品である鏡を奉りますが、「人間にとって大切な目玉だって二つあるというのに、今ここには一つしかない貴重な鏡、これを差し上げますよ〜」と、嫌味たっぷりです。効果はバツグンだったようで、無事に凪いだ海を見ながら、「神様も現金なことよ。あ、そうか、楫取の心とは神の御心だったのだなあ!」と、最後は(いつも通り)楫取を八つ当たりの毒舌で刺してエンドです。いやあ、偏見だとは思いますが、貫之という人もしっかり「京都人」やってんなあ!と思います。
この場面以外にも、土佐赴任中留守にする自宅を守ってくれと隣人に頼んでいたにも関わらず、帰ってみるとすっかり荒れ果ててしまった様子を愚痴りつつ、「いとはつらく見ゆれど、志はせむとす(ひどく薄情だとは思うが、お礼はしようと思う)」なんてことも書いてあって、たぶんこの人、文章の中ではこうやって好き勝手ぼやくけど、普段はそういうのを見せないで、穏当に過ごそうとしていたのかな、とか妄想しちゃいます。
周りの人からは「優しい」「穏やか」「堅物」等と言われるけど、親しい友人達からは「いや、ああ見えて意外と毒舌だし、実は面白い奴だよ」みたいに評されてたんじゃないかしらん。まあ、何より「レジェンド級に字が上手」という属性持ちですけど(その一点だけでも推せる)。

先頭画像は高知県の菓子処・青柳さんの銘菓「土左日記」です。お菓子が美味しいのはもちろんのこと、これも推し活の一環です。本のような外箱が素敵!15年ほど前、初めて高知に赴いた時に購入したものは、紙箱に実際の和紙が巻かれたパッケージだったような気がするんですが、私の記憶でしょうか、今回生協で購入したこちらは紙箱にプリントされたものでした。もし万が一変更されたとかなら、少々お高くなってもいいから、復刻してくれないかなあ…!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?