ドーナツ白昼夢

読んでいた本の中で、母親が娘にドーナツを作っていた。娘が学校から帰ると"おかえりなさい"と言い、母親は濃いコーヒーを、娘はエスプレッソに牛乳を入れて、向かい合いながら一緒にドーナツを食べた。
昔、私の母がそうしてくれたように。母は自分の体調には無頓着なくせに、私たちには自然で身体にいいものを食べさせようとした。市販のお菓子ではなく、手作りのおやつ。そのことを思い出して胸がキュッとした。
本の読みかけに、ふとドーナツを作ってみようと思い夜中の1時に台所に立った。一人暮らしのキッチン。今思えば物語の中の幸せな時間に混じりたかったのだと思う。幼き日の過去に戻ることはできないから。ドーナツとは案外簡単にできるものだった。最後に砂糖はたっぷりまぶした。母とは違って。
本の続きを読みながらドーナツをかじる。さっくりふわふわで手間の割においしいことに感動する。同時に寂しいような幸せのような、楽しかったはずの夢を忘れてしまった瞬間の気持ちになる。本当は感傷に浸らずに連絡するべきなのに、その事実をミルクで流し込む。素直になれたらどれだけ幸せだろう。
その想いを汲み取ったかのように、物語は進み娘は成長していく。その成長についていくことのできない母親は、ワインを一杯。同じ気持ちを味わいたく、私も赤玉を一杯。私も大人風になったものだ。
ほろ酔いになりながら考える。母はあの幸せな時間を覚えてくれているだろうか。私は忘れないから、どうか忘れないでねなんて都合が良すぎるかな。

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