この世は資格優先①

私が就活をする頃には資格がなくてもある程度は就職できました。
  (30年ほど前の話です。)
けど、あって腐る物でもないので、『手に職をつけた方が良い』と
母親に良く言われておりました。
だから、被服系の高校に進学したかったのですが家計の問題で断念。
進学した高校では、簿記・珠算・電卓・パソコンなどの資格がとれたはずですが、せっかく資格が取れる学校に行きながらも学校に通って友達と遊ぶ
ことが初めて楽しくなった私は高校卒業の資格しかとることができませんでした。
それでも、【普通自動車運転免許】は取得。

就職先は大手流通業、バブルがはじけて移籍や移動がありましたが
地方生活者にとってはさほど影響はなく、高い給与でもないけど普通に生活して楽しめることが出来ていました。
学校のしがらみもなく、職場内は地元出身者も多かったですが、
全国からの寄せ集めで転勤者が多く柔軟な人間関係でした。

社内では昇級試験がありました。移籍組の私は有名大卒の年下社員と試験を受けましたが、面接で行ったのですが、ど緊張してしまい不合格に。。。
当時、自宅で手熱く指導してくださり奥様のおいしいごはんまでごちそうしてくださった上司には大変申し訳なく思います。
私の2個目の資格を取り逃しました。
 ≪資格を取り逃しました≫何か良い言葉ご存知の方いらっしゃいませんか?

そんな中でも『手に職を』と言う言葉は頭の片隅に残っていて
和裁教室に通う事になりました。
週1回の教室でしたが楽しくて浴衣も3枚ほど作りました。
ゆくゆくは指導無しで正絹の着物が作れたらと淡い期待を持っていました。
(そうそう、簡単に売り物になる物は作れないのですよ、けど若かったし)

が!めでたくというか…残念というか…結婚、出産、転勤となり。。。
私の3個目の資格を取り逃しました。

長男の子育ての毎日が必死でした。
転勤、引越の度に変る人間関係
さほど、不幸だとは思っていませんでしたのでPC教室に通い始めました。
(長男にとっては地獄という事をずーと後で認識することになります。
                   何かの機会があれば書きます)
自由度の高い教室でやりたいことを教えてくれる教室でした。
Excelが使えるようになりたかったので実務で使えるように指導してもらいました。同じ空間にタイピングを学ぶ方もいたのですが私は重視しませんでした。あの時ブラインドタッチが出来るようになっておけばと後の面接の時に後悔するのです。
すると、また転勤のタイミングが。。。
私の4回目の資格を取り逃しました。

そして、次男が生まれました。その間も尋常でない不定着生活は続きます。
唯一、今も交流のある友人が私からくる年賀状は毎年住所が違うので元旦に私から届いた年賀状で確認してから年賀状をポストに投函するそうです。
余談でした。

次男も小学生で落ちついた頃、ネイルブームが起こりました。
50の手習いでネイリストになったって話題も耳にして
『手に職』問題が再燃するとキットを買って趣味から始めて友人数人に
格安で(材料代として数百円)練習台になってもらいました。
引越もありましたが、関西だったのでネイリスト教室はゴロゴロしていて
次はこれしかないと数ある教室に何件も体験をしてここぞという教室を決めました。

転勤です。。。
私の5回目の資格を取り逃しました。

その頃には、ハローワークの職業訓練でネイリストもありました。
が、短期パート続きで雇用保険に加入しておらず職業訓練を受けることはできませんでしたし、関西みたいに主婦がネイリストスクール通うにはハードルが高かったのでした。

長くなってしまったので、次回にさせて頂きます。
どれだけ、ダメダメな奴なのか見てみたい方は次回もご覧ください。
そして、ネガティブループに巻き込まれないようにご注意ください。
ここまで、お付き合いくださりありがとうございます。


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