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『狼男だよ』その1

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アダルト・ウルフガイ・シリーズの記念すべき第一作!

それまでも佳作を産み出し続けてきた平井和正の作家性が、ここで一気に花開いた感があります。

『8マン』の原作者としてブレイクし、優れたサイボーグもの、サイキックものを描いてきた平井和正が、肉体を喪った8マンの憧憬的かつ対極的存在であるウルフガイ犬神明を産み出すことで、人気作家としての地位を確固たるものにしました。


元々は、アンニュイな吸血鬼男子を主人公にしたスーパー・ヒーローものを構想していたようですが、ある夜、そのキャラクターや背景をそっくり背負った状態で犬神明が夢枕に立ち、一気に路線変更。

そのせいか、第一作『夜と月と狼』にはネガ存在としての“吸血鬼”が登場し、ゴシック・ホラー的な暗鬱なトーンを感じさせます。


“狼男もの”、“不死もの”の元祖として、多くのフォローワーを産み出しますが、やはり本家である犬神明の輝きには誰も敵いませんでした。


余談として、今作の最初の版で改竄事件というトラブルに見舞われるのですが、ここでは詳しく記しません。(エッセイ集『夜にかかる虹』で、筆者自身による渾身のレポートを読むことができます。)

トラブルの影響で仕事を干され、一時期は大変な苦衷を味わわれたようですが、レジェンド編集者 内田勝さんの温情でコミック『ウルフガイ』が始まったことから、少年ウルフガイ・シリーズへの分岐に繋がったようです。


以下、作品の読み解き。

※ 基本的にネタバレ前提で書き進めます。

「アダルト・ウルフガイ」はまず連作形式で開始し、『狼男だよ』には中編三作品が収録されています。



『夜と月と狼』


まず特記したいのが、ちょっと怖い現実世界とのシンクロ…。

ここ数年、陰謀論界隈でエリートたちの諸悪の象徴として、まことしやかに囁かれておりますアド○ナクロム。

ちょっとおどろおどろしすぎて詳細を書くのを憚れるほどですが、今作に悪役として登場するのが「美と健康を保つために、うら若き美女を生贄にしてその生き血を啜るエリート」なんですよね…。めっちゃアド○ナクロム…。

もちろん100%フィクションとして描かれたのでしょうが、ウルフガイのオープニングが、「暗黒の秘儀に人命を捧げて喜悦する薄気味悪いエリート層」との対峙であることは、象徴的で面白いです。

オープニングは追突事故のシーン。

後部に追突され、あんぐり開いたセドリックの後部トランクに、一糸まとわぬ美しき女性の死体が詰め込まれている…。

今まで、レーサー以上に運転が巧みなはずの犬神明が、なんで事故を起こしたのか不思議に思ってたんですが、作中でも何度か述べられているように、これ「わざと」追突したんですね。

明示はされませんが、きっと嗅覚を含む第六感で何かを察知して、自分でもはっきり理由が分からないままに当てに行ったんだと思います。まさに超常能力。


“蛇姫”こと、石崎郷子さまも登場。

富豪令嬢であり、セックスの異常な天才…。この時点ではまだ紹介程度ですが、カーリ神みたいなオーラとミステリアスな魅力は既にはっきり感じられます。

彼女が“蛇姫”たる所以は、いずれゆっくり考えてみます。



明が手がかりを求めて彷徨う、60年代の夜の新宿の描写もすごく興味深い。昭和に流行った小説、ドラマ、映画などを見ると、かなり時代がかった(古臭い)印象を覚えるものが多い中、平井作品は不思議なくらい時代を感じません。異世界を見てるみたい。

キーパーソンである〈赤頭巾〉ことミラーカと出逢う、深夜レストラン〈エーリエン〉。「人間に化けて地球へ潜入している異星人が故郷をなつかしがって夜なよな集まる」というコンセプトでデザインされたというこの店ですが、令和のスピ的視点で見ると、スターシード(:異星にルーツを持ち、ある目的を持って地球に転生した存在)を連想してちょっと胸が疼いたりして😀 三次元的にも普通に宇宙人暮らしているなんて噂もあるし。

SF映画『エイリアン』が1979年ですから、〈エーリエン〉という語句も一般的ではなかったはず。この辺りも平井和正の先進性を感じてしまいます。


心に深淵を秘めた美少女、ミラーカ。

石崎郷子しかり木村市枝しかり、こういう美しい瞳に虚無を滲ませたキャラクター、大好きです😁

トランシルバニアの血をひく“混血”ですが、緑の瞳に本物のブロンドということなので、おそらくアジア人の血は入ってないと思われます。

キモ爺(今わしが命名)が「英国から連れ帰った」と得意げに語ることから、欧州で生まれ育ち、エリートの皆さまの“高尚な趣味”に関連する場で爺に関わり、日本に連れて来られたんでしょう。この辺り、目を覆いたくなる非道なエピソードがたっぷりとありそう…。

心をプラスティックで覆われたようなそのエキセントリックさは、人格形成期に何か重大な悲劇があったことを忍ばせます。

ミラーカという名も、古典的な女吸血鬼“カーミラ”のアナグラムであり、もしかしたら欧州耽美嗜好のキモ爺がしたり顔で名付けたのかも知れません。

その出自や容貌を含めて、シリーズ全体を通しての重要なサブキャラクターになり得るポテンシャルを感じさせ、流れ弾に当たってあっけなく落命してしまうのが残念で仕方ないです。


しょっぱなから登場する高(こう)と蟹男の殺し屋コンビは、おそらく『美女の青い影』で後藤由紀子を襲った二人組と同一存在ですね。こんな凶悪な奴らだったのか💦

大陸系の出自を持つ二人、十分に凶悪ではありますが、犬神明の相手を張るには、小物感が否めません。ウルフガイ、オープニングの良い引き立て役でありました。


そして、連続少女消失案件の首魁、キモ爺。

人類が抱える宿痾を糾弾し、バチガミ化してゆく犬神明が最初に遭遇する悪に相応わしい、どっぷりと闇に嵌った良い狂いっぷりの爺でありました。

このお方、間違いなくセレブではありますが、本当のエリートではないみたいですね。良いとこ華族くらい?

欧州暮らしが長く、あちらでエリートの皆さまの殺人淫楽という“高尚な趣味”の一端に触れ、目覚めてしまって日本でも秘密クラブを作った…って感じでしょうか。

ミラーカの口ぶりから、かなり凄惨な“趣味の儀式”が行われていたようで、そのメンバーは政治家や大会社の社長を含むセレブばかり。なにせ、人命が次々喪われる訳ですから、そんな悪事の漏洩を完璧に防ぎ得るほどの権力を、キモ爺は持っていたと。


中共のレジェンド諜報員、林石隆の名前も登場します。物語がいずれ世界的な諜報戦に関わってくる構想も、既にあったのでしょう。

巨悪に囚われ、心身ともに自由を失い、心を凍らせたまま操られ続けるミラーカの姿は、何者かに思考を縛られ、新世紀を迎えても不自由感とどうしようもない喪失感を抱き続ける、私ども人類を象徴するようです。

犬神明の誇りと偽りのない優しさに触れた少女は、最後にほんの少しだけ、洗脳の殻を破ってみせる。

#今後花開いてゆくウルフガイの重要なテーマの萌芽が随所に見られる、快作でありました。

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