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広島探訪記

先刻、「今日は全てを放棄する」とツイートしたばかりにも関わらず、noteを書き始めていて面映ゆい。


しかし、旅が終わったばかりである今書くことで、気持ちが入った文章が書ける筈と思い、iPadを膝の上に乗せている。



私は基本的に一人旅が好きだ。沖縄も伊豆大島もそうだが、1人で旅をしてきた。
自己責任のワガママを貫ける旅が大好きなのだ。


沖縄

経緯

ところが今回は友人からLINEが来て「友人3人で広島に行かないか?」と誘われた。
敦賀から帰ってきて数日だった為、正直気怠かったが友人には「NO」と言えず
行くこととなった。

本来の予定ならば青春18きっぷを使って4泊5日の旅であった。
しかし生憎にも旅行初日に台風が直撃してしまった。


付近の路線は軒並み運転を見合わせ、急遽車で行くこととなった。
さぁ、これが大変なことである。

閉鎖空間で男3人がトラブルなく行動を共にすることは中々に至難の業だ。
私とLINEをくれた友人だけならば問題無いのだが、もう1人が「友人の友人」であり、コミュニケーションが難しいのだ。





今後は友人をA、彼(Aの友人)をBと呼ぶ。






Bの分析

私は分析が好きで、コミュニケーションにおいても分析をしない瞬間は無い。
特に今回のケースでは、Bはかなり私と性格が異なるので分析を急いだ。

Bの性質は以下だ。

・メンズコミュニケーション(試し行動)
・マイペース
・執着心が強い
・幼い

という大変失礼な分析結果だった。

長く付き合えば違う所があるかもしれないが、現状はこれだった。

Bとの付き合い方の正解

BはAとの関係性を大切にしており、正直言って私のことが「存在として」嫌いだろう。
私がAとの会話を楽しそうにしていると明らかに不機嫌になっている。

なので今回は会話の中心をBにする様にしていた。そうすることで、AとBの会話も促すことができて円滑に旅を進めることができた。

しかしBの幼さ故に、無自覚に攻撃してしまい、それで私とAは腹を立てていたが、Bは気が付いてすらいなかった。

それが幸せなのかもしれない。


広島観光・平和記念資料館

広島観光は見るものも多く割と楽しめていたが、特に印象に残ったのは平和記念資料館である。

この資料館は、原爆の惨状を後世に伝え遺す役割を担った施設であり
痛ましい絵・写真や遺品が展示されている。

私は展示を見させて頂き、原爆についての考えが深まった。
原爆についてよく見聞きする意見で

「原爆がなければ、もっと犠牲者が出ていた」
「仕方がない」
という内容のものがある。

この考え方は言語的思考の悪い面が出ている。
「5人死ぬより3人死んだ方がマシだ」

上の考えはトロッコ問題で散々語り尽くされたことだが
間違いに近い考えなのだ。


トロッコ問題、AとBどちらを犠牲にするか?という問題

5人が死ぬわけではない○○ ○○○さんと、○○○ ○○さんと、○○ ○○○さんと、○○○ ○さんと、○ ○○○さんが死ぬのだ。

それぞれに全て人生があり、残された家族の苦しみがあるのだ
どちらにせよ人間のキャパシティを越えた耐え難い苦痛が存在する。

それに対して解答などあるわけが無いのだ。



などと考えていると
Bは「広島って噴水みたいな所が多いね」と言った
俺「原爆を投下されて、火傷を負った人が水を求めながら亡くなったからね、水自体に鎮魂の意味があるんだよ」と答えると

「もう一回原爆を落とされるつもりなのかなw」と発言した。

ブン殴ろうかと思ったが、我慢した。
思い返せばブン殴った方が良かった。





しばらくひとりで旅をさせてください。



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