愛しのマイアリーノ〜ヴェネツィアのキッチンから
イタリアで食事に招かれた時は、
心と体のテンションを上げて立ち向かう必要があります。
彼らが本気モードで用意した食卓は、質量ともにかなりの重さ。
まず小食なんて許されません。覚悟を決めてがっつり食べる。
そして食べると同時におしゃべりにも加わらなければいけません。
おしゃべりも料理と同じくしっかり味わうものなのです。
おしゃべりもご馳走
老若男女問わずイタリアの人たちは、大量にしゃべるのと同じ口で、
どうしてあんな速度で飲んだり食べたりできるのでしょうか。
決定的に咀嚼力が違うのかもしれない、とも思う。
みんなで食卓を囲み、おいしいものを食べることこそ人生最良の時、
と考える人たちにとって、ただ黙々と食べるなんてありえない。
料理はもちろんおしゃべりも何よりのご馳走なのです。
うまくコミュニケーションをとるには、まずきちんと自分の意見を言うことが大事。特に日本人的な「同調」あるいは「遠慮」「恐縮」といった気遣いは理解されにくい感覚です。
例えば何を飲みたいか訊かれて、相手に合わせ、気をつかったつもりで
「qualunque 何でもいい」と答えてしまうと、単に「興味がない」と
思われてしまうこともあるので、必ず好みを伝えて話をすすめましょう。
わからなければ「come te あなたと同じ」で。
遠慮してもじもじするのは、「気に入らない」「困っている」と見えて
しまうようです。うまくつきあうにはテンションを上げ気味にセットして、はっきりと言葉と態度で意志を伝えなければなりません。
みんなで食卓を囲み、おいしいものを食べることこそ人生最良の時、
料理はもちろんおしゃべりも何よりのご馳走です。
食べ上手、ほめ上手の極意
客として招かれている場合は、要所要所で料理人をねぎらい、さりげなく
ほめることも大事です。
ただし、食べるのもほめるのも、あまり前半(つまり前菜やプリモピアットのパスタ)で、「buonissimo おいし〜い」「fantastico 素晴らしい!」
などと飛ばしすぎてしまうと、ここぞというセコンドの時点で行き詰まり、
苦しむことになるので、出だしは押さえ気味にして徐々にペースを
上げていきましょう。
「che bon! うまいっ!(ヴェネツィア弁)」「migliore 最高!」
「ottimo 最高!」「troppo buono おいしすぎる!」や
「squisito da morire 死ぬほどおいしい」と段階的に散りばめていくのが
肝要です。最高のほめ言葉のひとつは
「come si fa questo piatto? この料理どうやって作るの?」。
訊かれた方は、我が意を得たりとばかりに念入りなリチェッタを披露して
くれますから、使う時はそのつもりで。
「È la prima volta che piatto. Non esiste in Giappone
こんな料理ははじめて。日本には絶対にないなあ」という必殺技も
非常に効果的ですが、同時に大いなるリスクをはらむこともあるので
注意が必要です。
食料品屋のウィンドーに並べられた子豚(本文とは無関係です)
愛しのマイアリーノ
それは私たちが日本に帰る前夜、友人宅での送別の夕餉のこと。
ナポリ出身のジーナとその娘のサンドラが、手間をかけて作ってくれた
得意料理は、マイアリーノ(子豚)のオーブン焼き、maialino al forno
でした。
前菜のトマトのブルスケッタ、プリモのパスタのオレキエッテを食べると、続いて、大皿にど〜んと盛られた珍しい皮付きspalla 肩肉の大きな塊が食卓に登場。ジーナとサンドラ母娘の料理は、いつも大盛りで豪快なのです。
ナポリではお祭りやお祝いの時には、もっと盛大に子豚の丸焼きを作るの
だと説明しながら切り分けていきます。
ぱりっと香ばしい皮の下のしっとりした肉と脂身は、黄金色の素晴らしい
焼き加減でしたが、そのまま確実にこちらの皮下脂肪となって身につきそうで、非常な危険に満ち満ちているのでした。
しかし、ここで怯むわけにはいきません。
しばらくお目にかかれないであろうこのご馳走を、文字通り腹をくくって
赤ワインで流し込みながら味わいました。
そして思わず「こういうのは日本では絶対に手に入らない!」を連発し、
ほめちぎってしまったのです。
その様子を満足げに見ながら、サンドラはそれとなく翌日の私たちの
発つ時間と日本までの飛行時間を訊き、何事かを考えているようでした。
ふと、ある予感が頭をよぎりましたが、口にするとなんだか逆に物欲しげ
に思われてしまうではないかと、何も言わず黙っていました。
その夜は、マイアリーノを胃袋の限界まで堪能し、満腹のお腹を抱え
ふらつきながら帰りました。
果たして予感は的中!
翌朝、私たちが午後の出立を前に荷造りに四苦八苦しているところへ、
なにやら大きな包みを抱えたサンドラが現れ、
慈愛に満ちた口調で言うのでした。
「今朝、肉屋に特別に頼んで買ってきたマイアリーノの肉よ。冷凍してあるから日本に着いた頃にちょうど解凍できていると思うわ」
その重量4~5キロはあろうかという、心やさしいサンドラのサプライズ!
もちろん、さすがに生肉の持込みは禁止されているのだと説明し、丁重に
辞退したのはいうまでもありません。
あまり落胆させてもいけないので、かわりに夕べ食べきれなかった分を
容器に詰めて持ち帰ることにしました。
それだって帰国後数回にわたってやっと食べきったくらいのボリューム
だったのです。おそるべし、マイアリーノ。
でも、いまだに「あのマイアリーノおいしかったねえ」と時々話題にして
いる私たちの食い意地もなかなかだとは思うのですが。