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ヴォンゴレかカパロッソイか

実家への里帰りよろしくヴェネツィアに通うこと25年あまり。
私にとって何より大事なのは、マンマ・ロージィと過ごす時間、
そして世にも幸せな味のマンマの料理を学ぶことでした。
本当の豊かさとは何か?マンマが私に手渡してくれたものを、
その味とともに、次の誰かに伝えていきたいと思っています。

アサリのスパゲッティを食べないヴェネツィアっ子

アサリのスパゲッティは、おそらく日本人が一番よく知っている
イタリアン、パスタ料理のひとつではないでしょうか。
そしてSpaghetti alle vongoleは、イカ墨のスパゲッティと並んで、
ヴェネツィアのオステリアやレストランのメニューに必ずのっている
代表的なプリモピアット、もちろん私も大好きです。
ところが私は、アサリのスパゲッティを店で食べたことはあっても、
ヴェネツィアの家で食べたことがないのです。
何故なら、生粋のヴェネツィアっ子であるマンマにとって、
アサリのスパゲッティはあくまでもツーリストメニュー。
食べるどころか作る気すらないのです。

では、ヴェネツィアっ子はアサリをどのように食べるのでしょうか?
それは、チケッティ(Cicheti=ヴェネツィア風酒肴&前菜料理のこと)
してシンプルこの上ないレモン蒸し煮にするか、プリモピアットであれば
スパゲティではなくきっぱりとリゾット。

マンマだって、アサリ自体は大好物なのですが、そのこだわりと頑固さは
相当なもので、決して譲る気はないようです。
ちなみにイカの墨煮 (Seppie al nero)もしかり、これもまたリゾットに
するか、ポレンタ(Polenta=トウモロコシの粉を練った北イタリアのソウルフード)を添えて食べるのが、正しいヴェネツィア流ということになって
います。

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*リアルト市場に並ぶアサリやマテ貝

ヴォンゴレかカパロッソイか

ヴェネツィアでアサリといえば、ヴォンゴレヴェラーチ(Vongole veraci=純正ヴォンゴレ)といわれ、貝類の中でもちょっと格上で高価、
日本のようにどこのスーパーでも簡単に買えるようなものではないのです。
しかもラグーナで採れる地物のアサリは、春の産卵期には毒をもつという
ことから(牡蠣のように)食べられる時期も限定され、珍重されています。
なので、リアルトの魚市場でたまたまアサリを見かけると、
「おっ、今日はアサリがあるじゃないか。じゃあ、ちょっと奮発して
買ってみるか」という具合になるわけです。
マンマは、私がスパゲッティを食べたがるのを知っていて、わざと
「さて、アサリはどうやって食べようか?」と尋ねてくるのが常でした。
私も返事を承知の上でスパゲッティで!と答えると、
「ノー、それはツーリスティコ。ヴェネツィア人ならリゾットに限るんだよ」というやりとりを飽きもせずくり返していました。

さて、ここまでアサリのことを、いわゆるイタリア語のヴォンゴレと説明
してきましたが、ヴェネツィア人はふつうこれを方言で
カパロッソイCaparosoliとかカパロッツォイCaparozzoiと呼んでいます。(capa〜で始まるのは貝類を指します)イタリアはどの地方へ行っても
方言中心主義ですが、特にヴェネツィア弁は特殊な言葉として有名であり、
なかでも食材の名前についてはイタリア屈指のユニークさです。

例えば、イタリア語→ヴェネツィア弁の順で
ムール貝はコッツェCozze→ペオチPeoci
マテ貝はカンノリッキCannolicchi
→カパルンゲCapelonghe
シャコはチカーレCicale→カノーチェCanoce
ウナギはアングイラAnguilla→ビサートBisato
カタツムリはキオッチョリChioccioli→ボヴォロBovolo
ソーセージはサルシッチャSalsiccia→ルガネガLuganega
ピーナッツはノチ・アメリカーネNoci Americane→バジジBagigi

などなど挙げればきりがありません。

ヴェネツィアで地元住民が行くような店で(ありきたりのツーリスト
メニューではない)旨いものにありつこうと思ったら、こうした
ヴェネツィア弁の食材の名前をいくつか覚えておくといいかもしれません。

カパロッソイのレモン蒸し

ここでは、ヴェネツィア風チケッティの「カパロッソイのレモン蒸し」
リチェッタ(レシピ)を紹介します。
よく知られている「アサリのワイン蒸し」にくらべ、ぐっとシャープな
味わいです。
これに茹でたてのスパゲッティを投入すれば、マンマがいうところの
ツーリストメニュー、アサリのスパゲッティSpaghetti alle vongoleです。
材料を準備したら、あとは迅速かつ大胆に。
アサリから出る旨みたっぷりの煮汁にパンに浸して食べるのが、最高においしいヴェネツィアの家庭風です。
パンをたっぷり、それからプロセッコやピノ・グリージョなどの白ワインを忘れずに用意しておきましょう。

このリチェッタはムール貝やマテ貝などでも同じです。
ただし、ムール貝は(砂地にいる貝ではないので)砂出しする必要はありませんが、貝殻と縁についているヒゲのような部分をいかにきれいに掃除するかが、味の決め手。タワシやペンチを使って磨くように洗います。
また、マテ貝は砂地にもぐっている貝なので、アサリより慎重な
砂出しが必要です。


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*マテ貝のレモン蒸しチケッティ。パンと白ワインを用意して。
ヴェネツィアの食卓と東京の食卓。

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【カパロッソイのレモン蒸しの作り方】
〈材料〉アサリ、にんにく1片、唐辛子1本、レモン1個(注:皮ごと使うので必ず防カビ剤不使用のもの。できれば国産)、イタリアンパセリ、塩、黒胡椒、オリーブオイル。
*蒸し煮にするので、ぴたっとフタのできる浅鍋かフライパンを用意。

①アサリの下準備/アサリはボールにはった塩水に浸け、少し隙間がある
ようにフタをかぶせ薄暗くして、しっかり砂を吐かせておきます。
使う前によく水洗いして汚れをとります。
②鍋に大さじ3杯くらいのオリーブオイル、軽く叩いて潰したにんにく、
種を抜いた唐辛子を入れて火にかけます。
にんにくと唐辛子を焦がさないように気をつけながら、うすく煙がたつまで熱し、香りがついたら取り出します。
ここへ間髪入れずに一気にアサリを投入してフタをします。
③鍋の中で熱いオイルとアサリが弾けますが、2分ほどで落ち着いて、
アサリが口を開き始めます。
ここへ胡椒を挽き入れ、二つ割にしたレモンをぎゅっと絞り、そのまま鍋に放り込み、粗みじんのパセリを入れ、またフタをします。
④アサリが十分に開いて火が通ったら出来上がりです。




デザイナー、美術家、料理家。イタリアはヴェネツィアに通い、東京においても小さなエネルギーで豊かに暮らす都市型スローライフ「ヴェネツィア的生活」を実践しています。ヴェネツィアのマンマから学んだ家庭料理と暮らしの極意を伝えます。