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神宮外苑再開発への意見〜⑨ラグビー場と野球場の用地交換は百年の杜を破壊する

2022年4月15日。「神宮外苑地区市街地再開発事業」環境アセスメントに
対して「都民の意見を聴く会」が開かれました。
17人の公述人からは、この再開発計画に対し様々な角度の問題提起があり、「緑豊かな歴史ある景観を守るべきだ」と提案を含めた計画見直しを求める声が相次ぎました。どの意見も多様で知見に富んだ素晴らしいものでした。公述人の声を、多くの皆さんに知っていただきたいと思います。
以下に、
川口真央さんの意見を紹介いたします。

都会の真ん中にある100年の森を歩く

私は千駄ヶ谷に住んでいる一市民です。表参道で商店を営んでおり、表参道には北参道から神宮の内苑の森を抜けて歩いて行っております。
神宮の森に一歩足を踏み入れるたびに 気持ちが高い木のてっぺんにまで
ひきあげられ、すがすがしい気分になります。都会の真ん中にこんな森を
作り上げた先人の偉業に感服いたします。300年後の完成を目指したという計画の、今その途上100年後の姿をみているのですから。
青山に行くには外苑を通ります。少し遠回りでもいちょう並木を抜けていきます。ここも内苑に続く100年の歴史を感じられる気持ちのいい空間だからです。しかし、昨年オリンピックの準備とその開催期間には外苑一帯の通行が制限されフェンスと柵に囲まれてしまいました。
やっと封鎖も解け、いちょうも色づいてきた頃 この度の大規模再開発計画を知りました。そして昨年12月の説明会で初めて この計画の全容を知る
ことになります。やっと自由に歩けるようになった外苑が12~3年の間
あちこちで工事が続くというのです。
当然長い間にわたり周辺の環境に大きな影響があるでしょう。そんなことが今まで知らされずに計画されていたこと、そしてその説明会のありかたにもおおいに不信感を抱きました。その不信感はそのまま現在に至っても解けていません。

環境影響評価書案に繰り返される同じ見解

黙っているわけにはいかないと、この公述人に応募しました。そして分厚い環境影響評価書案、とその資料、評価書案に係る見解書を読んでみました。すると問題はこの12~3年のことではなく、この再開発計画により今後50年100年にわたる大きな影響のあることがわかりました。

まず銀杏並木とそこに隣接される野球場のこと。さまざまに指摘されている懸念に対し事業者の見解には「工事の施工にあたっては、保存する銀杏並木の生育に影響を及ぼさないように計画建物の地下躯体の配置等に配慮する計画です。」と、なんども同じ文言が繰り返し述べられているだけです。
引用部分は提出した公述原稿にそのページをしるしておきましたので、
ここでは省略します。ただここでは、令和3年7月の環境影響評価書案に
示された「評価の結論」と令和4年2月までに出された意見に対しての見解とに、全く変化はないことだけを指摘しておきます。なにを質問されても同じ見解を繰り返しているだけです。

水循環、日影、風環境の3つの検証

この見解に対し次の3点を検証します。評価の項目「水循環」について、工事が地下水のながれに及ぼす影響についてです。次に「日影」についてです。ひかげ、建築物が妨げる日当たりについてです。さらに「風環境」に
ついてです。

1)まず「水 循環」について

事業者は工事完了後は地下構造物の存在により、地下水の流況に影響を及ぼす可能性があると認めています。当たり前です。
にもかかわらず、「計画地で確認されている帯水層は計画地周辺にも広範囲に分布していて、地下躯体が占める範囲は計画地内のみの限定的なもので水流が阻害される可能性は少ない」と結論しています。
逆にいえば、地下躯体が占める計画地内の限定的な範囲は地下水の流れに
影響があるということです。当たり前です。
まわりくどい言い方で問題をはぐらかしているだけです。
「野球場棟及び球場併設ホテル棟の断面図」を見ると銀杏並木に隣接する
野球場の地下構造物も最深部の掘削工事が行われることが示されています。地下水の流れに影響がないわけありません。さらに言えば同様の地下構造物は計画地全体を覆っています。つまり水循環において、計画地に建造される建築物の周辺は水流が阻害された環境なのです。計画地建造物周辺は樹木の移植及び新植にあたって適切な環境ではありません。まして水流が阻害され、西側の掘削によって地下に広がった根を切られた銀杏並木はその生育に大きな影響を受けることは間違いありません。

2)次は「日影」について
時間別日影図で銀杏並木は概ねの時間帯において日かげが生じることが示されています。銀杏並木の西側に20M以上の構造物が出来れば西日が当たらなくなるのはこれも当たり前です。
このことは審議会における委員の指摘にもあり、事業者は樹木医などの専門家と日影の影響も考慮し移植や植栽の場所等について検討を行う、と答えています。しかし移植や新たな植栽を作るわけでもない銀杏並木については
検討するとしたら、西側にかべをつくらないということだけです。
かくして銀杏並木は地下水脈が断絶され充分な日照もない状況に置かれることになり、加えて高層ビルによるビル風に見舞われることが予想されます。

3)次にこの「風環境」について
風洞実験により現況から建築後・対策後における変化の程度は概ね穏やかな風環境であるか一般的な風環境であるとされています。
これは計画地周辺の影響の少ない地点を169箇所、ご丁寧に有名な鯛焼き屋近くの若葉町にある服部半蔵の墓まで測ってのことです。懸念していた野球場へのビル風は計測されていません。唯一計画地ちかくの伊藤忠ビル前が現況で領域Cと言われる(比較的強い風が吹いても我慢できる場所)であり、建設後に領域D(超高層建物の足元で見られる一般には好ましくない風環境)になりますが、風よけの植栽など対策すれば=領域Cに戻るそうです。伊藤忠ビル前は多くの都民の意見でビル風が強く傘もさせないと言われています。この風洞実験結果は、私を含め少しでも現場を知るものの実感とはかけ離れたものです。
ある都民の意見は「現状の実測データと風洞実験データの差異を計数化し、計画建築物の模型によるデータに乗じて、風環境評価値を算出し、、、」と求めていますが、事業者は気象条件が変化すると建築前後の比較ができないので変化のない風洞実験で調査したと述べています。気象に変化があって風が強い日があると評価の対象にならないということです。これでは事業者の評価書にあるものは信頼に足るデータとは言えません。高層ビルの周囲だけには気象に変化のある風の強い日がこないことを祈るだけです。

景観、そしてラグビー場について

すでに多くの方が述べられていて、審議会における委員からも評価書案に示されている何が描いてあるかわからないパース図について、「将来どういうふうになりそうか不透明だったとしても、ある程度最悪の状況を考えながら評価するのが環境影響評価で ある。」との指摘まで受けています。本計画は当初から都民に全体イメージを明らかにしないように進めてきました
このような図を示すのは、そのような事業者の姿勢を象徴していると思います。事業者はこれまた繰り返し「神宮外苑いちょう並木沿道は、聖徳記念絵画館を臨む神宮外苑いちょう並木のビスタ景を保全する」と述べていますが、青山二丁目の横断歩道の真ん中に立った、ただ一つの視点だけで景観は成り立っているわけではありません。移動するさまざまな視点からの広がりや連続性が保たれてこそ「ビスタ景を保全する」ことになります。
その意味ではいちょう並木に野球場を食い込ませるような計画は景観の破壊以外何者でもありません。以上のことから、いちょう並木の生育環境への悪影響やその景観の破壊なしに並木に近接して野球場を建築することは不可能であります。

画像1建国記念文庫の杜。向こうに工事のための囲いが見える。

次にラクビー場について事業者は「神宮外苑広場(建国記念文庫)の植栽樹は存置もしくは移植により極力保存する」と言っています。この建国記念文庫の森の木を数えてみました。広場内の高木70本あまり、低木30本あまり、周囲の植栽ひとつばたご、桜を含む25本あまり、その3分の2は掘削される地盤に生えており、わずかに敷地を外れる樹木の生育環境も55mの建築物とそれを支える地下構造物に脅かされることになります。第二球場脇には20M近いヒマラヤ杉6本を含む28本の高木もあり、これらのほとんどは存置はもとより移植も不可能と思われます。

ちなみにこの森と第二球場の間の区道は計画ではラグビー場の建設予定地
として廃道になりますが、現在水道管の移設工事が行われています。水道局に問い合わせるとこの工事は外苑再開発に関わる工事で、発注元は三井不動産だそうです。工事は1月から始められております。

このことが何を意味するか審議会委員の皆様はお分かりのことと思います。(環境アセスの審議は無視されて計画に基づく工事は既に着手されている)

論点を戻します。さらに事業者は「生物多様性に向けた戦略」に配慮した
事項として「既存の緑を生かし、あらゆる人が気軽に使えるパブリックスペースの充実性をさらに高め、思わず立ち寄りたくような活気ある交流拠点を形成する」と、これも他のところでも述べられている見解を繰り返し、
生物多様性に向けた戦略とは的外れなことを述べています。

これは、去る3月9日の東京都議会で原田議員の「緑地を増やすといっても小さな植栽を増やすだけではないか」という質問にたいする都市整備局の
上野技監の答弁につながります。答弁ではこう述べられております。

「生物多様性の観点からも多様な植栽とすることが質の高いみどり空間を創出する上で必要不可欠である」と。

生物多様性の保全とは豊かな土壌と、そこに生息する多様な生物の生息環境を守ることであり人工地盤に「多様な植栽」を増やすことではありません。ましてや巨大建造物の建設で森を掘り返し、コンクリートを埋め込むことではありません。本計画におけるラグビー場建設は環境保全に関するあらゆる計画に矛盾します。
さらに景観についても眺望、圧迫感、いずれの調査地点も、ラグビー場の影響の少ない地点での評価で「みどり豊かな景観が維持される計画である」と結論されています。実際は絵画館前から国立競技場方面を望めば、現況では建国記念文庫の森に隠されている第二球場のネットの高さほどに、国立競技場より高いラグビー場が聳え立ち、相当な圧迫感をもって見えるはずである。

未来の世代に責任を持って継承すべき100年の遺産

以上のことから環境と景観の破壊をなしに本計画のラクビー場建設は不可能であるとわかります。神宮外苑の環境と景観を保全しつつ、ラグビー場と
野球場の施設の更新を計るには、現在地での建て替え以外には考えられません。事業者はラグビー場、野球場での競技の継続をはかりつつ、施設を途切れることなく整備する必要を述べていますが現在地での建て替えであれば施設が使えなくなる期間はそう長いものとは思えません。
はじめに述べたように神宮外苑の今後50年100年を考えれば僅かな期間と
言えるでしょう。ここにおいて本計画の事業者は100年前の先代から受け継いだ遺産を未来の世代に責任を持って受け渡してゆくべく計画を練り直すべきだと結論いたします。建国記念文庫の杜。向こうに工事のための囲いが見える。

デザイナー、美術家、料理家。イタリアはヴェネツィアに通い、東京においても小さなエネルギーで豊かに暮らす都市型スローライフ「ヴェネツィア的生活」を実践しています。ヴェネツィアのマンマから学んだ家庭料理と暮らしの極意を伝えます。