人生はパッセジャータ
もっともヴェネツィア的なひとときといえば、
それはまちがいなく午後のパッセジャータの時間。
passeggiata というのは「歩き」という意味ですが、
いわゆる散歩というのとは、ちょっとニュアンスを異にする
日常的な町歩きのことをいいます。
ヴェネツィア暮らしはパッセジャータに始まりパッセジャータに
終わる。なにしろここでは自動車が一切入って来ないので、
公共交通の水上バス以外はひたすら歩くしかないのです。
どこへでも歩いていくヴェネツィア
イタリア人の多くは「毎日が同じ」な、そして地元密着型の暮らしこそ
快適だと感じているのだとか。
とりわけ箱庭のように閉じた環境のヴェネツィアでは、人々の行動範囲も
自ずと限られていて自然発生的なテリトリーのようなものができあがって
います。通勤や遠出の買い物は別として、ふだんの生活圏は半径1キロほど。
つまりすべて歩いていける距離なのです。
本土から繋がっている道路は、ヴェネツィア本島の入り口である
ピアッツァレ・ローマが終着地点で、バスも自動車も入ることができる
のはそこまで。その先は、公共交通の水上バスかタクシーボートだけで、
あとは歩くしか手段はありません。
島は大小の運河の隙間を橋でつないだジグソーパズルのような構造で、
平らな直線の道路が少なく、自転車で走るのも難しいのです。
通るのはせいぜい荷物運びの台車くらいなので、歩くには安全です。
狭い路地から路地、井戸のある小さい広場を通り抜け、小さな橋を渡り、ソットポルテゴ(sotoportego)という独特のトンネルをくぐり、運河沿いの河岸に出る。
そしてまたその先の路地を入って、歩く、歩く。
ヴェネツィアは歩く快楽を教えてくれるところです。
パッセジャータの路上は社交場
誰も彼もが歩いているヴェネツィアでは、当然のことながら道で顔見知りと出会う確率が非常に高い。
とくに夕方のパッセジャータは、住人たちにとって重要な日課。
みんな毎日時計のように同じ時刻に出かけるので、約束したわけでもない
のに同じ顔ぶれに出会うことになります。
たった数百メートルほどの道のりなのに、互いに「ブオナ・セラ!」
「ブオナ・パッセジャータ!」と次々と声をかけあい、そのまま立ち話に
突入する、そんな人たちが路上のあちこちに集っています。
さらには、いきつけのバールに場所を変え、アペリティーヴォを飲みながら本格的におしゃべりに花を咲かせます。
つまり夕方のパッセジャータは路上の社交場であり、自宅のサロンの延長
なのです。
だから、ほんの近所だからといってサンダル履きにエプロンをつけたまま
なんてことは決してしません。シニョーラなら、ちゃんとお化粧をして
アクセサリーもつけ、ちょっとおしゃれして出かけます。
シニョーレだってぱりっとしたシャツにジャッカを着用。
新しく買った服を見せびらかしたり、ウィンドウショッピングをするのも
この時です。例えば新しい下着ひとつ買うのにも、何度かウィンドウで
確かめ、他の店も比較検討して納得した上で、やっと中に入って品物を
出してもらうといった具合。
*路上の立ち話に花を咲かせる人々。食料品店RIZZOの前も人気のポイント
*夕暮れのグーリエ橋から見たサン・レオナルド通り
*パパとマンマと連れ立って歩くパッセジャータ。(2001年撮影)
*いつもの路上で出会うパパとマンマ、甥のリヴィオ夫婦たちと立ち話。
人は変われど町は変わらない。(1997年撮影)
パッセジャータとアペリティーヴォ
私たちも、しばしのヴェネツィア暮らしの間はこのパッセジャータが
何よりの楽しみ。
日中どこかへ出かけていても、夕方の定時になれば、いつもの道筋をたどりながら家へ戻ることにしています。
長年通ううち、私たちにもなじみの店やバールがいくつかできたし、路上で知りあいに声をかけられるようにもなりました。
やはり同じ時間にやって来たマンマ(パパがいた頃はもちろんいつも連れ立って)と出会い、合流することもしばしばでした。
マンマと一緒ならバールでの一杯、アペリティーヴォも尚楽しい。
ヴェネツィアでアペリティーヴォといえば、スプリッツ(SPRITZ:ヴェネツィア名物の白ワインベースのカクテル)が決まり。食べ放題のパタティーナ(ポテトチップス)やノチ・アメリカーネ(ピーナッツ)をぱりぱりつまみながら立ち飲みです。もうひきあげようと思っているところへご近所の
常連が入ってくると、またひとしきりおしゃべりが始まります。
月夜の晩ともなれば、「夜のパッセジャータに行っておいで」とマンマが
私たちをせっつきます。
そういうものかと月明かりの運河べりに出てみれば、なるほど恋人たちが
ロマンティコなひとときを愉しんでいます。
ヴェネツィアに魅かれるのは、ゆったりとした時間のなかで生きる実感に
浸ることができるから。ここにいると年をとるのも悪くないなと思えます。
もちろんヴェネツィアにも現実的な問題はいくらでもあるし、人びとの
暮らしも楽なことばかりではありません。
けれども、誰もがささやかではあるけれど充実したこのひとときを生き生きと過ごしています。
大切な一日をパッセジャータでしめくくるヴェネツィアの人たちは、
やはり人生の愉しみが何であるかをよく知っているのでしょう。
デザイナー、美術家、料理家。イタリアはヴェネツィアに通い、東京においても小さなエネルギーで豊かに暮らす都市型スローライフ「ヴェネツィア的生活」を実践しています。ヴェネツィアのマンマから学んだ家庭料理と暮らしの極意を伝えます。