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#0' そして黄昏は沈みゆく

 夕陽が箱猫市の空を焼いていく。  市民たちは綺麗だと思いながら、それを眺めていた。  一ノ瀬濫觴が消えても箱猫市は、黄昏学園は続いていく。その証明の為の零番迷宮。その証明を果たした解決部。  だから平穏な日常が続いていく。そのはずであった。 「なんだ、あれ」  箱猫市民たちの首が一斉に上へと向かう。誰もが目を奪われて、視線を外すことができない。  10月初頭から現れた黄昏の空のひび割れ。そのひびの白い線が、ピキピキと、まるで音を立てるかのように、長く大きく空を走っていっ

    • #12 私になれなかった君へ④

       解決部の次期暫定部長を三王御門とする──。  そんなことを突然言い渡されて納得ができるわけがない。  俺は朝起きると、朝食も食べずに家から飛び出した。  俺に解決部を率いる資格などあるものか。  例えそれが暫定的なものだとしても、こんな失敗した裏切り者に。  一ノ瀬会長が俺のことを評価してくれているのは分かる。仮にも真解部というひとつの部活を立ち上げて運営してきたのだから。  だが、それだって六丸先輩たち、他の部員が必死に支えてくれたからだ。  能力的に申し分ないとでも

      • #12 私になれなかった君へ③

         生徒会長を決める選挙が始まる。  どうやら私は間に合ったようだよ、最善君。  黄昏学園の校舎を背にして、私は帰路へと着く。  背後では放課後でも元気に活動している生徒たちの声が響いている。  私の役割は箱猫市に安定をもたらすことだと思っていた。  それは間違ってない。だが、本当の役割は厳密には違った。  私を通して観測者が箱猫を観測できるようにすること。それが真の役割。  私は観測者の端末にすぎない。  帰り道。夕陽に照らし出される街並みは今日も綺麗だ。  楽しそうな

        • #12 私になれなかった君へ②

           ──羨ましかった。  九九白の最後の言葉がずっと心に刺さっている。  私のどこが羨ましいというのだろう。こうなるしかなかった、こうすることしかできなかった私のいったいどこが。 「黄昏祭、盛り上がっていますか。次のイベントステージの演目の紹介をします。次の演目は──」  黄昏祭運営の放送が聞こえる。運営が流すおすすめ紹介はとても魅力的で、これを聞いた人たちは向かうこと間違いないだろう。  私はとてもそんな気が起きないが。  黄昏祭は学園全体を使う行事で、どこにいても騒がし

          #12 私になれなかった君へ①

          「黄昏祭?」  地元の中学生が同級生の友達に話しかける。  パーマもワックスもなにもかかってない髪に、にきびができている顔は田舎と若さの象徴か。 「そうそう。黄昏祭、行くんだろ」 「まあ来年は黄昏を受験するだろうしなあ」  夕陽が黒の学生服を照らす。もう夏は終わっていた。  彼らふたりもそろそろ高校受験に本気になる時期だ。 「あそこ、中学にはかわいい子も多くてさ。利発的というか清楚というか」 「またそんな話をして。どうせナンパする勇気もないくせに」 「分かんねえだろ。一目惚れ

          #12 私になれなかった君へ①

          #11 アタシになれなかったオマエへ

           走る。走る。走る。  終わりに向けて突き進む。  誰も止める方法を知らない。 「はあ……はあ……」  九九白の息遣いが聞こえる。背中は目の前で、手を伸ばせばすぐにでも掴めそうだ。  数分前、二次次善から私の元へ連絡があった。性懲りも無くまた九九白が黄昏学園に現れたと。  しかも今度は周りをうろつくだけではなく、校内に侵入した。もはや見逃すことはできない。  その時には解決部で動ける人間は私しかいなかったが、ひとりで十分だ。魔女にはもう大した力はない。 「そのまま追ってくだ

          #11 アタシになれなかったオマエへ

          #幕間 残された者:三王

           あの観測の日から1ヶ月が経とうとしていた。  六丸七角は消えた。  正確には解決部の六丸七角は消えた。彼は去年の生徒会長であり、今は箱猫市の外で大学生をやっている。  不本意ながら彼の願いは叶ったわけだ。もっとも生徒会長としては平凡だったと記録されてしまったが。  六丸七角が消えても日常は続いていく。  これは解決部が掴み取った未来だ。 「……会長」  水没迷宮。箱猫市のほとんどが水に沈んだ迷宮で、一ノ瀬会長は文字通り黄昏ていた。  黄昏学園の屋上のへりに腰をかけ、足

          #幕間 残された者:三王

          #幕間 残された者:九九

           箱猫市は平穏を取り戻した。  七月の災害ももはや見る影もない。  そんなことが本当にあったのかと思うほど、市民たちはいつも通りの活動を続けている。  黄昏時が終わり、陽が見えなくなってしばらく経った頃、箱猫の街はまた別の顔を見せる。  駅近くの歓楽街では今夜もまた大勢の人が夜遅くだというのに集まっている。日頃の疲れやストレスを酒で、あるいは異性で、もしくは違法ななにかで発散している。  ここには怪異とはまた別の脅威が蔓延っている。  そんな街の光さえ届かない、路地裏で九九

          #幕間 残された者:九九

          #マイナス あの日

           あの日のことを忘れたことはない。  朝起きた時から違和感があった。  謎の倦怠感。まるで夜遅くまで書類作業を続けたような。  睡眠時間を削ってまでやることなどあっただろうかと自問自答してみる。しかし答えは見当たらない。  2階の自室から1階のダイニングへ降りていく。  食卓の前には父が座っており、既に朝食の準備が整っていた。焼きたてのトーストが優しく鼻腔をくすぐってくれる。  父は出張が多く、よく家を空けている。こうしてふたりで朝食を取ることができるのは嬉しい。 「生徒

          #マイナス あの日

          #10' 解決観測

           自分は無力だ。  7月に起きた魔人による箱猫への侵略。街は災害に見舞われ、多くの人が謎の奇病に罹った。  同じ真解部の六丸先輩も消えて、幼馴染も調査から帰ってこなかった。  怖い。私たちはどうなるのか分からなくて怖い。箱猫の真実を知らなければ、こんなにも怯えることはなかったのかな。  三王君は一度は魔人に折れてしまったけど、それでも再び立ち上がって尽力した。  私も迷宮に向かう気はなかったけど、魔人の弱体化の為に依頼に奔走した。  それでも箱猫は荒れに荒れて、終末を予感

          #10' 解決観測

          #±⑤ 六丸七角

          「どうしてこんなに早く来ちゃうのさ」  真っ白な空間に放り出された俺に届いたのは、そんな心底呆れたような懐かしい声だった。  目を開ければ、見慣れた顔。  自分が何をしたのか、理解した。  俺は魔人の迷宮を抑える為に自らの迷宮を使ったのだ。 「自己犠牲なんて馬鹿だよ。最低最悪。だから六丸なんか誰にも信用されなかったんだよ」  奥野真衣はそう言って、俺を責め立てる。  だけども彼女の目に涙が溜まっている。 「だったら、なんで迎えにきた」  彼女の目からこぼれ落ちる水滴は指で拭っ

          #±⑤ 六丸七角

          #? 力の在り方 後編

           ベネットと六丸の睨み合いが続いていた。 「ねえ、まさかベネット先輩が負けちゃうの」 「嘘だろ。あんな不良なんかになんで押されてんだよ」  予想外の展開に観客はどよめく。  誰もがベネット・ラングマンの瞬殺KO勝ちを信じていただろう。彼女と実際に手合わせた者、それを見ていた者なら尚更だ。  しかし現実に広がってる光景は、その想像とは違う。  六丸とベネットは見合ったまま動かない。  今の間合いで攻撃を出しても当たらないし、無理に踏み込めばかわされてしまうだろう。 「六丸さん

          #? 力の在り方 後編

          #? 力の在り方 前編

           ベネット・ラングマンが六丸七角に試合を申し込んでから数日後。  ふたりの決闘は黄昏学園の体育館で行われることになった。審判などは有栖川家が用意した。  最初はふたりしか知らない内容だったが、準備に関わった有栖川櫻子、報告を受けた三王御門をはじめ、噂を聞きつけた人間が少人数ながらもギャラリーとして集まっていた。 「休日だというのに暇なこった」  かま首をもたげた六丸は体育館の2階にいるギャラリーを一瞥し、呆れたような声を出す。 「仕方ないですよ。有栖川さんの陰に隠れてますが

          #? 力の在り方 前編

          #10C 八剱八幡

           俺に心というものが芽生えた時、俺の世界は既に終わっていた。  意識が芽生えて初めての終末は火災だった。  箱猫市内のあちこちに火事が起こり、建物から建物へ火が飛び移り、市全体に広がっていく。  なんとか俺は逃れたが、箱猫市は焼け焦げた臭いが充満した灰の荒野となった。  そこで俺の意識はしばらく途切れることになる。  次に目覚めた時、箱猫市は元通りに修復されていた。  しかしながら、やはり終末は訪れる。2回目の終末は隕石だった。  空から大きな岩の塊が降り注ぐ。なす術もな

          #10C 八剱八幡

          #10B 七月観測

           八剱八幡が隠し持っていた迷宮は、急激に増えた未解決の観測により、急速に拡大した。  もはや誰にも止められることができない。 「やっとだ。この時を待っていた! 見てるか、観測者! 俺の勝ちだ!」  高笑いをあげる八剱。それを見つめる九九。膝から崩れ落ちる三王。  そして表情ひとつ変えない六丸はスマホに文字を打ち込んでいる。  魔人と魔女はそんな彼の姿を見て、疑問を呈さずにはいられない。今更何をしてるのだろうと。  その疑問の数秒後には九九白は六丸の身体の異変を感じ取った。

          #10B 七月観測

          #10A 七月観測

           三王御門は限界を迎えていた。  解決できずに積もる依頼。それどころか未解決は増えるばかり。  箱猫市は異常気象と謎の流行り病で混乱に陥っている。それをたがが学生に、なにを期待しているのだろうか。  それでも真解部や市民たちは期待している。あの時の、集団失踪事件の時のような華々しい解決を。  でも、そんなものはなくて。  三王の精神は既に砂上の楼閣であった。  だから、こうして六丸の怪しげな助言に導かれるままついていくのは、もはや仕方がなかったのだろう。 「この一連の事件

          #10A 七月観測