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ポメ公

ポメ公とは、今この文章を書いている、KING JIM製の小型ワープロであるpomeraのことだ。いつからかこの機械のことをポメ公と愛着を持って呼んで、日々利用している。ワープロなどそんな時代遅れなものを使っている人間がいるのか、と時々人に笑われる。けれども、pomeraは現在でも現行品が出ている、れっきとした現代のワードプロセッサーなのだ。
大きさはタブレットより小さく、500グラム程度と軽量で、小さな鞄にもすっぽり入る。出かけるときはいつでも持ち運び、出先で気ままに開け、日記やら覚書きやら散文やらを書くことができる。電源を入れて数秒で起動され、いつでも文書を打ち始めることができるので、せっかちな僕の性格にマッチするかわいい奴だ。
また、pomeraはインターネットに繋がらないというコンセプトで作られているのも、僕が気に入った理由の一つだ。パソコンやスマートフォンでは、頼んでもいないのにアプリケーションやOSのアップデートが繰り返されて、煩わしく思っていたし、SNSやらメールやらの通知が頻繁に入ってくることで気が散ってしまい、イライラしていた。ただでさえ散漫な僕の意識が、それらの文明の機器を持つことにより、ますます散り散りになってしまうようだった。
常に気になることを調べたくなり、友人や知人の近況をのぞいたり、情報収集をしたりしまう性格をどこかでストップさせる必要があった。発信がいつでもできるのも僕にとっては問題だった。
思い込みがちな性格がますます強くなったような気がするし、それを日々のストレスに感じていた。けれど自分の脳裏にある考えをつづることはやめられなかった。何らかの形で言葉を書き残さないと気が済まなくなっていた。
スマートフォンを手放して、pomeraを使い始めると、ネット上のストレスは随分と軽減した。いつでも情報に触れられる、ある種の安心感や面白さや便利さを今も思い出すことはできる。けれども、それ以上に肥大した自意識と対面したり、関心が散り散りになること考えれば、そんな恩恵は僕にとって、それほど重要なものには感じられなかった。
喫茶店や電車の中でポメ公を使っていると、えらい小さいパソコンですねと声をかけられることがある。そういうときちょっと嬉々とした表情を浮かべてしまうが、「これワープロなんですわ」、と告げるタイミングを探ってしまう。
そう、時代に乗り損ねたことを恥じている自分に気がつくのだ。まあ、pomeraを使っている人は一定数いるのだ。きっと似たような人もいるのだろう。