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何をしたくて、それをやっているのかを見つめ直す。

声優の津田健次郎さんと鈴村健一さんが対談している動画の中でのお話が、WEB制作をする自分やフリーランスを目指す人にも刺さる、興味深いものだったのでメモ。

どうしたら声優になれますか?と質問してくる人は危ない。

「どうやったら声優になれますか?」
「何から始めればいいですか?」
「努力の仕方を教えてください」

と聞いてくる人がいるけど、そもそもこの質問をしてくる時点で危ない。

鈴村さんも津田さんも、そもそも声優になろうとしたのではなく、自分がやりたいことをやっていたら、それが結果的に声優という職業だったとのこと。

「芝居がしたい!表現がしたい!あのアニメに出たい!」

そういった衝動があってやっていたら、結果的にそれが仕事として『声優』になってましたという人間が生き残っている。

絵を描きたい奴が絵描きになるんだ。

津田さんが語っていた中で個人的にとても刺さった言葉。

「絵描きになろうとする奴は絵描きになれない。
絵を描きたい奴が絵描きになるんだ。」

「どうやったら声優になれますか?」
「何から始めればいいですか?」
「努力の仕方を教えてください」


と聞くのは、絵描きに例えると
「どんな絵筆を使ってますか?」
「どんな絵の具を使っているのか?」

と聞いているのと同じだと。

その前に、
「お前、何が描きたいんだ。」
「絵を描きたいのか、そもそも。」


もし空を描きたいなら、どんな青の絵の具を使えばいいんだろう?
これを考えるのも楽しいし、描きたいものがあれば選ぶものも決まってくる。

そういえばCreepy NutsのRー指定も「どうすればラップが上手くなりますか?」という質問に、「それを試行錯誤するのがラップする上で一番楽しくて美味しいところ」と答えていたのを思い出した。

「どうやったら声優になれますか?」「どうやったら上手くなりますか?」
こう考えている時点で、それは声優やラッパーになりたいのではなく、何か別のことを考えているのかもしれない。

例えば、有名人になってチヤホヤされたいとか。

それもそれで間違いではないだろうけど、なかなか苦しい道な気はする。


全てはやりたいことを実現する為の手段と考える。

通っていたプログラミングスクールでもしつこく「プログラミングは問題解決の道具でしかない」と言われ続けた。

職業や方法に固執するのではなく、全てはやりたいことを実現するための手段と考えるべき。

例えば、

作りたいサービスがあるからプログラミングを学んだら、結果プログラマーになっていた。

自分で自由にWEBページが作りたくて、自分で色々学んで自作していたら、気づいたらWEB制作者になっていた。

などはよく聞く話かも。


「プログラマーになりたい」
「WEBデザイナーになりたい」
「WEB制作をしたい」
「フリーランスになりたい」

と言っている人は何かを違うものを求めているのかもしれない。もしかしたら、夢見ているだけかもしれない。
そこらへんの自分の核の見直しは必要。

実際、今自分もそれを感じていて、もう一度自分のやっていることの見直しが必要だと思った。

「やること全てを好きになれ」もしくは「好きなことだけをやれ」とは言わない。
だけど、絵描きになりたくて頑張って絵描きになった人は、絵を描き続けていて結果絵描きになった人には勝てないと最近つくづく思う。


  • 何が作りたくて、この仕事をやっているのか?

  • どんなことを実現したくて、この仕事をやっているのか?

などなど。

まずどんな絵を描きたいのかを決めようと思う。


声優に限らず、自身で仕事をしていく上でとても大事なことを語っていて、とても勉強になるので是非見てほしい動画です。

津田健次郎が語る声優のなり方とは⁉【鈴村健一×津田健次郎】


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