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魔法の言葉とは #青ブラ文学部


 もう15年、魔法使いの師匠に仕えている弟子のスムは、未だに魔法の言葉を教えてもらえない事に、落胆して、弟子を辞めようかと考えていた。
この15年、スムがして来た事は、師匠の朝昼晩の食事の世話と、掃除、洗濯、それに師匠から頼まれて出掛ける買い物だった。

買い物に出かけると、知り合いも出来て、

「スムちゃん、今日もご苦労さま。お使い、大変ね」

と言ってくれるお店の人も増えて来た。

その日、買い物を終えて夕飯の支度をしている時、スムは、師匠に聞いてみた。

「師匠、わたしは師匠に仕えて15年経ちます。魔法の言葉は、いつ教えていただけるのでしょうか?」

師匠は、

「うむ、まだ、その時では無い」

とだけ言って

スムの作った食事に「いただきます」と言って食事を始めた。
食事が終わると「ごちそうさま」と言って、師匠は、席を立つ。

思えば15年、師匠は、食事の前と後に、欠かさず、そう言っていた。

スムは師匠と一緒に食事をした事が無かった。
師匠が食べ終えてから、ひとりで黙って食べている。食事が終わっても、食器を片付けて洗うだけで、何も話す事は無い。

スムは孤独だなぁと思った。

師匠は、何をしているのだろうと、部屋をそっと覗くといつも本を読んでいた。

「スムか、そろそろお休み、いい夢を見るんだぞ」

「はい」

そう言って、スムは、寝床に入る。

次の日になると、師匠は、もう起きていて
「おはよう、スムや、いい夢を見れたかな?」と必ず聞いてくる。

スムは、「いい夢は見ませんでした」と言うと

「そうか、そうか」と言って黙ってしまう。

そして、朝食の準備をするスム。
朝食後は、掃除、洗濯。

毎日、毎日、同じことの繰り返し。
スムはため息をつき、
師匠に話をしにいく。

「師匠、わたしに、何も教えてくれないのは、わたしが悪いのですか?どうして教えてくれないのですか?」

スムは焦りながら師匠に喰ってかかった。

それは、

自分は、頑張っているのに師匠は、認めてくれない

と言っているのと同じで、

そんな自分は哀れだと思います

と言っているようだった。

師匠は、黙って聞いていたが、 
口を開いて、こう言った。

「スムや、お前は良くやっている。だが、人に対しての礼節を欠いている。分かるか?」

「礼節?」

「そうだ。朝、起きたら『おはよう』食事の時は、『いただきます』『ごちそうさま』寝る時は『おやすみなさい』お前は言った事があるか?」

スムは、ハッとした。

「礼節の言葉こそ魔法の言葉なんだよ。誰だって、挨拶をされたら気持ちが良いだろう。私はスムが気付くのを待っていた。だが、分からなかったようだな」

「師匠、ごめんなさい。わたしは礼節を欠いていました」

スムは泣きながら師匠に自分が駄目だったことを悔やんで謝った。

「私は15年スムのおかげで毎日を過ごして来た。だが、スムは、それが負担になっていたんだな。悪かったよ、スム」

「師匠、わたしの方こそ、
15年も一緒にいて分からなかったのです。
ごめんなさい、ごめんなさい」

スムは15年、師匠から、魔法の言葉を教えてもらっていたことに気づいた。

「師匠、わたしは駄目な人間です。でも、こんなわたしですが、おそばにおいていただけますか。これからは気持ちを入れ替えて頑張ります。師匠、改めて、よろしくお願いします」

「そうか、分かってくれたか。私の方こそ、スムが居なくなれば困るし、何より寂しい。一緒にここに居て欲しい。

魔法使いという者は、ただ何かを別のモノに変えたりするのでは、無いんだよ。
そういう魔法使いもいるかもしれないが、それを望むなら、私のそばにいても無理なことだが」

「師匠。わたしは師匠のような魔法使いになりたいです。だから、そばにおいてください。お願いします」

スムの目はキラキラしていた。


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