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きわどい話/青ブラ文学部


その家は、際土井家きわどいけという。
東京に近い、とある市の新興住宅地に住んでいる家族の話である。

主人の名前は、『矢流象やるぞう43才 』
妻の名前は『安良羅あらら38才』
息子の名前は『岐津都きつと15才』

3人暮らしの、この家には他の家には無いルールがこしらえてあった。
こしらえたというのは語弊がある。
主人の矢流象が決めたことだ。 

「ポワーン」とひと声すると、矢流象は、話し出した。

「今日もきわどく行くぞう」

矢流象は準備万端。

そして、妻の安良羅から始まる。

目玉焼きを作り始めた安良羅、
別にサラダを準備してしている間に
目玉焼きが焦げてしまった。

「あらら、どうしましょう」

目玉焼きの周囲は黒焦げ、食えるか食わないほうがいいのか、なんともきわどい目玉焼きが出来てしまった。

「あらら、今日もまた、きわどいことをしてしまったわ」

「うん、これは食えるか食えないか、きわどいね。ポワーン、僕は黒い部分を外して食べるよ」 

と矢流象。

「あなたってやさしい」

安良羅は、矢流象のほっぺにキスをした。

なんとも朝から、きわどい夫婦だ。

息子の岐津都は、

「今日も僕はやるんだ。絶対に、やってやる」

と、黒焦げの目玉焼きを食べると、
テレビを付け『今日の占い』を確かめた。実にリラックスしている。

テレビに映る時計を見て

「行って来ます」と

カバンを背負い、靴を履く。

「ほら、安良羅、キミも出掛けないと。ポワーン」

と矢流象が言うと、

「ええ、分かっているわ」

と言いつつ、隣の部屋で化粧を始める。
急いで化粧を終えると、岐津都の後を追う。

岐津都は、ゆっくり歩いて行く。周りの学生が走っていても余裕の表情だ。

「岐津都、大丈夫かしら」

学校の門の前では、定時に学校に来る者、遅刻する者を見分けるために
先生が待機している。

「先生、おはようございます。ひやー、きわどかったなー、今日も」

岐津都は、門が閉まるギリギリで学校に入って行った。

岐津都が入ると、門は閉まった。

「先生、おはようございます。毎日、ご苦労様です」

安良羅は、先生に会えて嬉しそうだ。

「安良羅さん、おはよう。今日も、いつもの時間に、いつもの場所で待っていてくれるかい」

「ええ、お待ちしています」

なんだ、この会話は!このふたり、きわどい関係なのか?

妻が、そんな会話をしている頃、
主人の矢流象は、家を出た。
会社に歩いて向かう。

「あら、際土井さんのご主人、
おはようございます」

近所の奥さんが挨拶をした。

「ポワーン」と、返事を返して
矢流象は、ゆっくり歩いて行く。

歩いてから30分、矢流象は、会社に着いた。定刻通りだ。

「際土井課長、今日もいつも通りの時間でしたわね」

事務の女の子が話しかけた。

「ポワーン、きわどかったよ」  

と、笑うと、近くに寄り

「今夜もいつもの時間、いつもの場所で待っているよ」

と言うと、女の子は

「はい、課長」と返事した。

なんだ、このふたりの会話は!
このふたり、きわどい関係なのか?


午後になり、安良羅は、シャワーを浴びた。

「ふう、気持ちがいいわ」

安良羅は、シャワーのあと、丹念に髪を乾かし、背中まである髪をヘアアイロンを縦巻きになるように髪にあてる。焦げるのではないかと思うくらいアイロンをかけたので、
少しだけ、きわどく焦げた匂いがした。

その後は念を入れて化粧を始める。
つけまつげも施し、目をパチクリさせるたびに、バサバサと音が聞こえるのではないかと思うほどきわどい眼差しになった。


岐津都が学校から帰って来た。

「ママ、ただいま。僕ちゃん、帰ってきましたよー。わぁ、ママ、今日もきれい。女優さんみたいだー。
僕ちゃんのママは、女優さん♪女優さん♪」

と、きわどい歌を歌うほど
岐津都は、マザコンだった。

「岐津都ちゃん、ママはお出かけするから、ひとりでお留守番出来るかな?」

「はーい、出来るよー。ママ、僕ちゃんは、お利口さんだから、ひとりでお留守番、出来るのだー」

「じゃあ、行ってくるわね」

と、安良羅が家を出ると

「やってらんねえよ、まったく!
この○○が!どうせ、アイツに会いに行ってくるんだろ、
ふざけんじゃねぇ、バカヤロー」

岐津都は、きわどいほどに性格が歪んでいる子どもだった。

安良羅は、隣町のとある喫茶店に来ていた。

と、すぐに先生がやって来た。

「お待たせしました、安良羅さん」

「いいえ、今着いたばかりですわ」

「安良羅さん、僕はあなたのことを......。」

「それ以上は、おっしゃらないで。私も同じ気持ちですから」

なんと、このふたりはまさしく、きわどい関係らしい。

「あなたと行きたい場所があるんです」

先生は、安良羅に迫る。

「分かっています、でも、一線は越えられません......分かってくださいませ」

「安良羅さん.........愛しています」

「先生、私も愛しています」

きわどい会話をするも、心だけで想い合っているふたりだった。
だが、一線を越えるのも近い、きわどいふたりだった。

毎日、この会話をきいている、
喫茶店のマスターは、今や、ふたりがどうなっていくのか、楽しみに変わっている自分に気付いている。

「俺もきわどいヤツだぜ」 

と、タバコをふかしながら、ひとりごとを言っていた。

夕方になると、安良羅は、先生と別れる。

「また明日」

「ええ、また明日ね」

一方で、矢流象は、というと
定刻に会社を出ると、帰り道とは反対側を歩いて、とあるビルに着くと
地下に行く階段を降りていく。 

「いらっしゃいませ」

「ポワーン」

と言うと、いつもの席に座る。

「課長、お待ちしていました」

「キミ、早いな。僕は定刻に会社を出たんだよ。ポワーン」

「私、5分前に早退したんですよ。課長をお待ちしたかったのです」

女の子も、なかなか、きわどい子である。

「ありがとう。僕のためにそんなことをしてくれるなんて、僕はうれしいよ、ポワーン」

「課長のためならなんだって出来ます。私、課長が全てですもの」

「ありがとう。キミの想いは嬉しいよ、ポワーン」

「課長、私、課長の愛人になりたい」

「その気持ちだけでうれしいよ。でも、キミはまだ若い。僕なんかの愛人になろうなんて考えちゃいけないよ、ポワーン」

「課長、なんてやさしい言葉」

女の子は、涙を浮かべ、頷いた。

「わかってくれるんだね。ありがとう。ポワーン」

「でも、いつか、きっと!」

テーブルに出された女の子の手を
矢流象は握りしめた。

毎日、同じような会話をするふたりに、店のママは、

「ん、もう、じれったいわねぇ。
うふ、ふたりの会話を楽しむ私ってきわどい女かしら。」

などと独り言を呟いていた。

「じゃあ、また明日、ポワーン」

「はい、課長。今夜は課長の夢を見るわ」

そう言って、ふたりは別れる。

夜も更けて、際土井家には、家族が揃い、遅めの夕飯を食べていた。

静かな夕飯の時間である。

誰も口を開かない。言葉を発する者がいない。異様な空気感だけが
広がっていく。

まことに、きわどい家族であった。



#きわどいはなし
#青ブラ文学部

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