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妬いてるの?

#青ブラ文学部


その家は、際土井家きわどいけという。

東京に近い、とある市の新興住宅地に住んでいる家族の話である。

主人の名前は、『矢流象やるぞう43才 』
妻の名前は『安良羅あらら38才』
息子の名前は『岐津都きつと15才』


3人家族の一家に、新しいシステムキッチンが運び込まれた。

妻の安良羅は、大喜びだ。新しいキッチンに頬ずりするほどに。

「あなた、ありがとう。私のためにこんな素晴らしいキッチンを用意してくれるなんて、嬉しいわ」

夫の矢流象は、
「ポワーン、君の腕がなるんじゃ無いかい」

岐津都も、「うれしいなぁ、ママ、何を作ってくれるのかなぁ」と、
ご馳走が出て来ると思い大はしゃぎしている。

安良羅は、早速、買い物に出かけた。
新しいオーブンレンジを使ってみたくて、うずうずしていたのだ。

「何を作ろうかしら?そうね、鶏の丸焼きなんて作ってみたいわー。それから、自家製のパンとか、ジャム。ああ、夢が膨らむわー」

と言いながら、材料を買って来た。
そして、すぐに鶏の丸焼きの調理を始めた。

ここでヒソヒソ話が聞こえて来た。

「奥さん、僕たちのこと、完全に忘れてるよな。僕たち、捨てられるのかな」

安良羅がずっと使って来たフライパンが話した。

「そうね、私たち、古いもの、きっと捨てられるんだわ」と言ったのは
鍋だった。

「やだぁ、あなた達、妬いてるの?」

菜箸さいばしが笑って言った。

「だってさ、あんな料理初めて見るし、奥さんは僕たちに目もくれないじゃ無いか」

すると、安良羅は、下ごしらえをした鶏をオーブンに入れた。上機嫌だ。

「さあ、次は、パンよ」

と言って材料を取り出し、古い秤を持ち出し、粉の分量を測っていた。

「やったわ!私のこと、使ってくれた!」

秤は大喜びして、自分の姿を自慢した。

「僕、パパさんが帰って来たら訴えてみる!」と、フライパンは怒り出した。

パンも下ごしらえが終わり発酵に入った。

その時、矢流象が散歩から帰って来た。

「ポワーン、なんていい匂いなんだ」

矢流象は、妻に向かい褒め言葉を並べた。

「君がこんなに夢中になるなんて妬いちゃうよ」

「あら、あなた、妬いてるの?
ふふふ、良い気分だわ」 

安良羅が、洗濯物を取り込みに行った時、フライパンが、矢流象に話しかけた。

「僕たちを捨てないで、って奥さんに言ってください。僕たち、捨てられると思って悲しくて。新しく来たヤツなんか壊れちゃえばいいのに」
と、矢流象に訴えた。

「ポワーン、君たち、妬いてるのかい?大丈夫。フライパンくんは、目玉焼きには欠かせないし、
鍋さんはカレー作りのプロじゃ無いか。
そんなことは考えなくていいよ。
だけど、さっきは私も、熱心に新しいキッチンに向かう妻の姿を見て、キッチンにヤキモチを妬いたけどね。ポワーン」

「パパさん、うれしい言葉、ありがとう。涙が出て来るよ」

フライパンは、涙ではなく油が滲み出ただけだが。

「ははは、皆んな、これからもいっしょだよ、ポワーン」

安良羅が戻って来た。

「発酵は、まだまだ時間がかかるから、何をしようかしら」

矢流象が 

「フライパンと鍋を洗ってもいいかい?ポワーン」 と言った。

「あなた、それは私の仕事よ。任せてちょうだい。この子たちにも
もっともっと働いてもらうんだから」

フライパンと鍋は、感涙していた。
『妬いてるの?』と言った菜箸も、もらい泣きしてしまった。



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