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INTJとINTPの性質からデスノートを考察

 デスノートはINTJである夜神月とINTPであるLの知能対決を描く人気漫画だ。この組み合わせは創作として珍しく、独特な雰囲気が繰り広げられる。
   この漫画を使って二人の言動を考察してみると、INTJとINTPの生態や関係性が見えてくる。3文字共有してるのに使ってる心理機能は真逆な2タイプの違いを論考してみます。


世界はINTJにとって自己実現の場で、変革を望む

 物語の構造上の話もあるにせよ、INTJは仕掛ける側、INTPは解き明かす側である。INTJが変化を目論み、INTPは阻止しようとする。

 夜神が犯罪者裁きを始めることに、(取ってつけたようにシブタクの一件があるものの)あまり深い背景はない。漠然と世界を変えたいと言う意識はあるものの、犯罪を撲滅したいと言う強い理想は持っていなかった。月は犯罪被害の遺族のような強烈なバックグラウンドはないのだ。例えば、ミサの動機のバックグラウンドと比較すると、月の動機はあまりにも浅い。

 彼にあったのは理想ではなく、生来の強い自信と、その力を世界に示したいと言う欲求だ。そこに、不意に無敵の神の力が与えられた。月のキャラクターとしての背景と行動原理は、この組み合わせである。

 力に取りつかれた月は、生来の欲求である自分の力を世界に示すことを、得た力で実現しようと決意した。それも「神の力」の凄さではなく、自分の知力の凄さを世に知らしめることを望んだ。ここがTe-Fi軸らしい。だからこそ、月はテレビでLに煽られたとき、逆上してノートを使ったのだ。

 比較として、例えばINFJはデスノートを拾った場合に同じことをしうる性格タイプだと思う。しかしその場合は、純粋に犯罪被害者を助け理想の世界を作ることが目的だろう。故に、Lに煽られてもバトルなんて無意味なことはしようと思わず、スルーしてより慎重に裁きを進めるだろう。月がINFJだったら、真の新世界の神になっていたかもしれない。

世界はINTPにとって自然で、法治主義

 一方のINTPであるLは、月の思想に一切共感することがない。一貫して犯罪者として断罪する。強く法治主義を信じるところに、INTPの第三機能Siっぽさが出ているだろう。

 世界を変えようという月のNi的な強い理想を、Lは浅い考えだと憂いる。第六機能の使用者に対して人は「考えが浅い」と考えるが、これがすごく発揮されている。
    お互いに同じフィールドだけど思想が交わることはなく対立する、っていう関係は、第一機能vs第六機能ユーザーの関係になるのかもしれない。

 INTPにとって世界とは自然であり、Ti論理とNe探求の対象である。自然はありのままで美しく、人の玩具ではないのだ。故に、世界を変えるべき物として扱う月に対して、論理的に「それは間違っている」と全力で対決するのだ。

 ここらへんは、相棒の杉下右京にもかなり通底している。お互いに型破りで、小さなルールは易々と破る割に、理想主義系の犯罪者の言い分には一切耳を傾けず、法治主義の原則的価値観は譲らない。

 なお、INTPがデスノートを拾った場合は、どういう原理によって殺人が起きているかの解明に夢中になるだろう。死神と徹底的に討論して、死神界の分析に夢中にもなるかも。そのための実験的な殺人は行うかもしれないが、自分の存在を顕示しようとはしないだろう。

 少し話がそれるが、ENTPである僕は連載当初、月の思想に共感していた。Fiが弱いため、月の心の底にある利己的な承認欲求を見抜けないことに加え、ENTPの場合は、Neで変化を好み、Feで共感しやすいため、理想や感情に感化されやすいのだ。
 ここらへんの社会変革に対するマインドの違いは、ENTPとINTPの第三、第四にFe、Siのどっちがくるかの差に起因しており、二つの性格の違いがよく出てくる面白いポイントだろう。

NT型二人故の、知性による絆

 この物語で面白く描かれているのが、敵対している二人の間の奇妙な友情だろう。お互いに本能的に敵だと感じ取っていながらも、S型ばかりの作中で唯一同じレベルで話ができる相手であり、その知性を強く信頼している。

 S型やF型のような感情や気持ちを共有し仲間と認め合う事を友情というのであれば、この二人の間には友情はない。しかし、二人は知性という共通言語が通じる。お互いは敵だとしても唯一の同郷であった。
 心を決して開くことはなくとも、お互いの知性のみは無条件で信頼できた。NT型同士にしか感じとれない、奇妙な絆が二人の間にはある。

 これは性格タイプの問題と言うより、物語上の話だ。彼らは、恐らく最初に会った瞬間に、同質の思考のフローから同様の知性を感じ取った。一億人に一人のキラがこいつだと確信できたのは、もはや理論を超えた超直感に基づく信頼だろう。

 ポテチのシーンとそれに対するLの心理とかは、この絆の象徴だ。月は、視認的には完璧に白としか思えないトリックを実行し、見事にS型の捜査メンバーを騙し切る。しかし、いくら状況証拠があっても、N型で想像から可能性を追うLの中では、この状況証拠を覆しうる細いルートは念頭にあった。だから月がキラである可能性はLの中では0%にならなかった。そしてそれ以上に、「月であれば1%未満の可能性であれ当然にやってのける」という強い信頼があった。だからこそ、強いアリバイを突きつけられても月を疑い続けられたのだ。

 他には、月の僕の目を見てくれ、僕がそんな人間に見えるか?」→L「思います、見えます」、というシーンも同じだろう。月や捜査メンバーからすると、自分の推理の間違いを認めたくなくない、頑固さに映るのだろうが、実際はLの月の知性に対する無条件の信頼を核とした発言だ。
 知性を認めてほしくてキラになった月にとって、この「思います、見えます」は、(記憶を失っているタイミングだったとはいえ)同郷からの最大の承認だったのかもしれない。

民主主義に負けるINTPと、利用するINTJ

 Lの推理は徹頭徹尾間違えていなかった。しかし、最終的にはLは敗北する。論理の正誤では、必ずしも勝ち負けは決まらないのだ。
 例えば、もしLが手段を選ばず人の話を聞かない人間であれば、Lは月を逮捕した時点で勝っていただろう。結局Lが負けたのは周りの声や圧力で、チームの輪の中でLはうまく立ち回れなかったからだ。つまりLは民主主義に負けた。

 例えば、月が拘束された後、Lは月に長時間の尋問を行った。しかし、状況が長引き無駄骨に思う捜査員メンバーが増えていくに従い、Lはその行動の非人道性について圧力を受けていく。最後の最後は月が記憶を失いつつ、人間味溢れる感情によって訴えかけてきて、結果二人の拘束を解かざるをえなくなっていく。

 この、月がキラだということを確信していたにも関わらず、直感的にとても演技とも思えない謎の状況に、Lは「なにがなんだかわからない」と思考崩壊してしまう。これは、月が余りにも非論理的すぎて、月の知性に対する信頼が揺らいでしまったからだ。信頼が揺らいで自分の理論に確信が持てなくなった瞬間、Lにとって一般人の一人になった。結果、誰の言動に対しても民主的に受け入れて聞き入れる性質を持つLは、月を解放した。

 弱弱しくもFeユーザーなINTPは、全員の人の意見を同列に尊重し、客観的な正誤で結論を下す。故に、民主的な圧力には屈しざるを得ないのだ。

   総じて、Lにとって捜査本部の仲間達は足を引っ張り続けた。Lの思考にだれ一人追いついてこれていない。だからと言って利用しようとも、切り捨てようともしないLは、人間付き合いが下手な割に民主的なINTPを体現している。

 一方で、月にとって人は常にコマだった。捜査本部メンバーも、魅神も、ヨツバの社員たちも、意見を持つ人間としてではなく、コントロールの対象として扱っている。最初から最後まで捜査メンバーの人身掌握は完璧だった。Lと違って、彼らの意見を尊重する事で足を引っ張られたことは、終ぞなかった。

 この、民主主義に負けるNTPと民主主義を利用するNTJっていう構図は、現実世界でもよく観測できるので、また今度解説したいと思う。

 ところで、彼が駒として扱っていなそうなのが、リュークとミサだ。ENTPのリュークは唯一の腹を割れる同士だし、ENFPのミサは当初こそコマとして扱おうとしたが、結局扱いきれず、どこか押し返されている感じもある。ENTPもENFPも、INTJの最大の理解者になるMBTIなのだが、ここら辺の相性もそのまま漫画に表れてきていて面白い。

最期の笑いでマウントを取った月と、救われたL?

   最後の最後、死が訪れる際に、論理を重視するLが考えた事は、自分の推理が正しかったかどうかだろう。そんなLにとって、最後に月が見せた笑みは、自分の推理に対する答え合わせとなった。

    月の見せた邪悪な笑いは、読者にはLに絶望を与えるものとして解釈されたし、月側は実際その意図で行っているだろう。長く戦ってきた敵をうち倒し、自らの知力を証明できた瞬間だから。

    一方で、L側の視点に立つとちょっと違う。できればキラを捕まえたかったと思うが、それよりも強かったのは、本当は誰がキラだったのかという答えを知りたい知識欲だろう。Lが本当に怖かったのは真実が分からずに死ぬことだった。故に、INTPにとって死の間際にマウントを取られたという事実はあまり重要ではない。むしろ求めていた答えを最後の瞬間に知ることができたのだから、最大の未練は解消されているのだ。
 最後にLによぎったのは「が・・・ま(ちがっていてほしかった)」という感情だ。Lは死に際して、INTPのTiからもNeからもSiからも解放され、つまり探偵から解放され、最もらしくないFiの感情が最後に残ったのだった。

死の直感を感じ取るLと、無感覚な月

 Lは臨終の日、朝から自分が死ぬことを予感していた。これは、漫画的な神秘の描写にも見えるが、実はENTPの自分は共感できる。

 僕は人狼ゲームをよくやるのだが、話していると議論がしっかり回っている感覚の時と、浮ついて前に進んでいない感覚の時がある。この浮ついている感じになると、大体市民は負ける。「筋書き通り」だったとしても「自然」に進んでいないことを、『自然の代弁者』たるNTPは直感する事ができるのだ。これは、常時強制的にONになっている、外部に開かれたNe直感に由来しているだろう。

 死の間際にLが感じていたのもこの直感だと思う。捜査が浮つき、明後日の方向に進んでいる言語化できない閉塞感から、敗北を察知したのだ。

 一方で、月の最後は無様だった。最後まで自分の筋書きが上手くいっていると信じ、状況の違和感を感じ取るようなことはなかった。これは月の認識機能が内向きのNiなためだろう。未来は自分の中で描かれ、実現されていくという強い確信を持つため、外界で起こる異常に自動的に直感が効かない。

 同じNiでも、INFJはFeを使うことで、人の様子を介して異常を察知できるのだが、INTJはTeのため、自発的な情報収集を怠ると直感が効かなくなってしまうのだ。
 順風満帆で計略は成功目前だと信じ込んでいた月は、客観的な情報収集を怠り、結果無様に敗北することとなった。


 全体として、デスノートでは、お人よしのために社会に手足を縛られて実力を発揮できないINTP(L)、強い熱量で社会の中で上手く立ち回り成功するINTJ(月)、という構図を垣間見ることができた。

 今回の記事がちょっとINTJに対して悪意的になってしまったのは申し訳ないが、それは作品がそういう構成なのでご容赦いただきたい。

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