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ドブス顔面キモ人間 第3話

「痛み」

あの後、俺はすぐに帰宅した。ササモトの家を出てから、自宅に着くまでの記憶は無かった。
「おかえり、遅かったね」
母が俺に言う。
「うん、クラスで集まりあったから」
「そう」
俺は平常を装ったつもりだった。しかし、装ったつもりの”平常”は装われたモノでは無かった。この平常さは、自分の奥底に埋まっている平常心。そう、その時の平常心はホンモノだった。もしかしたら、ササモトの殺害は幻覚だったのかもと疑った。しかし、手にはしっかりと”あの”感触が残っていた。俺は、確かにしたんだ。なのに、この呆気なさは何だ?”生”が壊されるサマを目の前で見た。しかも、自分とは真逆のササモトの、だ。
「そういえば、隣の人、今日は出てきてたわよ。アンタも気をつけなね」
隣の人。あのオヤジか。俺が幼い頃から彼は隣人だった。毎朝、玄関に出ては空を数分間見つめ、その後どこかへ外出する。その光景は”不気味”そのものだ。しかし、歳のせいか、最近は頻度が落ちていた。
「わかった。そういえば、なんか殺人事件あったみたいだね」
しまった。思わず口に出してしまった。
「そうなの?気をつけなね」
「うん……」

次の日。登校。いつも通りの朝だ。席に着く。当然、ササモトはいない。いたら、面白かった。
「はい、席に着け」
担任の男が来た。いつもより3分早い。何故かは何となく察していた。
「先生、ササモトは?」
トリムラだ。
「その事についてだ。……あまり、取り乱さずに聞いてくれ」
俺は心の奥で、喜びを噛み締めた。到頭明かされるんだ。俺の行いが。
「ササモトは……先日、亡くなった。自宅でだ」
「え?」
クラスは、大きなざわめきに包まれた。俺は必死に笑いを堪えた。ふと、トリムラを見た。トリムラは、ただただ呆然と目を見開いていた。いや、トリムラだけじゃない。クラスの全員、”ドブス”も含む全員が呆然としていた。全員、ササモトを好きだった。それに気づいた俺は、酷くムカムカした。
「だから、ササモトのご遺族に、全員で手紙を書こうと思う。皆のササモトへの思いがどれだけ優しくて、温もりがあったものなのかを知れば、遺族の方のきっと心も安らかになるハズだ」
薄っぺらい紙に書かれた薄っぺらい言葉を見て、何が変わるというのか。それだったら、犯人を突き出した方が余っ程良い。犯人は俺だが。

2限目の数学が終わった。皆放心状態で、授業どころでは無いようだ。授業後の休み時間、俺はトイレに行った。最近、老いからかトイレが近くなっている。個室の洋式トイレに腰掛け、用を足す。昨日と同じような快感を味わうと、個室の外に出る。そこには、見覚えのある男がいた。トリムラだ。
「サっちゃんは、お前が殺したんだろ」
察しがいい男だと思った。昨日は帽子を被り、ゴーグルとマスクと手袋を付け、完全に自分を証明する物を残さないよう徹底して行ったが、その分絶対にバレないというのが少し残念だった。それだけに、俺が犯人だと思ってくれている(勘とはいえ)のは嬉しい。
「……俺がそんな事出来るように見える?」
「見えるとか、そういう問題じゃねえんだよ」
トリムラは、そう言うと拳を思い切り振り上げた。そうか、別に俺が犯人だと思ってるわけじゃない。ただ、ササモトが死んだ苦しみを誰かに、しかも合理的にぶつけようと言う魂胆なんだ。俺は心底ガッカリした。本当に俺が犯人なのに、気づいていないだなんて。トリムラの拳は、俺の顔面を強打した。痛みを感じる。物理的な痛みは、久しぶりな気がする。
「全部お前が悪いんだよ!お前がアイツを殺したんだ!お前が憎い!」
トリムラの猛攻撃は止まらなかった。俺の鼻は出血し、唇は切れていた。痛い。しかし、その痛みに勝るほど、トリムラの行動への失望が大きかった。気づいて欲しかった。俺がやったと。お前の友達を殺したのは、俺なんだと。
「……何で何も言わねぇんだよ。俺が悪モンみたいじゃねぇか、なぁ!」
「……気が済んだら、戻れよ。授業、始まるから」
俺はトリムラへの興味は完全に失われていた。こんな心底どうでもいいヤツに殴られまくったところで、何も感じない。
「お前……なんなんだよ……マジで……。この、クソ………クソドブスが」
トリムラはドンドンと足音を立て、トイレから姿を消した。俺の顔面は血だらけだった。苛つく。苛つきを抑えきれなかった。俺は、トイレのタイルを思い切り殴りつけた。
驚いたことに、俺が血だらけでも誰も気に留めなかった。きっと、トリムラの様子を見て全て悟ったのだろう。チクショウ。殺人犯よりも、なんでアイツが注目される。死んでるのに。俺は生きてるのに、ただ無秩序な暴力に襲われただけだ。アイツは、死してなお、俺を苦しめるつもりなのか。

放課後、俺は所属している書道部の部室へと向かった。俺は字を書くのが好きだった。お世辞にも上手いとは言えないが、好きな事を伸ばすのは良い事だと思う。
「あれ、タチバナじゃん」
同じ部活のヨシダだ。綺麗なポニーテールとクッキリとした二重瞼。薄く艶のある唇に、シャツから露出する白く細長い腕。俺は、そんなヨシダに一目惚れして書道部に入部したと言っても過言ではない。
「こんちは。……あれ、他の人は?」
「……皆、”あの件”があったからって速攻帰っちゃってさ。だから今日は、ワタシとタチバナだけだね」
ドキッとした。穢れ一つ無い透明な笑顔が俺の心臓を刺激した。
「あっ……そっか。じゃあ頑張ろ」
ヨシダとはあまり話したことがなかった。元々、異性との会話はお世辞にも上手くは無かったのに、いきなりこんな機会が来たら挙動不審になってしまう。しかし、ヨシダと仲良くなりたい。これは良いチャンスだ。出来る、俺なら。この機を逃したら、もう何も残らない。
「今日は書く文字はこれね、あと1時間くらいしかないけどw」
「……き、今日の文字は難しいねwなんて、読むんだろう?」
「あれ、タチバナにもそういう感情あるんだwこれは、スイって読むんだよ。心を3つ書けばいいだけ」
「スイか!スイスイって感じ?w」
「……ハハ、何言ってるの」
良い感じだ。距離が縮まっている。この調子で話しかければ、仲良くなれる。
「んふ、駄洒落w」
「いきなり?w」
「いや、結構面白いでし
「早く書かないと、時間無いよ」
ヨシダにとって、俺との会話<部活動だった。当然といえば当然だが、今日はここまでにしておこう。取り敢えず、話せただけでも良かったじゃないか。しかも、俺の言ったことに笑ってくれた。最高の気分だ。さっきは最悪だったが、ヨシダのお陰で良い1日になった。気分がいい。沢山字を書いて、良いとこでも見せるか。久々に純粋な楽しさを感じた。嬉しい。やった!

下校後、どうやら俺は疲れて寝てしまっていたみたいだ。時計を見る。午前2時。中途半端な時間だ。朝起きるのは6時だから、あと4時間寝れる。4時間。中々中途半端だ。だが、かと言ってすることも無いから、再び眠りにつこうと思った。その時、隣の家から音がした。隣人が、家を出ている。俺は好奇心に駆られた。今なら、あの人がいつもどこに行っているのか分かるかもしれない。またチャンスが訪れた。夜中だからバレづらい筈だ。着いて行こう。母にバレないよう、ゆっくりと階段を下り、家を出た。隣人は特に何も持っていないようだ。俺は2日連続で誰かを尾行している。前回は面白い結果になったから、今回もそうなるに違いない。俺はそう確信していた。隣人は青いアロハシャツと半パン、下駄を着用していた。そんな薄着で、どこに向かうのだろう。俺はワクワクが止まらなかった。



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