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ドブス顔面キモ人間 第1話

「始まり」


朝。カーテンの隙間から尖った陽射しが目を焼き、俺は目覚める。体を伸ばし、呻き声をあげた。毎日同じ事の繰り返しだ。しかし、朝目覚められるということに感謝をしなければならない。今日は月曜日。高校の入学式だった。だから、少し早く起きた。そして緊張すると腹を下してしまうため、朝食はパン1枚のみ。玄関を出て、自転車に跨り、漕ぎ始める。俺は、中学生時代は友達が少なく、絶望の毎日だった。しかしもう違う。高校で全てをリセット出来る。全てはここからだ。今からが、全ての”始まり”なんだ。

「……ス。………い、ドブ……。おいドブス!」穢らわしいハマダの暴言と共に、俺は目を覚ました。学校、教室だ。どうやら机に突っ伏して寝ていたようだ。
「……」
「何寝てんだよ。モトダはもう行ったぞ」
モトダ。俺と同じ”ドブス”の1人。トレードマークは下顎に群がっているニキビとぺったりとした髪の毛だ。
「……俺は行きたくない」
「お前に拒否権は無いんだよ」
俺は”ヨウキャ”であるハマダが苦手だったから、渋々従う事にした。今思えば、何故こうなったのだろう。あの頃抱いていた希望。”自分と同じ弱者-インキャ-”がいる筈だという希望。同類がいるかもしれないという希望。その希望は、初日から悉くぶっ壊された。入学式の日の午後から、クラスでは既にスクールカーストが姿を現した。”ヨウキャ”のササモト、トリムラ、ハマダと”超ヨウキャ”のヤマモトがクラスを支配した。俺はどうかというと、正にどん底と言ったところだ。俺とモトダとコバヤシ、そしてタカモトは”インキャ”の更に下を行く”ドブス”に分類された。だが、まだ希望はあった。それは、俺は”ドブス”というグループで所謂友達を作れるのではないかと言う希望だ。しかしまた、その希望は打ち砕かれた。誰も話そうとしない。誰も目を合わせない。そう、俺たちは皆、”インキャ”だ…。切っても切れない事実。そしてそれが覆る事は未来永劫有り得ない。
「……オイ、金」
薄汚い、気色の悪い、掠れた小さな声が聞こえた。どうやらいつのまにか昇降口前の自販機に着いていた。
「……モトダ、また金ないのか……」
「……良いから早く」
残念なことに、”ドブス”の中にもまた少なからず上下関係は存在していた。俺はそこでも底辺で、よく金を集られていた。その金は、”ヨウキャ”に差し上げるお飲み物代だ。
「……なぁ、いつまでこんなの続けるんだ?」
モトダが言う。
「……仕方ないよ、殴られるよりはマシだろ。俺たちは、”ドブス”だしさ」
「……何開き直ってんだよ、気持ち悪い」
「……ごめん」

起床。登校。地獄。下校。その繰り返し。俺の中に希望は、既に消え去っていた。じゃあ寝るか。睡眠は、体を回復してくれる。寝ることで、全てが
「おはよ」
俺はハッとした。誰の声だ?誰が俺に話しかける?
「……ササモト……君?」
「やだな、君付けなんて」
ササモト。俺の隣の”ヨウキャ”。話したことは1度もない。何故俺に?
「今日、1限目、体育だってさ。しかも体力測定らしいぜ、めんどくせぇー」
分かった。ササモトといつも一緒にいるトリムラが今日いない。確かに金曜日、具合が悪そうだった。つまり、コイツはトリムラがいない代わりに、1番近くにいる俺を使って、必ず誰かしらとペアにならなければならない体力測定でボッチを回避しようとしている。俺を、利用しているんだ。そんな奴と話したくなんかない。
「ああ、そういえばそうだったねハハ。……一緒にやる……?」
「お、いいぜ!やろ」
ダメだった。誰かに話しかけられる快感に負けた。まんまと罠に嵌っただけじゃないか。まあ、俺もボッチを回避出来るし、ウィンウィンではあるが。
体力測定は無事成功した。正直、楽しい。人と関わる楽しさを再確認出来た。ササモトも、意外と良いやつで、もしかしたら勘違いをしていたのかもしれない。次の日も、トリムラは休みだった。どうやら、1日休むとその週はずっと休むような奴らしい。面白いな。だから、今日もササモトと一緒にいた。ササモトと話すのは楽しかった。好きな音楽の趣味も合ったし、好きな映画も同じだった。まるで、運命みたいだ。ササモトと談笑する俺にモトダの嫉妬の視線が突き刺さるのが心地よい。その週の最後には、ササモトとは仲良くなって、LINEも交換した。LINEのアイコンが画質ゴミのNIKEロゴだったのはビックリしたが、それでも嬉しかった。何年ぶりに友達が出来たんだろう。何年ぶりにちゃんと話せる人が出来たんだろう。何年ぶりに人との関わりが楽しくなったんだろう。俺には分からない。これが嬉しいという感情なのかどうかも分からない。ただ俺は、ササモトの前で静かに涙を流していた。その時にやっと分かった。俺はただ、1人でも友達が欲しかった。それが1番の願いだった。それが俺の中で1番大きく、贅沢な望みだった。叶った。俺にはもう、何もいらない。例え”ドブス”であってもいい。俺には、もう俺には、友達がいるんだ。



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