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ドブス顔面キモ人間 第6話

「友達」

あれから、どのくらい時間が経ったのだろう。体内時計を参考にすると、かれこれ1時間半程度は経っただろう。左の腕時計を覗く。午後6時27分。母がそろそろ心配し出すだろうから、連絡を入れておこう。しかし。それよりも、この”デカブツ”は重すぎる。目的地まであとどのくらいかかるのだろうか。しかも、そろそろこのブツを包んでいるブルーシートを不審に思う人も現れてくるような気がする。人目の少ない通りを敢えて通っているとは言え、こんなデカブツを担いで歩いているのは明らかに不自然だ。だが今の人間は他者への興味が全くない。全く関係の無い人間に対しては特にだ。だから未だに発覚はしていなかった。それにしても、重すぎる。腕、肩、腰、全てが瀕死だ。今週ずっと筋肉痛なのは既に確定だが、明日はどうだろう。痛みが辛くて、動けないかもしれない。死体を背負った痛みで動けないなんてとんだお笑いだ。

あれから30分近く、無意識に目的地へと歩き続けた。着いた。遂に着いた。息切れが止まらない。今まで生きてきた中で1番辛い。俺は、その家のドアをコンコンと弱々しく叩いた。
「すみません……タチバナです。開けてください」
家の中では何も聞こえない。いないのか?
「すみません……いませんか……?」
「……一体何の用だ」
いた。そこに”いる”。薄いドア越しに、ヤツがいる。ヤツが。そう、佐原義和が。
「……何を持っている……。……死体だな」
「はい……」
「何だ、責任でも擦り付ける気か?殺すぞ」
俺は全身の鳥肌が立った。”殺す”の一言だが、重みが違う。こいつなら必ずやる。絶対に殺される。
「……いや、中で話はします。取り敢えず、入れてくれませんか」
「……不審な事したら殺す。私の言う事を全て聞け、分かったか。私は嘘は言わない」
「ありがとうございます……」
良かった。彼は俺の救世主だ。
佐原の家に入る。どこか漂う不穏な空気と微かに香る血の臭い。飲みかけの茶に、散乱しているスリッパ。ブラウン管テレビと木製のテーブル。想像の範囲内だ。
「貸せ」
佐原はそう言うと、俺からブツを奪った。
「……計画も無しに殺したのか?それとも最初から私を頼るつもりだったのか?」
「……衝動的だったんだ。ムカついて」
「”殺人”に慣れたガキによくある事だ。…何も考えずに人を殺すな。もし私がお前を入れなかったらどうするつもりだったんだ」
「……さぁ?」
その瞬間、佐原は俺の胸ぐらを掴んだ。俺はあまりの恐怖と威圧感に、声にならない叫びをあげた。
「半端な気持ちは身を滅ぼす事になるぞ、ガキ……。殺人欲を抑えることを覚えろ、ムショ暮らしを避けたいならな」
「……ご、ご、ごめんなさい……」
手が震える。目の前の”恐怖”に震える。
「……浴槽に持って行くぞ。お前は足を持て。しかし、よくここまで持ってこれたな」
「火事場の馬鹿力……ってやつ……?」

あれから30分。コバヤシだったモノは細切れの肉塊と化していた。俺は途中何度も嘔吐した。ヒトがモノ、そして塊に変わる瞬間が厭な訳では無い。だが、耐えられなかった。
「ここまでやれば大丈夫なハズだ。川に行って捨てに行くぞ」
「……はい」
悪魔だと思っていた佐原義和が頼もしく思えた。彼の背中に全てを預けても良い気がした。彼は全てを知っている。もしかしたら、未来も予測出来るのかもしれない。やはり、彼は人ではないのかもしれない。いや、勿論確かに人ではあるのだが、何か、形容しがたいのだが、まるで概念な様な気がする。まあ、それだけ次元が違うような感覚があるということだ。自分とは明らかに住む世界が違う。

空は真っ暗だった。今は何時だろう。だがそんな事はどうでもいい。やはり佐原は凄い男だ。俺の中の矛盾をいとも簡単に解決してみせた。俺は足元が軽かった。誰を殺してネタにしよう。どうやって殺そう。普通の撲殺じゃ今の若者は好んでくれ無さそうだ。何か、何かもっとキャッチーな殺し方を模索しないと。一瞬で話題になるくらいにキャッチーな殺し方。あとは名前も必要だ。そうだ、思いついた。良い名前がある。”それ”にしよう。
「今日もまた、随分と遅いわね」
時計を見た。もう10時半だった。
「まあね、”友達”と遊んできたんだ」
俺は久しぶりに満面の笑みを見せた。



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