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ドブス顔面キモ人間 第5話

「現実」

「「この前の少年殺人事件の犯人、お前だろ」」
昨晩聞いたこの言葉が頭でループする。佐原義和。元から不審な隣人だとは思っていたが、まさか殺人犯だったとは。
「アンタ、ニュース見た?」
「え?」
「池田さんの事件。知らないの?」
「……知らない」
あれは佐原義和がやったものだ。俺たちの隣人が。
「最近そういうの多いから、ホント気をつけてよ」
「分かってるよ」
佐原のアレを見てから、なんだか現実がどうでも良くなった気がする。あの光景……まさに、”悪魔”だった
「「私は他人の幸せが嫌いだ」」
「「……だから奪うの?」」
佐原義和は、他者から”幸せ”を奪う。ヤツは、幸せの強奪者だ。
家を出た時、隣家をチラリと見てみる。アレを見てからだとどうも直視出来なかった。これは恐怖というよりも、佐原に対するある一種の憧憬なのかもしれない。彼は…佐原はなんと言うか、”死”という概念そのものな様な気がする。絶対的な存在なんだ。佐原は外にはいない。中で何をしているのか、それとももう外出したのか?佐原義和。ヤツは一体何者なんだ。
「「お前は、私と”同類”だろう」」
「「お前の目は、私と同じ気がする。お前は、私と同じモノを持っている」」
俺が、アイツと同類……。奥から、誇らしさが湧いてくる。そうだよな、俺も佐原義和と同じく殺人者だ。他の奴らとは違うんだ。

「ドブス、ツラ貸せ」
トリムラだ。あのトイレの大戦闘(語弊あり)の後、俺はトリムラのパシリになっていた。
「……で、なんか分かったか」
自販機の前で俺にジュースを買わせながら、トリムラは俺に訊いた。
「……いや、でも、計画的犯行では無かったみたい。犯人はきっと感情的になってササモトを……」
「分かってる、それ以上は言わなくていい」
「……刺し傷の大きさとか、深さとか見ると、ササモトと同世代の人がやったってのが有力らしいね」
「そうか……」
俺はトリムラにファンタのグレープを差し出した。
「……金は、俺が払うよ」
トリムラはそう言うと、ポケットから丁度120円を取り出した。最初から払う気だったみたいだ。
「ごめん、ありがとう」
「……なあ……、タチバナ。この前は、悪かったよ、お前をぶったりしてさ」
「いいよ別に、気にしてないよ。それより、ササモトがやられた事に比べれば、ちっぽけなもんでしょ」
「本当に……悪かった……」
トリムラは小さく頭を下げた。トリムラの目には、薄らだが、確かに涙が浮かび上がっていた。俺は驚いた。トリムラの感情が理解できなかった。
「なんで……泣いてんの」
「ハハ、分かんねぇよそんなの。……お前は、いつも冷静なんだな」
「……冷静?」
「ああ、感情すら変えない。何考えてるか分かんねぇけど、羨ましいよ。俺はササモトが死んでから、何が何だか分かんなくなっちまった。ササモトは昔からずっと仲良くて、兄弟みたいなモンだったのに、いとも簡単にいなくなっちまった。でも、生きるってそういうことだよな。いつも、ずっと常に死が付き纏ってる。今回は、ササモトがたまたま……」
「トリムラ、やめよう。悔いたってササモトは帰ってこない」
「だけど……こうなるんだったら、一緒に帰っとけばよかったんだ……」
トリムラは蹲って泣いた。親友のササモトが死んで、トリムラはおかしくなってしまった。正直、いい気味だった。お前は、お前が1番憎むであろうササモト殺人犯に泣いてるんだ。お前はもっと悔いるべきだと思った。そして何より、俺は嬉しかった。自分の行動が、誰かの人生に大きな影響を与えた。こんな事は初めてだ。他人から幸せを奪う佐原の気持ちが分かったような気がする。
「もう、戻ろう。もうすぐ授業だしさ」
「……ああ」
それが、トリムラと最後の会話だった。

6時限目が終わった。今週は疲れる。やっと学校から開放されたと思ったが、部活がある事を思い出した。部活。ヨシダがいる。ヨシダと話せる。気分が一気に軽くなった。
「お、早いなタチバナ!」
ヨシダだ。サボり癖の他の部員はまだ来ていない。
「あれ、他のは?」
「また”アレ”を言い訳にして帰った」
「ヨシダ……さんは、帰らないの?」
「帰んないよw確かにショックだけど、帰ったからって何か変わるわけじゃないでしょ」
流石ヨシダだ。他のとは違う考え方をしている。
「確かに」
「タチバナは?帰んないの?」
「うん」
「なんで」
「……なんでだろう、部活が、好き、だから?w」
好きだなんて言ってしまったキャー!!
「ふーん」
脈アリみたいだ。
「あっ、そういえばさ、書いてきたんだけどさ、……どう、かなこれw」
俺は家で書いた字を見せた。この前の課題だったモノだ。
「おー、いいね。いいじゃん、いいよ。タチバナやっぱ字上手いじゃん!」
「ふへ、wそうかなw」
「うんうん、上手い上手い。こりゃ優勝だネ」
「そんなに!?w」
思わず声が大きくなる。
「流石我が部のエースタチバナ。これからも頑張りたまえw」
「ンへへw頑張りますようーw」
カップルか?これは脈アリだろ。初めての彼女がヨシダだなんて、幸せもんだ。
その時だった。部室のドアがいきなり開いた。
「あれ…えっと」
「コバヤシ、です」
コバヤシ。俺と同じ”ドブス”だ。コイツも同じ部活だったのか。既に幽霊部員とは愚かだな。
「コバヤシ君、ウチはヨシダ、こっちはタチバナね」
「……」
コバヤシが俺を睨む。なんだこいつ
「宜しく。同じクラス、だったよね?」
「……知らない」
あーあ。コイツのせいでムードが最悪になった。地獄だ。ふざけるな。
「……とにかく!コバヤシ、字。書いてみて。ウチが見るから」
クソ、ヨシダをコバヤシに取られた。
「……わかり、ました」
指紋とまつ毛のこびり付いたメガネ、べっとりとした髪の毛、無精髭。”汚”そのもののようなこの男は、正座し、机の上の紙に字を書き始めた。ヨシダの顔が近づく。ヤツの鼻が膨らむ。取り敢えず、見て見ぬふりをする。ヨシダと俺は既に相思相愛。こんな奴が介入したところで、蚊帳の外だろう。
「おー、結構上手いね。タチバナちょっと見て」
「んー?wどれどれ……オォー!!上手いなあ」
態とオーバーリアクションで反応する。
「……ッス」
「ここのハネがいいね。うん綺麗だよ」
ヨシダが満面の笑みで褒め称える。
「ッス」
その”ッス”はなんだ?ちゃんと”ありがとうございます”だろ。言葉も禄に使えない野郎がこの部活に入ってきたのか?
「タチバナくんと、ど、どっちが上手いかな?w」
「ウーン、どっちも捨てきれないね…。でも、この字は……コバヤシ君の方がいいかな」
そうか。もう、いい。もう終わりにするか。

ーー……まただ。この臭い、この感触。またか。やはり、オナニーみたいだ。最中は最高の気分なのに、終わった途端全てがどうでもよくなる。後始末が面倒なのも似ている。そして今回は前回とは違い完全に衝動的だった。帽子も、ゴーグルも、マスクも無し。着けたのは手袋のみだった。全てをさらけ出しての殺人だった。殺したのも前回のように家の中では無く、路地だった。早くしないと誰かに見つかってしまう。だが処理に時間がかかる。どうすればいい。クソ、こうなるんだったら耐えるべきだった。考えろ俺。こんな奴の為に身を滅ぼすことはない。……そうだ。希望が生まれた。もしかしたら、もしかしたら大丈夫かもしれない。可能性はかなり低い。だが、きっと大丈夫だ。何とかなる。


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