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ドブス顔面キモ人間 第10話

「ヤバい」

いそいそと支度を始めた。自らが自分の服を本気で考えるのは初めてかもしれない。付けずに埃を被っている腕時計をクローゼットから取りだし、腕に巻き付けた。上半身には黒いTシャツの上に紅のカーディガン、下半身にはベルトをしっかり巻き付けたジーパン。靴は茶色のスニーカーを選んだ。
「なに、気取っちゃって」
母がニヤける。
「別に、友達んとこ行ってくるから」

「んねタチバナくん」
ヨシダさんがわざわざ俺の教室にまで足を運び、俺を呼んだ。
「な、なにヨシダさん」
「タチバナくんて映画、好き?観る?」
「え、え!」
俺は驚きのあまり大声を出した。
「いやー、映画のチケットが丁度2枚あってさ、タチバナくんどうかなって」
「え、い、行きます!行かせてください」

何か裏があるような気がする。あまりにも非現実的すぎるだろ。だが、これが”現実”だ。俺は今まで色々なことを耐え続けてきた。神様が、俺に微笑んでくれたんだろう。
「ちょっと、どこ見てんの」
「えっ、あ」
俺の隣に、ヨシダさんがいる。ショッピングモールを一緒に歩いている。
「私服着てるタチバナくん、いつもと印象違くて、なんかおもしろいね」
「お、おもしろい……かはw」
頑張って決めた私服が面白いなんて、屈辱だ。恥ずかしい。
「いや、褒めてるよ。タチバナくんのプライベート?とか全然想像つかなかったから、見れて嬉しい」
「……そ、うかな」
ヨシダさんは輝いていた。発言全てが、偉人の名言のような力を持っていた。到底適わない。自分とは、何もかもが違う。
「あ、ちょっとジュース買ってこ」
自販機を勢いよく見たヨシダさんの髪が靡く。美しい漆黒のショートカット。高級カーテンのようで、まさに美の骨頂だ。簡単に言うと、エロい。
「あご、あごろう?おあごろか?」
「……え?」
「あご、お、奢ろうか?」
「いや、いいよw私でもジュース1本くらい買えるよ」
「そっ……か」
ヨシダさんが自販機のボタンを押す。まるで薔薇のような気品のある美しさとどことなく醸し出される幼さが入り交じった指先が目に映る。
「……あ」
「あ?」
「映画、あと1分だった」
「エェーーーーーーーーーーーーーーーー!?い、いそ、急がないと!」
「声でかwまあ、最初の10分は予告でしょー。ゆっくり行こうよ」
「予告を見るのも映画館の楽しみの1つでしょ(そうだね)」
「……ごめん」
しくった。早漏の心の声が、俺より先に出てしまった。
「……冗談wだよ」
「……ハハ……」
空気がゴミになった。もういいや。取り敢えず、映画を楽しむことに専念する。

「いやー、面白かったね、漆黒の超アベンジャーズロストエイジ〜孤狼のスーサイドシャンチーイコ・ウワイス編〜」
「……だね」
正直面白くはなかった。陳腐な演技と脚本に、無駄に壮大な音楽、カタルシスの欠けらも無い伏線回収、悪すぎるテンポ。アクションだけは良かったが、これは映画館じゃなく自宅で観てたら死んでいた。
「特にさ、あの髭の人が車から飛ぶ所とかすごかったよね」
「……だよね」
「あと、ラストの再会シーンも良かったね。私ちょっと泣いちゃったw」
「……わかる」
「……タチバナくん、もしかして、面白く……なかった?」
「いやいやいやいやいやいやいや、つまんな面白かったよ」
「……なら、良かった」
「あ、ああの!ヨシダ……さん?」
「なに」
俺は勇気を振り絞った。振り絞りすぎて、少しおならが出た。
「これから、ご飯行かない?今ちょうど、夕食どきだしさ……」
「……あーーごめ、今日ウチで食べる約束しててさ、ごめん」
「ああー、そ、そっか……」
「ごめんね、また今度、またどっか行こ」
「そ、そうだね!」
「んじゃ、また学校で」
ヨシダさんが去っていく。後ろ姿も美しい。まるで彫刻のように洗練されたカタチと、女性らしさの残る華麗さ。すごく、凄い。今日はヨシダさんと大分仲が深まったはずだ。まさか、女性と2人で出かけるという機会があるとは、思いもしなかった。俺は生きる希望が湧いた。俺は、ヨシダさんの為に生きようと思う。あの人の為なら、命だって、金だって、なんだって差し出せる。あの人がやれというならなんだってやるし、やるなってことはやらない。全部あの人の理想通りになってやる。俺が、あの人と結ばれる。俺はあの人のモノだ。俺は、もう、幸せを掴み取ったと言っても過言ではないのかもしれない。これが、幸せなんだ……。

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