おっぱいマン15

朝。カーテンの隙間から尖った陽射しが目を焼き、俺は目覚める。体を伸ばし、呻き声をあげた。毎日同じ事の繰り返しだ。しかし、朝目覚められるということに感謝をしなければならない。今日は……、そもそもここは、どこ?
「うぅ……」
「目が、覚めたか」
「……、うわああああ!?!?」
ここは、部屋じゃない!いや、そもそも”家”ですらない!ここは、ここは一体何なんだ!
「生き残ったのは君だけだ。だから、君に任務を与える」
”目のような鼻のような口のような”大きな空洞のある顔面と、細長い四肢を持った、生き物のような赤い物体が話しかける。
「こ、ここは何処?貴方は誰なんだ」
「私は、”クストーデ”……。そしてここは”虚無”。時と時の間だ」
「あぁ〜?、?」
「最後の記憶は?」
「俺は確か……死ん、だ?」
「トラックに轢かれて、だろう。しかし君は生きている」
「どゆこと?」
「殆どの君の運命は、君の思う通り、トラックによる轢死だ。しかし君だけは、トラックに轢かれても生き残った。君は、”他の君”の中で唯一の生存者だ」
「”殆どの君”、”他の君”……?意味が分からない」
「……地球の”時”とは、”運命”を辿る600近い時空の重なりにより構成される絶対的な概念だ。しかしある時、一つだけ、たった一つだけ、”運命”のレールから外れる時空が存在する。それが君だ。君は、ある事で”運命”を辿らなくなった」
「つまり、600近くいる俺の中で、”俺”だけが唯一轢かれても生き残った”俺”って、こと?」
「理解が早くて助かる」
「理解は出来ても、納得は出来ない」
「……任務を、聞いて欲しい」
”クストーデ”を自称する物体は、手のような物を前に伸ばし、画像を映し出した。1人の少年の、写真だった。
「この男の名は、佐川龍輝。佐川龍輝を無事に、”都”と呼ばれる場所まで連れて来て欲しい」
「……知ってるよ、こいつ。兄貴殺したやつでしょ」
「……そうだ。同じ学校だろう」
「……悪いけど、人を救える程の力は持ってない。寧ろ、俺は奪う側なんだ」
「そうか、しかしそれは、”今現在の事実”に過ぎない。ならば、変える事もできる。今からここで、20年訓練をしろ。時を超える、力を身につけ、観察者となれ」
「に、20年!?そんないきなり」
「私は、君が人生に後悔しているのを知っている。やり直す絶好のチャンスだと思わんかね……、タチバナくん」
そう言うと、”クストーデ”は姿を消した。タチバナは、”虚無”に残された。
「おおおおおおおおい!」
言動は無に帰す。それが、”虚無”だった。”虚無”、それは”時と時の間”。脱出する方法、そんな物は存在しない。残されている道はただ1つ。”観察者”になる事……!

山本崇は、反射的に左腕で顔を隠していた。顔面への攻撃は防いだ。しかし、攻撃は、左腕を貫通していた。
「来たな……”ドブス”が……!」
タチバナは、山本崇の左腕に差し込んだ右の手刀を素早く抜き取ると、丸め、打ち込んだ。何度も、何度も。
「く……力技か……!だが」
山本崇は腕によるガードを突然解くと、体を仰け反らせた。
「2度は通用しねえ……!」
山本崇は、仰け反った動きを利用し回転、タチバナを蹴り飛ばした。
「”観察者”になれたとて、私を超えられるとは限らん……!」
そう言うと、山本崇は飛び上がり、右の拳を大きく振り上げる。タチバナは蹴られた衝撃から立ち直っている最中だった。ここで決める、山本崇はそう決心し、拳をタチバナへ……
「……ッ!」
タチバナは、腕でガードすると見せかけて、隠し持っていたカッターを山本崇の拳の方に突き出していた。勢いが付いていた山本崇の拳の内部に、刃が侵入して行く。
「やはりお前は……他者を”下”に見る癖がある。直すべきだ。ミスの元だからな……」
「くそがああああ、ガッ……」
山本崇は、声が出なくなった。喉の切り口から赤黒い液体が流れ落ちる。
「痛いか……。回復には随分かかるだろうな……」
「……く、そ、……やろ……」
「龍輝は貰ってく。お前はそこで、ゆっくり休んでろ。”運命の奴隷”が……」
”高次元生命体”は死なないが、痛覚は存在する。山本崇は、右手と喉の甚大な痛みに耐えながら、声にならない声を叫び続けた。血が無くなり、体が機能停止するその瞬間まで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?