おっぱいマン21・終了

山本崇は、実感していた。龍輝と観察者の融合による特異点に時が吸い込まれていく。人々の肉体は時の逆行に逆らえないが、魂は運命を受け入れ、1つになる。これこそ正に、成功だった。
「遂に……」
しかし、何かがおかしかった。特異点が拡大をやめていた。それどころか、縮小をしているように見える。
「なんだ……?」
山本崇は状況を理解出来なかった。急いで廃墟から抜け、辺りを見回す。人だ。人がいる。いや、”戻って”きている。まるで、何事も無かったかのように、人間に肉体が、そして魂が戻っている。
「何故だ……龍輝の意識はおっぱいマンが掌握したはず……。いや、違う……、まさか、無意識下で発動したのか……”能力”が!」
そんな事は有り得なかった。有り得ないはずだった。おっぱいマン……─”破壊衝動に駆られるもう一方の人格”が龍輝に優位に立った時点で、既に勝利は確定していたはずだった。なのに……。
「く……そ、観察者が何かしやがったな……」
「いや、違う」
山本崇はハッとした。後ろにいたのは、龍輝だった。
「これは俺の意思だ」
「何故……なんで、なんだおっぱいマン!!!!!」
「おっぱいマンは死んだ。今。俺が畑で殺した」
「そんなの有り得ない!そもそもまだ能力を掌握していなかったじゃないか!!!!なんで、なんで干渉出来るんだ……」
「分かったんだ。俺が本当にすべきことは何かを」
「あ……あ……」
山本崇が消えていく。
「”種”を潰した─、なら、お前も消えるんだぞ!」
山本崇は、同じ消えていく龍輝を指さした。
「まだ間に合う!生きたいだろ!?」
「……俺は死なない。生きるよ。俺の兄貴も、両親も、橘も。死ぬのは……お前だけだ」
「だめだ、だめだ、だめだ、だめだ、やめ……」
山本崇は、消えた。そして、龍輝も消えた。2人は、ここに”いなかった”。
赤い空が蒼くなる。時は現れ、平常へと身を委ねる。何も起きていなかった。あるのは、日常のみ。全ては、”起きなかった”。






1人の青年が畑を歩いていた。赤黒い肌は、陽に照らされ神々しく光っている。
「ん……?」
圭人は潰れたスイカを発見した。誰かに踏まれているようだ。
「誰だよ……全く」
「……ありがとう」
圭人は、見覚えのある声の方向に顔を向けた。しかし、そこには誰もいない。あるのは、”気配”だけだった。その気配は、まるで……
「……龍輝?」
「何?」
「いや、……何か今言った?」
「言ってないけど」
圭人はそうか、と微笑むと、スイカの入った籠を抱えて歩きだした。
「ほら、龍輝。籠持てよ」
圭人はそう言うと、龍輝に籠を押し付けた。
「お前の方がスイカん数少ないと、どやされるだろ」
「……ありがとう」
「てか今日橘君と遊び行くんだろ?急げ!」
「やべ、そうだった!」
2人は畑を駆け出した。そこには、憎しみも、嫉妬も、何も無かった。様々な”可能性”に満ち溢れた2人の前にある”運命”、それは”希望”だった。
「やっと戻ってきたのか」
「父さん、見てよ。龍輝こんなの採ったんだぜ」
「そうか。圭人、ほら、タオル」
「龍輝のは?」
「別に疲れてないだろ」
「父さん」
「……龍輝、銭湯いくか」
「えっ」
「疲れただろ。皆で、スイカでも食いながら銭湯行こう。母さんには内緒でな」
「そうだよ龍輝、銭湯行こう。もうずっと行ってないだろ」
「……あ、そ、あそうだね。……行こう」
「決まりだな」
龍輝は、なぜだか嬉しくなった。嬉しくてたまらなかった。今回だけは、鋭い陽射しも、全く苦じゃないように感じた。

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