おっぱいマン20

「こ……こは……」
龍輝は、見覚えがあるが思い出せない場所に取り残されていた。何かが聞こえる。声だ。誰かの、声が微かに聞こえる。
「その中途半端な優しさとかき、気遣いとかも全部迷惑なんだよ!いらねーそんなの!」
”俺”だ。俺の声だ。龍輝はドアを勢い良く閉める音がすると、急いで物陰に隠れた。声の主が歩いてくる。やはり俺だ。”龍輝”が通り過ぎた後、龍輝は物陰から恐る恐る顔を出し、”龍輝”のいた部屋を見た。
「なん……だこれ……」
龍輝は困惑した。ゆっくりと開くドアの奥には、圭人がいた。呆然と立ち竦んでいる。龍輝は、圭人の元へ駆け寄ろうとした。しかし、足を動かせなかった。
「圭人、あんたは悪くないよ」
母親だ。龍輝の説得に失敗した圭人を慰めている。
「龍輝はキチガイだから、圭人は悪くないんだよ」
「龍輝は、キチガイなんかじゃない……」
「……えっ?」
「龍輝はいつも頑張ってたんだ。誰にも認められなくても、見返してやろうと頑張ってたんだよ」
圭人の目には、涙が浮かんでいるように見えた。
「そんな龍輝を母さん達はいつも邪険にしてた」
「私のせいだって言うの。勘弁してよ圭人まで」
「違う、これは家族の問題なんだよ。俺たち全員が全員に歩み寄らないとだめなんだ」
「もう過去は変えられないの」
「変えようとしていないだけだ。別に龍輝の努力を認めなくたっていい。でも、せめて、向き合って、理解はして欲しい……」
「……何故そこまで、龍輝を思うの。あなたより劣っているのに」
「優劣は問題じゃない。……龍輝は、いいやつなんだ」
龍輝は石のように、動けなくなった。圭人はずっと龍輝の事を思っていた。
「りゅう……き……?」
圭人の声がする。しかし、足元からだった。龍輝は恐る恐る下を見る。
「あ……っ」
赤い海の上に、圭人が横たわっていた。
「りゅう、き……ごめ、ん。お前の気持ちを……最後まで理解、できなかった」
「そんな……」
「俺は……大丈夫、龍輝……。俺の分も……生きてくれ……」
龍輝は動けなかった。口も閉じれない。これこそが、自分の行いだった。自分は別人格に籠り、この事実から逃げ続けて来た。
「俺は……どうすれば……」
「逃げないで、向き合うんだ……。きっと未来は、変えら……」
死んだ。いや、殺された。犯人は、紛れもない、龍輝自身だ。
逃げず、向き合え。
それが圭人が遺した、そして尊重してきた思いだった。
「……そうか」
龍輝は環境のせいにし、いつも逃げていた。自身を気にかける圭人の存在からすらも逃げ、屑に堕ちた。
空を見上げると、それは赤に染まっていた。時が特異点に飲み込まれて行く。これが現実だった。そして、行動の結果。今向き合えば、逃げなければ、もしかしたら、皆救えるのかもしれない。この能力で、きっと、世界を変えられる。でもきっと、自分は消えてしまう。
「いや……」
自分が消えたって構わない。行動の代償と、向き合わなければ。もう逃げはしない。目を逸らしもしない。この能力を、今、ここで、使う。

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