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ドブス顔面キモ人間 第2話

「殺!殺!殺!」

手が濡れている。一体、これは何だ?何が起きた?鼻にこびり付く、この癇に障る臭いはなんだ?何があった?何が

その日、俺はいつも通り登校した。体は随分と軽くなった。ササモトという友達が出来たからだ。まさか、自分が学校に行くことが楽しくなるとは思ってもみなかった。ササモトには感謝しかない。ありがとうササモト。
教室に入る。おはよう、と俺はササモトに言った。ササモトは、返してくれなかった。
「よ、サっちゃん」
教室で声がした。近いが、俺に対する声じゃない。これは、俺の隣に対する声だ。
「おートーリ!仮病だったってマジ?w」
「まあな、何かバレなかったんだよ」
二人の会話は長かった。その間、俺は単なる背景に逆戻りした。
「俺がいない間寂しかったか?w」
「馬鹿言え逆に清々してたわw」
「…なあ、こっち見んなよ」
声。今度は俺に対する声だ。直接俺に言ったんだ。トリムラが。俺のササモトを奪った簒奪者トリムラ。
「……見てないよ」
「見てんだろ。目付きキモイんだよ」
ササモトは、友達だから助けてくれる筈だ。ササモトは、助けてくれる。きっと。
「…………!」
ササモト、コイツ、笑っていやがる…!。しかも嘲笑だ。理解が追いつかない。
「ごめんなさい。俺が全部悪かったです。もう、やめて……」
謝ることしか出来なかった。何でもいい。取り敢えず放っておいて欲しかった。
「サっちゃん、こんなヤツの隣で可哀想だな」
「別にいいよw俺達には関係ないし」
「だよな、トイレ行こうぜ。あと5分でホームルームだけど」
2人は消えた。俺は、ただ何も考えずに座っていた。
2限目は移動教室だった。先週は、常にササモトと談笑しながら移動した。だから今日も誘った。いや、誘おうと”思った”。ササモトは、既にいなかった。トリムラと共にだ。取り敢えずは、仕方の無いことだ。久しぶりに来たトリムラと一緒にいたいんだろう。仕方ない。休み時間も話しかけたが、結果は無視。トリムラとの会話に夢中で、俺はアウトオブ眼中だった。次の日、なんとササモトの席との間が広まっていた。ササモトはトリムラと相変わらず大声で話していた。体育、移動教室、トリムラは俺に話しかけなかった。ずっとだ。先週が夢のように感じられる。これはなんだ。何故俺に話しかけてくれない?ササモトとの友情はホンモノの筈だ。そうじゃないと、俺は、先週の俺は何だった?希望に縋り、やっと分かった自分の幸せを掴み取れた。それすら偽りか?
”絶望があるからこそ、希望が希望になる”
これは、アメリカの哲学者、ノア・ミッチェルの言葉だったか?分からないが、その一節が頭から離れなかった。アア、逆戻りだな。全て虚構に過ぎなかった。俺はいないトリムラの穴を埋めるだけのために利用されていただけだった。いや、最初から気づいていたはずだ。友情を求めすぎた。友情こそが最大だと思っていた。そうかもしれない。だが、裏切られた。単なる裏切りだ。ササモトは裏切り者だ。これは何かの間違いだ。ササモトとは友達だから。しかし、考えてみれば、俺はササモトがササモトであるから好きなのではない。ササモトが、たまたま俺に話しかけてくれた人間だったからササモトを好むようになっただけであり、別にササモトだからという訳では無い。そう考えると、もしかしたら、本当に利用しているのは俺の方だったのかもしれない。だが、俺は裏切らなかった。ササモト、ヤツとは違って。
その日の授業はいつもに増して頭に入ってこなかった。隣のササモトは相変わらずうつらうつらしている。いるだけで不愉快なヤツだ。
「じゃあ、ササモト。ここは掛け算か足し算か、どっちだと思う?」
「エッ、ひ、引き算!?」
クラスは笑いに包まれた。何が面白い?クズが寝ぼけて間違えたこと言っただけだろう。見苦しい。気持ち悪い。耐えきれない。裏切り者が人気者だなんて。
「バーカ、ササモト。寝てんじゃねぇよっw」
「すぃやせんwフフフンンンンリww」
「……オイ、じゃあ、お前。答えてみろ」
俺だ。”お前”は俺だった。クラスの笑いは沈黙へと変貌する。その瞬間が怖かった。恐怖だった。やはり俺は所詮”ドブス”のままだったんだ。
「……引き算……すかw」

今日は部活も無かったし、大人しく帰るつもりだった。しかし、見てしまった。ササモトが1人で下校するのを。俺は何を考えたのか、尾行を始めた。俺はその時、ササモトと話そうとは思っていなかったはずだ。じゃあ何故?……もしかしたら、もうその時に目的を決意していたのかもしれない。ササモトの緑の蛍光色のシューズが眩しく目に突き刺さる。1人に慣れていないのか、顔はいつもとは違い二重まぶたの綺麗な目ん玉を半ば閉ざし、口はキツく結んでいた。元々サッカー部主属という事もあり足は早いが、その時は尋常じゃない早さであった。まるで、1人が恥じるべき事のようだった。思わず笑ってしまった。ササモトは徒歩通学のため、家は学校から大して離れていない。せいぜい11、2分で着いた。家の見た目は平凡な一軒家で、鉄の小さな門が玄関に造られている。壁の色は茶で、周りの木々にカモフラージュしているようである。ササモト本人とは違い、家は地味だった。玄関の鍵を開ける様子から、今日は家に誰もいないようだ。これはチャンスだ。今しかない。やるか否か。これは、罪ではない。これは”復讐”という名の義務でしかない。仕方の無いことだ。俺が被害者で、お前が加害者。至って単純だ。これは”ヨウキャ”へのレジスタンス。出来る、俺なら

「……何で……」
ササモトの最期の言葉だ。俺は、学校の調理室に乱雑に置いてあった包丁で思い切りササモトの胴体を突き刺した。当然、俺みたいな華奢な男子の力じゃ貫通はしない。ササモトの体の皮膚を引き裂き、骨にヒビを入れた。だが、それだけで良い。何も即死させようとは思っていなかった。出血さえさせれば、失血死する。ササモトは、余りの痛みに号泣し、嘔吐した。あれだけ”光”の象徴であったササモトが壊れていく。ヒトからモノに変わっていく。この湧いてくる感情、これは正に、自慰だ。俺は、勃っていた。しかも無意識の内に。これが、”殺”の感覚。体に染み付いて離れない。鼻の奥にこびり付く血のカホリ。失われていく尊き生命。
「俺は、俺の名前は、タチバナだ。覚えておけ、地獄まで、ずーっと覚えておけ。いいか、タチバナだ。”ドブス”じゃない、俺は……タチバナなんだ」



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