戻りたい場所


 青空にいくつもの白線が描かれる。
 横に綺麗に列を組んでいるように並ぶその線を病室の窓から少女は見ていた。

「どうして私はあそこにいないんだろう…」

 少女-アイラ・ペイヴィッキ・リンナマーは呟いた。
 今までなら自分もあの中にいた。だが今は違う。
 ネウロイとの戦いで右腕に傷を負い前線に出ることが叶わなくなってしまった。

(いや、何を嘆いているんだ私は。この程度で済んだのならまだマシだというのに)

 そう、自分は右腕の負傷だけで帰還できた幸運を喜ぶべきなのだ。
 一緒に出撃した者の中にはもっと酷い怪我を負った者もいた。
 そして中には…
 …彼女たちのことを思えば自分はまだ恵まれているのだ。
 なのに、そのことを頭ではわかっていても受け入れられない自分がいる。

「戦えないウィッチなんてウィッチと言えるのか…」


「アイラ、お見舞いにきたよー!」

「シルパ、こら、病室だって言うのに燥ぐんじゃないの。アイラにも迷惑でしょう」

 ある日の午後アイラの病室を三人の少女たちが訪れた。
 元気いっぱいな声で入ってきた幼い少女のシルパ
 彼女を嗜めたのがメガネがトレードマークなカロリーナ
 落ち着いた雰囲気を漂わせて二人から数歩離れた後ろに立っているファンニ。
 三人ともアイラが原隊にいた時共に肩を並べて戦ったウィッチだ。

「わざわざスオムスから来てくれたのか?いいのに」

「仲間のお見舞いにわざわざもないでしょう。どう?怪我の具合は」

「そうだな…だいぶよくなったけど痛みが残ってるな」

「そっかぁ、まだ一緒に戦えないのか」

 ー違う、まだじゃない。もう一緒には戦えないんだ
 残念がるシルパにそう訂正しようとしたがアイラにはできなかった。

「貴方の分まで私たちも頑張るわ。だから貴方は今は怪我を治すことに専念して。いつだって待ってるから」

「ありがとう。私もすぐに戻れるように頑張る」

 励ましの言葉に誤魔化しの笑顔と返事をする。
 それくらいのことしかできなかった。

 その日の夜。アイラは病院の外に出て銃を持ち上げようとしていた。
 だが持ち上げるまではよかったものの手が震えて上手く固定できず、落としてしまう。
 耳と尾を出したウィッチとしての姿であるのにだ。

「やっぱり駄目なのか」

 医者に告げられた通り自分は二度とウィッチとして前線に立てないのか。

「こんなところにいた」

 アイラの背後、病院の出入り口から出てきた少女がアイラを見るなり声をかけた。
 エレオノール・ジョヴァンナ・ガション。
 アイラがこの病院に来てから知り合った看護をしている少女で彼女もまたウィッチだ。

「もう寝る時間だよ」

「魔法力が戻らない。これじゃ前線には戻れない」

 アイラは震える自身の手を見つめながら震えた声で言う。

「使い魔だって今は休ませなきゃ」

「ああ…そうか」

 その言葉に従いアイラは使い魔とのコンタクトを断つ。
 それによって彼女の使い魔フィンが具現化されるとアイラに抱きつくように歩み寄ってくる。

「すまなかったなフィン」

 自身の相棒にして体の一部と言ってもいいホッキョクオオカミの毛皮を撫でるアイラ。
 そんな彼女の頭に浮かんだのは

『まだ一緒に戦えないのかぁ』

『貴方の分まで私たちも頑張るわ。いつだって待ってるから』

 昼間来てくれた仲間たちの言葉と顔。
 皆善意で心から心配してくれていて、自分の帰りを待ってくれているのは理解している。
 でも、だからこそその思いに応えることのできない自分に悲しみを通り越して怒りすら覚えてくる。

(もう私は、皆と同じ場所には戻れないんだ…)

 銃も満足に持てず、戦えないウィッチに空に居場所などない。
 自分にはもう再びあの素晴らしい仲間たちと共に空を飛ぶ機会は訪れることはないだろう。

「もうこいつ、なんて粘り強いのよ!」

「弾薬の残りも少なくなってきた。このままだと、ちょっとヤバいかも」

 雪国の空を舞台に三人のウィッチが大型ネウロイを相手に苦戦を強いられていた。
 三人がかりでも撃破することができずコアの位置も掴めていない。

「声?」

「どうしたのカロリーナ」

 攻略の糸口を探ろうと敵を観察していたファンニがカロリーナの呟きに反応して彼女の方を向いた。

「どこからか声が聞こえてくるわ」

「声?ネウロイのじゃなくて!わわっ!」 

 シルパもファンニもネウロイからの攻撃をシールドや回避で凌ぎながら耳に意識を集中してみる。
 そして

「確かに聞こえてくるわ。でも声じゃない。これは…歌?」

「誰かが歌ってる!どこから?なんでこんな時に聞こえてくるの?」

 カロリーナが言った声を他の二人も聞いた。
 聞こえてくるのはというよりも歌声で、音楽に合わせて誰かが歌を歌っているようだった。

「色んな人が歌ってる……待って、この声って!」

「どうしたの!?」

「アイラよ!アイラの歌声が聞こえてくる!」

「アイラ?ってことはこの歌ってルミナスウィッチーズの」

 連盟空軍音楽航空隊『ルミナスウィッチーズ』の話は三人共話には聞いていた。
 彼女たちは歌うウィッチでそのメンバーの中にはかつて一緒に戦った仲間がいることも。

「本当だ。本当にアイラの声だよ!」

「だけど、どうして歌がここまで聞こえてくるの?だってルミナスウィッチーズは今ガリアにいるんじゃないの?」

 遥か遠く離れた場所にいる者の声が聞こえてくる。誰がどう考えても異常な現象だ。
 シルパもカロリーナも困惑を隠せない。
 しかしそんな中で唯一ファンニだけは歌声に対して口元を綻ばせた。

「わからない。わからないけど、俄然負けられなくなってきたって感じしない?」

「…そうだね。そうかも」

「ええ、なんだか歌のおかげで一層気が引き締まってきたわ。今ならどんな相手にだって負ける気がしなさそう」

「よぅし、二人とも!ここからが正念場よ。あのネウロイを倒して必ずルミナスウィッチーズの歌を生で聴きにいくの。いいわね!」

「「了解!」

 攻撃の勢いを強めるネウロイへ三人のウィッチは負けじと向かっていった。
 遠くにいる大切な仲間の存在を近くに感じながら




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