死ぬことを考えた話
ハッとした。
「どうやって死のうかな」って考えてたのだ。
正直驚いた。まるで晩御飯なににしよっかなのノリでそう考えていたのだ。
タバコが切れたのだ。そして財布にお金が入ってない。働いてないのでそりゃ収入もない。こういうときはとりあえず母にお金の無心に行くのだけど、それをとても億劫に感じた。まぁでも覚悟を決めて母にお願いしに行ったのだ。
どれだけいるのかと聞かれて、そんなの青天井だわさと思いながら、どれだけ……かぁ……どれだけいるかなぁと考えていたら、なんかもうめんどくさいなって思って、そこからだ。郵便局に向かった母を見送って、家に戻って……。
ハッ。いま、私、どうやって死のうか考えてた!
やっば、これ危ないやつじゃん。メンタルやられてるわ。これ、さすがに病院行ったほうがいいのでは?と、我に返ったのだった。
……。
そういえばこないだ、希死念慮ってどんなんだろなって思ったんだった。
これかぁ……。というか、……それで?
死にたいではなく、死のっかなって考えてた。
で、つっらって思って、そう、孤立だ。孤独ではなくて。
札束の入った封筒を手に母がやってきたので、
「私今どうやって死のうか考えてたわ。病院行くわ。隣だし。」と伝えたら、
「そうして。頼むから死ぬなんて考えてくれるな。」とか言ってた。
「もし私が死んで後悔しそうだったら、いまやれるだけのことをやってください」とお願いしといた。母の後悔はめんどくさい。
例えば東横の子供たちや、メンタル病んでる若者たち、発達障害の多くの人たち、生きるのめんどくさいなと思ってるであろうそんな人たちと同じところに立ってるなぁと思うのだ。動画を見てても、うんうん、わかるよーと思うもの。
要するに、なにもしたくないなぁと思っているのだ。
元気がないのだ。疲れ果てているのだ。こんなときは何もせず、小さな衝動だけでいきるしかないと思うのだ。それでも、生きるためにお金がいる。自分も含めそんな人たちの、意識をまとめて解放しとくか。
何もしなくても、ただ存在するだけの安心感を。
要するにだ、幼い頃その安心感を体験していないのだ。幼くして、生きるだけで大変だった。そんな感情を終わらせよう。ぞれこそ無意識にある。
私はお金に困るということはこれまでなかったと思っていたけれど、何もしなくても大丈夫とは思わせてもらえなかった。生きるためには、何か提供しなければいけないと思っていたのだ。提供できるものがもう私には何もないと、そう思って死のうと思ったのだ。しないことへの罪悪感やみじめさや、自己憐憫の数々を解放しよう。
生きるという大変さを黄色い風船に入れて手を離したら、それは日本中から発射され、さらには世界中から発射され、地球はまるで大きなため息をついたようだった。
ありがとね、お母さん。その年金いただきます。
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