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死を拒否する男

「だったら死ななければいいだろう」とリキはいった。
 最初意味が分からなかった。望んで死ぬわけではない。手遅れの胃癌で余命を宣告された。さんざん悩んだ挙句にやっと現実を直視する状況まで気持ちを立て直したときに言われた言葉だ。
 腹が立つやら情けないやらで、涙がにじんだ。悔し涙だ。
「だから、肉体の話ではない、精神的な意味だ」
 リキは表情を変えず当たり前のような顔でいう。
「要するに、妻を残して死ぬのが心配だというのだろう、病気で死ぬといっても肉体が無くなるだけだ。そのまま留まって守ればいい」
「どうやって?」
「そこは自分で考えろ、何とかなるだろ、本気で守り抜きたいなら」
「何を言っている、死んだ後に何ができる?」
「なるほど、そこからか」
 そういうと、リキは確かにため息をついた。
 今更カッとしても始まらない。いつものことだ、時間もない。リキは昔から少し変わっていた。
「この国に神社仏閣はどれほどの数があると思う?」
 そんなことは知らなかった。リキは答えを待たずに続けた。
「十八万だ、ちなみにコンビニは五万店舗だ。コンビニの三倍強ある」
 何の話が始まったんだと思っていると、いきなり結論になった。
「古代神を別にすれば、元はみんな人間だろう。別に神や仏になって、見ず知らずの人々を守れといっているわけではない。惚れた女の一人ぐらい守れるだろう。死ぬぐらいで諦めるな」
 はい?と思うばかりだった。リキの話は突飛過ぎた。幽霊になれということか?だいたい幽霊は恨みを残して死んだ奴の怨念なのではないか、何かを守る幽霊など聞いたことはない。いや、神の方か?真面目に考えるのも馬鹿馬鹿しかった。
「じゃあ医学の話しだ」
 リキは話を変えた。この辺は長い付き合いだ、私が呆れているのはすぐに伝わる。
「医者に余命を宣告された。なぜ医者にお前の余命が分かると思う?」
「専門家だからだろう」
「もっと具体的に考えてみろ、なぜ専門家は人の余命が分かるのだ?神様でもないのに」
「沢山症例を見てきているからだろう、この症状なら平均的に誤差も含めてあとどれくらいでみんな死んでいくという話だ」
「そうだ、普通はみんな死んでいくという話だ。普通でない奴の寿命は分らない。普通でない奴がどうなるかは症例が少ないので、統計的データが足りない。判断できないということだ」
「だから何だ」
「普通なら死ぬということだ。普通でないなら可能性がある」
「どんな可能性だ?」
「お前の望みが叶うということだろう、その話をしている」
「死なずに済むということか?」
「それは普通の望みだ、普通に可能性はない。残念だが、統計は伊達ではない」

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