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#24 こんなことがあった(ワゴンサービス)

東海道新幹線の車内販売のワゴンサービスが2023年10月31日で終了した。
開業当初から60年も続いていたサービスだったが、人手不足を主な理由として継続が難しくなったらしい。

新幹線は、在来線とは異なって電車の中ではやはり別格、王様に近い存在だと思う。新幹線の運転手になる試験は一度しか受験できないというようなことをJRに父親が勤めていたという知人から聞いたことがあるが、それは本当なのだろうか。たとえ本当でなかったとしても、電車の運転手の中でも新幹線の運転ができる人はやはり特別、新幹線が王様としたら運転手は近衛兵みたいなものなのだろうと勝手に思っている。

ワゴンサービスを利用するようになったのは大人になってからだ。転勤族なので新幹線を利用すること自体は平均的な子どもや家庭としてはやや多い方だったと思う。ただし、新幹線にはただ乗っているだけで、当時はまだあった食堂車やワゴンサービスの利用については、利用したいと思うことさえなかった。コンビニがここそこにある時代ではなかったので、大阪から福岡を行き来する時などはどうしていたのだろうかと不思議に思う。

大学で東京に出て行った時も、わざわざ息子である弟を差し置いて東京に出してもらっているという親に対する罪悪感が多少はあったので、帰省時に新幹線を使うことははばかられた(もっとも鉄道が好きなので好んで青春18切符で東京から大阪まで帰省していた面もある。この話はまた別の機会にまとめたいと思う。)ので、その車内でワゴンサービスを利用するような贅沢はやってはいけないと何故か思っていた。

それが変わってきたのは大学院以降、あるいは仕事を得て定期的に収入を得るようになってからだろうか。出張先の用事を終え、東京駅から新幹線(たいていの場合は自由席)に乗り、ワゴンサービスを待つ。のぞみの自由席は1-3号車なので名古屋や新大阪で下車するまでにワゴンサービスが来てくれるか少し心配になりながら、しかし、あからさまにワゴンサービスを待ち構えている感じだと恥ずかしいので、仕事資料を読んだり読書をしたりしつつ、何でもないですよという態度で待つ。

時々読書などに集中しすぎてワゴンサービスを止めるタイミングを逃してしまうこともある。そんな時は折り返して戻って来てくれるのを待つ。その時はタイミングを逃さないように、本を閉じて膝の上に置いて待つ。

私は冷たいものはあまり食べないので、話題の「シンカンセンスゴイカタイアイス」を頼むことはまずなかった。

私が頼むのはホットコーヒー。一時期はクッキーがついてくるセットも販売していた時があったと思う。そのセットがある時はセットを頼んだ。代金を支払い、ポットからコーヒーを注いだカップに蓋をしてもらって、砂糖だけもらって、おしまい。

猫舌なのでしばらく冷めるのをまって、ちびりちびりとコーヒーを飲む。中断した本を開いて読み進める。時々コーヒーを飲む。それを繰り返しているうちに飲み干してしまったコーヒーのゴミは乗り降り口付近のゴミ箱に捨てることもあれば、そのまま新幹線を降り、降りた後のホームで捨てることもあった。

ワゴンサービスのコーヒーが特段美味しいかどうかはわからなかったが、自分のお金で自分が買いたいと思った時にワゴンサービスでものを買うことができる喜びが加算されるので、何だかとても嬉しかった。

電車での移動に耐えることができる年齢になった子どもを連れて出かけるようになってからは、新幹線のワゴンサービスを楽しみにしている子どもを眺めるのが楽しかった。

母に言わせると、私は子どもに甘すぎるのだそうだ。ワゴンサービスの件でもそう言われたことがある。それでも、新幹線に乗った時からワゴンサービスを楽しみにして、「いつ来てくれるかな」「何が売っているかな」などと全身でわくわく感を出している子どもにちょっとしたものを選ばせる機会を与えることは親としてこの上もなく幸せな時間だった。

なお、「シンカンセンスゴイカタイアイス」やポテトチップスを買って、車窓を眺めたりタブレットを眺めたりしつつ楽しんでいた子どもは、今回のワゴンサービス廃止を知って残念だと言っていた。じわじわっとワゴンが通路をやってくる感じ、知っているものと知らないものがまざっている商品ラインナップ、タイミングよくワゴンを止めてもらい、即座に欲しいものを決めて注文するドキドキ感は、他では味わえないのだそうだ。子どもの毎日はいろいろなことがあるので記憶は更新され続けてしまうと思うものの、廃止される前に東海道新幹線でワゴンサービスを楽しめた記憶はこれから長い間持ち続けて欲しいと願っている。

思えば、新幹線から食堂車が消え(1992)、寝台列車が一部観光列車を除いて消え(2015)、JRの新幹線以外の特急、たとえば「特急ひだ」から車内販売が消え(多分2013)、私鉄も、たとえば近畿鉄道の特急内でのワゴンサービス販売が終了する(名阪鉄道は2020)など、観光列車ではない列車において、移動を主な目的としながらも付加的な楽しみとしての食堂車や車内販売は姿を消している。その分、コンビニや自販機で飲食物は入手しやすくなってはいるし、人手不足はどの業界でも問題になっているので仕方がないと言うしかないが、それでもただただ寂しい。

なお、鉄道で移動することが好きなのでトワイライトエクスプレスなどの食堂車を利用したことはあるが、新幹線の食堂車は利用する機会を得ない間になくなってしまったことが返す返すも残念であった。

新幹線の食堂車に関する記憶は、大学サークルの先輩に「地方の素封家の跡取り息子」の典型的な人(お坊ちゃん)が居た。サークルイベントで新幹線(のぞみが出る前なのでひかりだったと思う)を利用した時、混雑している自由席車輛からその先輩の姿が消えたのでどこに行ったのだろうと思っていたら、東京駅で合流した際に「混雑していたので食堂車で飲食を楽しみつつ座席を確保した」と言っていて、ああ、私はイベント参加の費用を確保するだけでもいっぱいいっぱいで余裕があまりないし、食堂車を利用してはどうかという考えさえ思い浮かばなかったけれど、実家が資産家っぽいと大学生でもそういう贅沢みたいなことを躊躇なく実行できるんだ、と強い印象を受けたことを覚えている。

また、新幹線のワゴンサービスは、大学1・2年の頃お世話になっていた下宿(賄い付きの女子寮)で一緒だった専門学校の学生さんがそのアルバイトをしていて、稀に食堂で顔を合わせた時に、今日はお客さんが多くて大変だったといったお話を問わず語りに聞いたことがある。乗務員とワゴンサービス担当者、乗客とワゴンサービス担当者の関係について尋ねたところ、「乗務員だから偉そうとか、お客さんだから横柄だとかそういうのは決まって無くて、親切で良い人もいれば悪い人もいるって感じ。」ということだった。当たり前かもしれないが、確かにどの立場であっても良い人も悪い人もいるよな、と思った。

そんなことを、東海道新幹線におけるワゴンサービス廃止の報道や書き込みをみて思い出した。