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各種美濃囲い系のあれこれ

 とーる君によるゆるい将棋講座、振り飛車の世界観を、第1回第2回と視聴した。
 第1回は、飛車をどこに振るかによる、主に盤面の左側を扱っている。
 第2回は、盤面の右側、囲いに関して扱っている。前半で美濃囲いとその変化系、後半でその他の囲いとなっている。
 この記事は、特にその第2回前半、美濃囲いに関してあれこれ思ったことを書いたものである。
 記事の内容は、同動画に触発され、また敬意を払うものではあるが、完全に独立しており、同動画を見なくても理解できる内容にしたつもりである。
 また、特に注意のない場合、基本的にこの記事は対抗形の振り飛車からの目線で話したものである。
 約21000字。


◯美濃囲いとは

美濃囲いとは① 基本図。5八金左が入ってるものは特に本美濃と呼ぶとか。
なお、図中に「先手番です」とあるが手動切り替えを忘れているので無視すると小吉。

 美濃囲いとは、対抗形の将棋において、振り飛車を選ぶひとが多く採用する、代表的な囲いである。将棋全体を代表する囲いの1つ、と言ってもいいかもしれない。相振り飛車でも採用されるが、この記事ではあまり多くは触れない。
 囲いにかける手数が少なく、その割に金銀の連結がよく、固い囲いとされる。振り飛車党の御大はその著書「四間飛車上達法」において、「振り飛車戦法とは美濃囲い戦法と呼んでもいいくらいに思っている」と発言している。それくらい振り飛車と相性のいい囲いである。
 
 昨今では、居飛車側が穴熊やミレニアムといった、美濃囲い以上の固さを誇る囲いを採用することが多く、相対的に固さ・遠さ負けをすることもあるが、振り飛車といえばやはり、この美濃囲いが基本となっているように思う。

◯前提としての「攻める」ということ

 美濃囲いについてあれこれ言う前に、将棋というゲームの前提について話す。
 将棋は、相手の玉を先に詰ませたほうが勝つゲームである。そのとき、自玉が詰んでさえいなければ、どんな状況であっても構わない(王手がかかっている場合それを解除しないといけないので、理屈上自玉が詰んでいるはずがないが)。囲いに一切手がついてなかろうと、詰めろや必死がかかっていようと。
 ということは、相手玉に詰みがあるときは詰ませることが最善であることは言うまでもないし、自玉に詰めろがかかる前に相手玉に詰めろをかけることができるならそちらのほうが優先度が高い。
 どんな場面でも言えることではないが、基本的に攻めを優先する発想を心得ておきたい。

 では「攻める」とはどういうことを言うのだろうか。

 将棋は、ゲーム全体の流れとして、序盤・中盤・終盤に分けられる。
 序盤は、主に駒組み・作戦の明示。
 中盤は、駒組の完了から仕掛けの準備・開始、そして相手陣侵入。
 終盤は、相手陣侵入後からの寄せ・詰み。

 だいたい上記にわかれる。個人によって定義が違うので、異論のあるところかもしれないが、大きくは違わないと思う。
 そして、それぞれの段階で、「攻める」の意味が違う。
 それを以下見ていくが、説明の都合上、終盤から序盤に向けて、一局を遡る形で見ていく。

・終盤の「攻める」

 順番が前後するが、終盤における「攻める」から説明する。
 「攻める」と聞いて一番理解、納得の容易そうなのが終盤のそれだからである。

 終盤における「攻める」とは、究極は相手玉を詰ませることであり、あるいは受けなしに追い込むことである。もう少し広い範囲でいえば、相手玉を危険な状態にもっていくことである。

前提① 多くのひとがまず学ぶであろう代表的な詰み。いわゆる頭金である。

 前提①は、典型的な詰みの図である。相手玉は金を取ると歩で取り返されるので取れず、それ以外の逃げ道はすべて金が塞いでいる。相手は他の駒が5二地点に利いておらず、この状況を解除できない。
 この状況は、歩が金を支えているから成り立っている。歩が拠点となり、金でトドメを刺している。金は、持ち駒を打ってもいいし、4三・6三地点から上がってもいい。

 つまり、詰ませるためには、拠点があり、相手玉を動けなくするのに十分な、相手玉に働きかける駒を、盤上か持ち駒に用意しており、かつその駒が相手に取り除かれない必要がある。

 終盤における「攻める」とは、これらの状況を作ること、つまり、

・相手の守備駒を無力化する
・相手玉へ直接的に駒を近づけ、働きかける
・特に、相手玉の可動範囲を狭める

ことである。この段階においては、持ち駒を増やすことではなく、持ち駒を使うことが「攻める」ことなのである。もちろん、その持ち駒が足りない場合は補充する必要があるが、それは終盤においては直接「攻める」を意味してはいない。

・終盤の「攻める」補足

 少し補足する。

前提② 前図を少し改変。

 前提②は、前提①の一手前で、相手の守備駒として7二に金がいるが、この金は既に無力化されている。
 前提①の頭金が詰みの状態であり、目標である。なので、この局面では▲5二金あるいは▲5二歩成りが正解となる。ただで取れるからと金を取りにいく▲7二金は、この局面においては間違った手となる。駒を取る手は、この段階では「攻める」手ではない。

前提③ 即座に頭金が不可能な局面。

 前提②からさらに局面を変えてみる。
 上では玉に駒を寄せる手が正解といったが、ここで下手に▲5二金と追えば、相手玉は1筋方面にスルスルと逃げていき、捕まえることができない。
 相手玉を今ある自分の駒で捉えることができない場合、駒を補充する必要がある。なのでこの局面では、▲7二金と補充することが正解となる。次に相手玉がどう逃げようとしても、4三の銀を拠点に頭金が可能である。

 相手玉を詰ませるのに十分な駒があれば相手玉に迫る。これが終盤の「攻める」である。足りなければ駒の獲得を目指す。これは必要な手ではあるが、直接的に終盤の「攻める」ではないのである。

・中盤の「攻める」

 続いて中盤での「攻める」を見てみる。
 中盤は、駒組が終わってから、あるいは駒組みの最中に相手陣に仕掛けることから始まる。それによって、上で見た終盤で必要なことを満たすパーツを集めることが「攻める」ことになる。
 具体的には、相手陣に自分の拠点を作る、持ち駒を増やす、などである。
 この記事では、持ち駒を増やす点について見ていく。

 想像してみてほしい。前提③の局面で、▲7二金と金を補充する手が正解であったが、ここでもし持ち駒にすでに金があればどうだろうか。金を補充する必要はなく、4二に打ち込めばそれでいい。▲7二金と取る一手を省ける。
 終盤で相手玉をより攻めやすくするためには、中盤で必要な駒を揃えることが望ましいのである。
 ただし、局面が一手毎に変わってしまうため、将来終盤で必要な駒を予測することは難しいし、それらを揃えることはもっと難しい。なので、できれば価値の高い駒を、そしてできれば多くの駒を集めるのである。終盤で相手玉に迫る手段を増やすために。

 中盤では、この持ち駒を増やす、というのが「攻める」ことだと言えるのである。

 自分から相手に仕掛けた場合、それによって相手陣を突破できれば、それが拠点になる。かつ、その過程で相手の駒を取ることができれば、持ち駒も増える。これは「攻める」といえる。
 では逆に相手から仕掛けられたときはどうか。
 相手陣に拠点を作ることは基本的にできないが、相手からの仕掛けの過程で自分の持ち駒が増えることはよくある。

 ここで、相居飛車と対抗形での違いが少しある。
 その違いを以下で見る。

・中盤の「攻める」相居飛車編

 まず相居飛車を見てみる。

前提④ 矢倉模様から棒銀に出て、銀交換を行った仮定の局面。

 基本的に仕掛ける場合、飛を主軸にする。相居飛車では、盤面の右側の銀を前進させて相手陣を攻めるわけだが、ここでは、駒の損得なく相手の銀と交換できた場面を想定する。前提④である。
 自分から見れば、攻めの銀を持ち駒にした状況である。この銀は盤上のどこにでも自由に使える。相手の右銀が6二地点にとどまっていることと対比すれば、これは「攻める」に成功したといえる。
 また相手から見れば、左の銀を手持ちにしたことになり、この銀はもともと守備駒である。相手玉は、その安全度が落ちている。持ち駒が増えた点はプラスだが、自玉の安全度が落ちたことはマイナスである。このマイナスは、先に述べた「相手の守備駒を無力化」することを満たしてしまうことでもある。
 これが相居飛車の事情である。
 相振り飛車も縦の戦いであり、似たようなものなので割愛する。

・中盤の「攻める」対抗形編

 次に対抗形を見る。

前提⑤ 最近の右銀急戦は△7三桂~△8四飛が入っている形のほうが主流だろうか。
なお、手数としては居飛車が先手だが、都合上反転している。

 前提⑤は、5三の銀の進出を狙って△7五歩と仕掛けてきたところ。
 四間飛車は常に▲6五歩が切り札であり、そのタイミングが腕の見せどころなのだが、この一連のやりとりで反発する変化を見る。

 ▲7五同歩 △6四銀 ▲6五歩 △7七角成 ▲同銀 △7五銀
 ▲6六銀 △同銀 ▲同飛 △8六歩 ▲7六飛 △7三歩
 ▲8六飛 △同飛 ▲同歩(前提⑥)

前提⑥ 角道を止める四間飛車に対し、右銀急戦から飛角銀が総交換になった図。
実戦では多分出てこない変化。最終手は▲8六同歩で、手番は後手。

 攻め駒が総交換になった図が前提⑥。相居飛車の前提④よりも過激に多くの駒が交換になっている。
 このとき、仕掛けた居飛車はもちろん、振り飛車も持ち駒が増えている。これは上記「攻める」の、持ち駒を増やすという条件を満たしている。そして相居飛車と違い、自玉の囲いには手がついておらず、安全度は下がっていない。
 拠点については、持ち駒になった飛をおろせば、両者これを満たすことができる。

 仕掛けたのは居飛車であるが、拠点を作るためのパーツ、豊富な持ち駒を、両者が手に入れたことになる。駒の損得や盤上の駒の配置にも左右されるが、振り飛車にとっては居飛車に仕掛けられることが「攻める」につながった格好である。「捌く」の概念はこの辺りの話である。

 以上見てきたように、中盤において「攻める」とは持ち駒を増やすことであるとしたが、対抗形においては仕掛けられても「攻める」が成立するということを示せたと思う。

・序盤の「攻める」

 最後に、序盤における「攻める」を見ていく。のだが、序盤において「攻める」は存在しない。対局開始から駒がぶつかるまでを序盤と呼ぶのだが、歩交換や角交換くらいは行われることもあるが、本格的に戦いが始まることはなく、駒が大きくぶつかり合うこともなければ色んな駒を持ち駒にすることもできないので、理屈上「攻める」ということが起こり得ない。
 ただ、その中であえて「攻める」ということであれば、攻め駒を理想的な位置に配置する、自玉を囲う、がそれに当たる。これらは直接「攻める」というよりは、その準備にあたる。
 攻め駒を理想的な位置に配置する、というのはそのままの意味なので理解できると思う。他方の自玉を囲うことが攻める準備とはどういうことか。

 中盤の「攻める」対抗形編で見た、居飛車が仕掛けたが、結果的には振り飛車も持ち駒を増やし、「攻める」に成功する形になった、そのような状況を作れるように準備する。
 これを一般に「攻める」とは言わないが、あえて言うのであれば、中盤の「攻める」を実現するために囲うことが「攻める」の準備になる。

前提⑦ 初期配置で飛と角は8八地点を睨む。

 相手が居飛車の場合、相手の飛、角は8八地点を睨んでいる。なので、相手が狙っている地点から玉を遠ざける。

 どこに? 右辺に。

 具体的には2八まで逃げておきたい。
 それとは逆に、自分の飛を左辺に持っていく。そうすることで、自玉が右辺にいくのに邪魔にならない。
 かつ、相手が狙っている地点に飛を持っていくことで、相手の駒と交換できる機会を狙う。

 右辺に玉をしっかりと囲い、無傷の状況を目指す。
 左辺はできれば、相手の対等な駒との交換を目指す。

 これが振り飛車の目指すところであり、序盤の「攻める」に相当する部分である。

・前提補足:固いということ

 ところで、固いということをなんとなしに既に使ってしまっていたが、それについて簡単に補足しておく。
 説明はほぼ省いてしまったが、終盤の「攻める」において、相手の守り駒を無力化することがその1つと述べた。
 固い囲い、あるいは囲いが固いとは、その逆、つまり相手の「攻める」に対して守り駒を無力化され難い状態のことを言う。
 無力化とは、盤上から排除される、盤上には残っているが玉の守りに役立っていない位置に追いやられることを指す。前者は「攻める」側の持ち駒になることである。後者は前提②における7二の金のような状態にある駒のことである。
 玉の守りは金銀3枚と言われることがある。それだけの駒で守っていれば玉を直接的に攻めることは難しいし、1枚、その金銀を剥がしてもまだ守り駒が残っている。
 玉を危険な状態にされにくいようにするように囲えた場合、それを固いという。この記事ではそのように扱う。

・前提まとめ

 以上見てきたように、「攻める」と一言にいっても、序盤・中盤・終盤のどのタイミングであるかによって同じことを意味するわけではないことを示せたと思う。
 序盤に「攻める」は存在せず、あえて言えば囲うことで駒の交換に備えることである。
 中盤での「攻める」は拠点を作ることと持ち駒を増やすことである(繰り返すが、この記事では拠点については触れていない)。
 終盤での「攻める」は拠点を起点に、相手の守備駒を無力化しつつ自分の駒を相手玉に近づけていくことである。

 将棋は、繰り返すが相手を詰ませたほうが勝ちのゲームである。闇雲に固い囲いを作った側の勝つゲームではない。
 終盤で一手でも早く相手玉を詰ませるために、中盤でできるだけ駒を多く集め、序盤でそれらを可能にするように自玉を固めておく。
 囲うとは、そういう前提に基づいた指し手なのである。

◯組み方

 ではこれより、美濃囲いのあれこれについて見ていく。
 まずは組み方からである。

 これは個人的な見解だが、組み方は大きく2つに別れると思っている。▲3八玉という符号があるかどうか、である。言い換えると、玉の移動より優先して▲3八銀を指すかどうかである。

組み方① ▲3八玉を先にするタイプ
組み方② ▲3八銀を先に上る。

 最終的に28玉型の美濃囲いにまでもっていけば、この玉移動より先に▲3八銀を入れるかどうかに差はない。形も手数も変わらない。
 と書けば、▲3八銀のタイミングでなにが違ってくるのかは自ずとわかると思うが、「玉がどの位置のときに戦いを起こすか・起こると想定するか」の違いになってくる。

組み方③ 藤井システムを意識した組み方。
端歩を突き合ってる形では厳しめだったように思う。

 組み方③に見るように、玉の移動を省いて、本来囲いである右側を相手への攻撃陣と見なす指し方がある。かつては穴熊や天守閣美濃に対して猛威をふるった作戦だ。しかし今日では、居飛車側に△5五角や右銀急戦などの対策があり、成立する条件がよりシビアになっている。なってはいるが、この攻め筋を見せて牽制する含みが、▲3八銀を先に指すことにはある。
 ここまで極端な組み方はそうそうないだろうが、▲3九玉まで囲い、▲2八玉を省略することでその一手差を活かす、などは考えられる。

 美濃囲いを採用する前提で話しているが、玉の移動を先にする場合、金無双や穴熊、振り飛車のミレニアムなど、他の囲いも選択肢に入ってくる。

組み方④ 穴熊に組む一例。対急戦では美濃囲い以上の固さで無理できるため強力。

 ▲3八銀を後回しにしているからこそ、相手に合わせて囲いを後出しにできるメリットがある。

 まとめると、▲3八銀を早く決めることは、右辺を攻撃陣と見なす可能性を秘め、玉移動を先にすることは、囲い選択の柔軟性をもつ。端歩の早い段階での打診も、その一環として見ることができる。

組み方⑤ 最終手は▲1六歩。

 組み方⑤は、振り飛車が端を打診したところ。
 少し前の居飛車穴熊は、組むのに手数がかかる都合でこの端歩を受けないことが多かった。居飛車がここで△3二玉なら、▲1五歩である。後に▲2五桂まで跳ねていけば、この端は攻めの拠点になる。
 ただし最近は、穴熊であっても端を受ける指し方も増えてきた。急戦を狙っている居飛車党なら、将来の端攻めの狙いもあるので、ここでは△1四歩と受けるのも自然な手になる。
 端歩の打診を早い段階で入れれば少し攻撃寄りに、囲ってからつくのなら最終盤での一手争いのために、というニュアンスの違いはあるが、結局ここは合流することが多いのであまり深く考えなくてもいいかもしれない。

 ただし、特殊な狙いがない限り、居飛車が先に△1四歩としてきた場合は、▲1六歩と応じるのが無難である。これは後述する。

 続いて、美濃囲い各種の事情を見ていく。
 まずは基本となる美濃囲いの説明を、一部穴熊と対比させる形で行う。
 続いてその発展型としての高美濃、銀冠の順となる。
 また最後に、左銀が囲いに参加する形についても少し触れる。

◯美濃囲いのあれこれ

・美濃囲いの基本

 まずは美濃囲いから見ていく。
 美濃囲いの図を、再掲する。

美濃囲い① 再掲基本図。
固さや強さはともかくとして、単純に美濃囲い系統は美しいと思う。

 一般に、2枚の金が低い位置におり、横からの攻めに強いとされる。また、穴熊のように金銀の配置が偏っておらず、これにより2つの強みがある。

 1つめは、駒がカバーしている範囲が広い点。
 2つめは、囲いの隙間を利用して、囲いを作っている駒を逃がせたり、あるいは持ち駒を足して補強することができる点。

 根本的にかかる手数が違う、という違いがあるのだが、ここではそれは無視して、上記2点を順に見る。

1)駒がカバーしている範囲

美濃囲い② 緑の◯が、金銀がカバーする範囲。
この範囲が広いほど、相手の攻める拠点を作りにくくしている。

 美濃囲い②に美濃囲いと穴熊の、金銀がカバーする範囲を示す。見ればわかるように、美濃囲いのほうが同じ枚数の金銀で広い範囲をカバーしている。
 ただしこれは、駒が密集していることにより得られる固さや遠さと一得一失の関係にある。

 古い格言に、「5筋にと金ができたらだいたい勝ち」という意味合いのものがあるが、これはこのと金が囲いの金銀に働きかけやすく、ほぼ交換可能であることを示す言葉であり、それだけ強力ということだ。
 このとき、美濃囲いであれば、と金を作らせない、作らせにくい、という側面をもつ。一方穴熊は、作られても自玉に即座に影響しない遠さという側面をもつ。どちらがいいかは、使い手の好みによる。

2)隙間を活用した耐久力向上

 これは美濃囲いに限らない話だが、相手の大駒が自陣の急所に利いている場合、それを遮断することがほぼほぼ必須である。頻出なのが、底歩や底香と言われる手筋。

美濃囲い③ 金底に歩や香を打つ手筋で、相当固い。
この固いというのは、無力化されるまでに手数がかかる、という意味である。

 美濃囲い③で、居飛車の狙いは当然△3九銀であり、これを打たれると美濃囲いはほぼ受けなしである。なので、そうなる前に受ける。その手段として、この底歩や底香は有力な手段である。 

 余談だが、美濃囲い③では5九に打てと示したが、場合によっては3九に打ってここの隙間を埋めるのも有力である。

 もう1つ、わたしが級位者の頃、当時教わっていた相手にされて驚いた手筋を紹介しておく。

美濃囲い④ ▲4八桂打ちという変わった受け方。
初遭遇した当時は頭が真っ白になった。

 居飛車は、これも美濃崩し頻出の△3六桂を狙っている。よく見る受けは、▲4六歩 △同角 ▲4七金 の変化。
 詳しい局面は覚えていないが、確かそれをされても冷静に角を引き、△3五桂から絡んでいけば勝てるようなことを想定していたように思う。
 4六地点に駒を打つのは、4筋の歩を伸ばすか打つかで十分。
 優勢を意識していた中で不意打ちのように美濃囲い④の桂打ちを食らった。
 これがどれくらい有効なのかは不明だが、こんな受け方があるのかと当時感動したし、今でも見かけると少し思い出して嬉しくなるので、この場で共有しておく。

 ここでは限られた例しか示さなかったが、美濃囲いの隙間に駒を足すことで囲いを補強する、こういう柔軟さというか粘り強さが、美濃囲いの固さの一側面である。
 ただしこの隙間は、美濃囲い③でも見られる通り、相手側も利用しようとしてくるため、一長一短ではある。

 以上ここまで見てきた2点、つまり、カバー範囲が広いことと、隙間を利用して補強可能なこと、この2点が常にプラスに働くわけではないが、上手く駆使できれば強く戦える。
 美濃囲いの固さは、不思議な表現だが、柔軟性のある固さなのである。

・美濃囲いは本当に横からの攻めに強いのか

 美濃囲いの固さの特性について述べてきたが、では実際どれくらい、横からの攻めに強いのだろうか。

 相手が船囲いからの急戦を仕掛けて、左辺がすべて捌けたと仮定した局面である前提⑥を再掲する。

美濃囲い④ 上の前提⑥を再掲する。

 美濃囲い④から居飛車が攻めるとしたら、有力手順は△6九飛~△7六角で、次に△5八角成りや、それを避けて▲4八金寄なら△4九角成り ▲同金 △4八金(あるいは▲同銀 △5八金) などである。
 居飛車が飛をおろしたからこちらも▲8二飛〜▲5三銀とおろし攻め合いを目指すのは、結果だけ言えば実は上手くいかない。
 この一連には両者の受けや攻めやその切り替えが非常に高いレベルで絡んでくるので、詳しくは先述の上達法を読んでいただきたいが、ここでの本題はその攻防の詳細ではない。

 5八金型の本美濃であれば、横からの攻めに強い、とは一般的に言われる。しかし、居飛車の持ち駒が豊富だと、囲いの要である4九の金に働きかける手段が多い。クリップ(金が斜め下で銀が斜め上にいるあの連結の形を指す言葉である。あらきっぺ氏の書籍より)は、クリップの形が最善なのであって、この形を崩されるようではその固さを維持できない。

 美濃囲いは固い囲いではあるが、攻める側に十分な駒があるともたない。

 もっとも、上で示した局面や変化はかなり極端なものである。変化中5筋の歩を切ることで底歩が可能になる、あるいは香をむしり取り▲5九香と打つなどすれば、先述の通り、横からの攻めには無類の強さを誇る。

 極端な例である上の図でいえば、▲5九銀が固さを維持する手になる。しかしこの手は、攻撃手段を減らす手でもある。前提の項目で触れたことだが、中盤から終盤においては「攻める」ことを優先するべきであり、持ち駒を自陣に投入することは「攻める」とは反対の手段であり、逆行している。
 自ら「攻める」手段を放棄すると、相手は安心してこちらに「攻める」ことに専念できる。
 美濃囲いは固いといっても、相手が一方的に攻めてくるような状況でいつまでも耐え続けることはさすがに難しい。
 もちろん、局面によってはそれが即ち悪いこととは限らないのではあるが、基本的には持ち駒を相手陣への「攻める」に使いたいものである。

・美濃囲いの端歩について

 端について簡単に触れる。

美濃囲い⑤ △3九銀 ▲1八玉 △1七香 ▲同玉 △2八銀打 ▲1八玉
△1九銀成 ▲1七玉 △2八銀不成 ▲同玉 △1八金 までの詰めろ。

 組み方の項目の最後で、居飛車が△1四歩としてきたら▲1六歩と応じるほうが無難、と述べた。それについて軽く説明する。
 美濃囲い⑤では、4九にいた金が無力化され、△3九銀以下の詰めろがかかっている。このとき相手の持ち駒は、金1枚、銀2枚、香1枚、である。この持ち駒は一例だが、これくらいの枚数を用意しないと即詰みに打ち取れない。
 図は用意しないが、これがもし「△1五歩 ▲1七歩」の関係であったらどうだろうか。△3九銀 ▲1八玉 △2八金 で即詰みである。金と銀が1枚ずつで足りている。相手に請求する、詰みまでに必要な駒の条件が全然違っているのがわかると思う。

 端歩をつくよりも優先すべき手がある場合は、もちろんある。ただし、そういう特別な狙いがないのなら、端歩を突いていることで、詰ませるために相手により厳しい条件を要求できるのである。
 序盤や中盤で終盤まで見通すことはできない。なので、備える意味で端歩はついておくほうが無難なのである。

・美濃囲いまとめ

 基本的には、一般に言われるように、横からの攻めにはやはり強い。その強さは、金銀が広い範囲をカバーしていることで居飛車側に拠点を作ることを制限させている点、美濃囲いの隙間に駒を足すことで補強を行い、より固くできる点にある。
 小びん攻めに弱いとされるが、これも持ち駒にもよるが、手筋を駆使すれば案外簡単には落ちない。
 端攻めと玉頭戦は、この項目では扱わなかった。端攻めに関しては少しだけ後述する。玉頭戦は、その、ごめんなさい。

◯高美濃のあれこれ

 美濃囲いから、▲4六歩〜▲3六歩〜▲4七金と進んだ形が、一般に高美濃と呼ばれる。角と桂を使った小びん攻めに対しては強くなっている。また横からの攻めに対しても、金2枚が要所を抑えておりそれなりに耐久力がある。
 この項目では、主に桂について述べる。

高美濃① 美濃囲いから▲4六歩~▲3六歩~▲4七金の局面。

・組み方

 桂について述べる前に、少し▲3六歩について述べる。
 ▲3七桂と跳ねるためには必要な歩突きだが、それと別の話である。
 組み方というほどでもないのだが、▲4七金を指すためだけなら、▲3六歩は不要に見える。そして実際にそう指す場合もある。が、一般的には▲3六歩も指したほうがいい場合が多い。
 前提⑦を用いた説明で、左に交換したい駒をもっていくことを述べた。それに関してもう少し言葉を足すなら、左辺は駒が取られていくことが半ば暗黙の了解となる。そうすると、居飛車は桂や香を手にすることになる。
 そのときに△3五桂~△2四香のような攻め筋が発生する。

高美濃② △3五桂から玉頭に集中攻撃する狙いがある。

 4七の金を狙う桂打ちとして△5五桂はあるが、これは金がかわした後に4七地点に駒を足す攻め以外の狙いがない。それに比べ、3五側に打たれると玉頭に攻めかかる手があり得る。同じ桂打ちではあるが、より厳しいのは△3五桂である。そのため、それを先受けする意味でも▲3六歩は指しておきたいのである。
 もちろん同様に▲5六歩も余裕があれば指したいが、こちらは例えば△6六角のラインが急所に利いてくるので一長一短である。

・端攻めに関する話

 左辺で桂香を拾われることが半ば当然であるかのように書いたが、その延長で端攻めに関しても少し触れる。これは一部美濃囲いとも共通の話題である。
 端を突き合っている場合は△1五歩から、端を突き越されている場合は△1六歩から、居飛車側の端攻めがくる。

高美濃③ 居飛車が△1五歩 ▲同歩 △1七歩 と垂らしてきた局面。
▲同香には△2五桂や△1六歩~△2四桂、▲同桂には△1六歩。

 1六地点が争点になる場合は△2五桂(これは居飛車の左桂が跳ねた場合も共通)で香を剥がされることになる。これじたいも囲いが弱体化するのだが、これを▲同玉でも▲同桂でも、取り返した手がまた次の攻めを呼び込むおそれがある。
 1五地点が争点なら多少は緩和されるが、それでもキャプチャに示したような順で囲いを弱体化される。
 この端攻めは、自玉の囲いの主力である金銀の範囲外での攻防である。そのため美濃囲いや高美濃では常に弱点になりえる。
 よくある手段としては、△1五歩を無視して△1六歩まで取り込ませて▲1八歩で耐えるものである。
 この端攻めも突き詰めると非常に難しいので、この辺りに止めておく。

・高美濃の防御面の話

 美濃囲いは横からの攻めに強かった。が、居飛車に十分な駒があると、要の4九の金を狙う筋、△6九飛~△7六角などで困ることもあった。
 その事情は高美濃でも同様どころか、より悪化している。4九の金がむき出しになっているからだ。
 これも美濃囲いと同様に底歩や底香で補強することは可能であるし、隙間を利用して▲3九金と逃げてから4九地点に駒を足すなども可能なのだが、5八の金が4七に上がっているせいで、横からの攻めに対してだけを見れば弱くなっていると言える。あくまで美濃囲いと比べると弱くなっているという話であって、高美濃を横から攻めれば簡単に崩せる、という話ではない。
 一方で、先述のとおり角と桂で小びんを狙う攻め筋には強くなっているし、▲3六歩について述べたとおり、2七地点を狙う順も、相手の駒を設置できるマス目を限定しているという点で強くなっている。

 高美濃は、美濃囲いの発展型ではあるが純粋な上位互換の囲いではない。特性は違ってしまっている。どこが強くなってどこが弱くなっているのか、相手のどういう攻めを制限してどういう攻めには弱くなっているのか。組み替える際には、そういった違いを知った上で行いたい。

・高美濃に囲う目的

 高美濃に囲う目的は、2つ、副次的なものを含めると3つある。▲3七桂と、右桂を跳ねるため、銀冠に進展するため、そして副次的なものとして、飛の可動域を広げるため、である。前項でも触れたが、単純に防御力を上げるためでは決してない。
 それ以外の主な理由としては、有効な手がないために損のない手待ちとして組み替える、というものもあるが、ここでは扱わない。

1)▲3七桂と跳ねるため

高美濃④ 組み方③の再掲。右桂を攻撃用の駒と見ている。

 高美濃④は、上の組み方③を再掲したものだ。
 ここで振り飛車に手番があれば▲4五桂と跳ねて角銀の両取りを狙える。あるいは歩が持ち駒にあれば、▲1五歩~▲1三歩~▲2五桂のような順もある。
 ▲3七桂は、そういった攻撃を秘めた手である。
 この藤井システム調の組み方であれば、玉は1~3筋から遠くここが戦場になってもあまり影響はない。
 しかし美濃囲いから桂を跳ねるとどうだろうか

高美濃⑤ 対抗形で、この局面で居飛車が歩を持つことはまずないのだが、
説明の都合上、持っていることとする。

 高美濃④のように、高美濃⑤から▲3七桂と跳ねるとどうなるか。

 ▲3七桂 △3五歩 ▲同歩 △3六歩 ▲2五桂 △5一角(高美濃⑥)

高美濃⑥ 居飛車は桂跳ねに冷静に角を引く。次に△2四歩で桂を取られる。

 桂は頭が丸く、歩で攻められると逃げるしかない。
 このとき振り飛車も豊富な持ち駒があればこの桂を活かして攻めに転じることもできるかもしれないが、そのような状況にはあまりない。居飛車は次に、△2四歩で桂を取りきれば十分だ。この桂は攻めを見て跳ねたのではなく、駒損を避けるために跳ねさせられている。符号では同じ▲2五桂だが、意味が違うのである。

 桂を攻めに使いたい。しかし桂は頭を攻められると弱い。だからここを守る駒が必要になる。そのために▲4七金と守っておく。

高美濃⑦ 高美濃①から▲3七桂まで。これは「攻める」ための手である。

 高美濃に囲う意味は、まずこの▲3七桂と攻めの手を指すためである。
 この手はあくまで、「攻める」ための手であり、守りの意味はない。
 金で3六地点を守っているとはいえ、それでも △3六歩 ▲同金 と釣り上げられた形は連結が弱まり、あまりいい陣形ではない。囲いとして強くなっているとは言えない。
 また、1七地点に利く駒も減っている。端攻めにより弱くなっている。
 ▲3七桂は攻めの手あり、この桂は攻め駒であり、4七の金は守備駒であると同時にこの桂を補助する駒でもある。高美濃に組む目的の第一は、この点である。

2)銀冠に進展するため

 左辺で戦いが起こらず、さらに右辺に手をかける場合、美濃囲いの発展型として銀冠がある。

高美濃⑧ 高美濃①から▲2六歩~▲2七銀~▲3八金と進む。

 ここからさらに▲1八香~▲1九玉と穴熊に潜る変化もあるにはあるが、この記事では触れない。この銀冠が、一旦の最終形である。
 高美濃に組む第一の目的が攻め重視であったのに対して、こちらは守り重視の変化である。銀冠のあれこれについては、次の項目で述べる。
 銀冠は強く戦える囲いである。
 高美濃に組むことで、ここでまだ居飛車が仕掛けないなら銀冠に組み替えてしまうかも、と見せることで、居飛車の仕掛けを誘う意味もある。
 組み換えにおいては▲2七銀の瞬間に金が浮くので、その瞬間に仕掛けられると弱いというのは周知だと思う。それを緩和するために、▲2七銀の前に、▲4八金と上がる手を挟んでから組み替える順もある。

3)飛の可動域を広げるため

高美濃⑨ 美濃囲いでは左には動けたが右には動けなかった。

 5八の金がどくことによって、飛が自陣を大きく動けるようになった。
 これにより、例えば5筋の歩を伸ばしてそちらに争点を求める、などの選択肢が増える。大駒の可動域を増やすことは潜在的にいろんな攻め筋や受け筋が発生する。
 ただし、可動域を広げることは目的に数えたが、どちらかというと副次的なものである。飛を振り直すことを主眼にした指し方はやや特殊な部類である。

・高美濃まとめ

 高美濃は美濃囲いに比べ、横よりも上部に対して備えた囲いといえる。4七の金と3六の歩がそれを支えている。
 また、単に金が4七に上がって満足するものではなく、右桂を攻めに使う狙いであったり、次に述べる銀冠へのさらなる組み換えを狙うための囲いであるといえる。副次的な効果として、飛を広く使える。
 居飛車の仕掛けの有無を見極めた上で、なにを狙って組み替えるのかを意識すると、より強く戦えることと思う。

◯銀冠のあれこれ

 銀冠は、「ぎんかん」と読むのか「ぎんかんむり」と読むのか。銀冠穴熊までいけば「ぎんかんあなぐま」のような気はするのだが。
 わたし個人は「ぎんかん」と読んでいるが、文字として打つ場合は「ぎんかんむり」でないと変換してくれない。
 閑話休題。

銀冠① 高美濃⑧の再掲。固い囲いの代表格といってよい。

 先にも述べたが、銀冠は美濃囲いの発展型の最終形である。上部に厚く、横からの攻めにも耐久性が高い、優れた囲いである。
 組み方に関しては既出なので、ここでは他の点について述べる。

・上部からの攻めに対して

 角と桂を使った小びん攻めに関しては、高美濃と同様である。銀冠にはあまり通用しない。
 また、2七の銀の防御力のために、端攻めもあまり有効には成りにくい。これは美濃囲い・高美濃にはなかった特徴である。
 ただし、単純に遠い地点からの角に対しては△4五歩が嫌らしく効いてくる。このラインを使った攻めは、変わらず脅威のままである。

銀冠② 角と桂のあれはなくなったが、
角のラインを使った攻めじたいは相変わらず脅威。

 銀冠②で、仮に▲3七桂がすでに指されていてラインが緩和されていてもこの△4五歩は脅威であり、▲同歩 △4六歩 と絡まれると、後に4七地点に駒を打ち込んで崩しにかかる順がある。

 また△3五桂をからめた筋も、▲3六歩の符号のおかげで即座にはない。あくまで即座にはないだけであって、局面によっては起こり得る。それが銀冠③だ。

銀冠③ 居飛車が桂を入手して△3五歩とついたところ。

 居飛車が桂を入手していた場合、即座に△3五桂はないが、銀冠③のように突き捨てを入れてから控えて△2三桂と打つのが急所になる。桂は4三でも可能だが、端に加勢する含みもあるので、もし打てるなら2三のほうが勝る場面が多いと思う。
 この△3五歩を無視してもやはり△3六歩と取り込んでから△3五桂となる。

 上部に厚くなったことで、玉を直接攻める手は難しくなった。しかし、その厚みを作った金や銀を狙う手が、「攻める」手として脅威になってくる。

 ただし、これらの攻めには、それなりの持ち駒と手数が必要になってくる。
 ここでは囲いを崩す手筋について少ない例を上げたが、これらを実戦で使いこなすことは、実は難易度が高い。
 守り駒を狙う攻めは、その無力化を図った次にようやく「攻める」手を指せるのである。この手数がかかるという猶予、これが厚みの強みである。

・横からの攻めに対して

 美濃囲いから高美濃への組み換えは、横からの攻めに対しては弱くなると述べた。では銀冠までいけば、より弱くなっているのか、というと単純にそういうわけでもないのが、面白いところである。

銀冠④ △6七歩成を最終手と仮定した局面。

 銀冠④は、居飛車が飛を成り込んで△6七歩成とと金を作った仮定の局面である。銀冠④中の赤◯は高美濃のときに金がいる位置、さらに緑◯は美濃囲いでの金の位置である。
 美濃囲いであればこの△6七歩成は、▲同金と払うことができる。ただしその場合、囲いの金が離れてしまう。これは「守り駒が無力化」されたことになる。
 高美濃であれば、このと金が守り駒に当たってはいないが、次に△5八銀と絡んでくる手が痛い。また、△6九竜と寄ってから△5八と金と入ってくる手も厳しい狙いとなる。

 それらと比べると、銀冠は当たりが弱い側面がある。

 △5八銀には▲3七金と避けておいてなんでもない。
 △5八と金と寄る手も当たりになっていない。
 銀冠は横からの攻めに対して、美濃囲いのように固さで耐えているのではなく、事前に当たりを避け、遠さで手数を稼いでいるのである。
 銀冠は囲いに手がつくまでを美濃囲いや高美濃よりさらに手数がかかるようにしているのである。

 先に、終盤の「攻める」とは相手玉に駒を近づけることだと述べた。玉までに相手の守り駒がある場合、それらを無力化する必要がある(具体的な手段はこの記事ではあまり触れなかったが)。その無力化を、銀冠は事前に避けている。これは、銀冠の強みである。

・銀冠の桂事情

 銀冠の項目ではここまで、右桂を跳ねていない形だけを見てきた。
 この右桂を跳ねるか否かは、それぞれの使い手ごとに意見がある。

 振り飛車を愛用した大名人といえば大山さんだが、その大山さんは桂を跳ねる形の銀冠を嫌った、とはファンの間ではよく知られている。右の桂が跳ねると囲いが弱体化するからだ。

 3七の地点は、空いていれば上記の▲3七金と寄って固める変化もあるし、あるいは左の銀をここに呼んでくる指し方もある。これは後述する。
 さらには、下段飛車に対して2九の桂が壁になっている側面もある。

銀冠⑤ 下段に竜(飛でも同様)がいると、1七に駒を放り込む手筋がある。

 銀冠⑤は銀冠①とは違い、桂を跳ねている状態。ここでは直接△2九金と打つてもあるにはあるが、それよりも△1七香と放り込む順が厳しい。

 ▲同香には今度こそ△2九金で即詰みとなる。
 放置は△1九竜でやはり詰み。
 持ち駒があれば▲3九◯と打つことで一時的には耐えられるが△1九香成以下厳しい攻めが続く。
 ▲1七同玉には△1九竜と取り、1八に移動合いでも合駒打でも△1五歩が厳しい。

 というような手筋があり、右の桂を跳ねている場合、囲いとしては弱体化しているといえる。これらの変化を、2九に桂がいるままならかなり緩和できるのである。

 しかし、一般には高美濃の形で桂を跳ね、それから銀冠に組み替える順もよく見られると思う。これはどういうことか。

 簡単である。
 何度も言ってきたが、「攻める」ことを意識しているからである。

 高美濃の段で述べたが、右桂が3七に跳ねることは守りの手ではない。なんの考えもなく、知識として「高美濃はこうだよね」「銀冠はこうだよね」と桂を跳ねているのでもなければ、これらの囲いに美濃囲いから発展させているわけでもない。

 居飛車から今仕掛けられたら自玉はどれくらい安全か?
 相手は囲いに手をかけているようだが、単に美濃囲いから捌いただけでは無理そうだから、右桂も攻めに参加させたほうが良いのではないか?
 では右桂が攻めに参加するにあたって、どうすれば自陣の隙を小さくできるか?

 すべてのひとにいちいち聞いて回ったわけではないが、おそらく、有段者であればこの辺りを言語化しているかいないかは別として、考えて、比較して、あるいは経験から知って、美濃囲いから高美濃へ、そして銀冠へと発展させている。

 とりあえず形がこうだから、で指した将棋は、とりあえずの将棋にしかならないのである。

 形として広く知られている銀冠は、桂が跳ねているほうだと思う。ただ、その裏にはいろいろなやり取りがあるのだと知っていてくれたらと願うばかりである。

・銀冠の小部屋

 わたしは、これは知識として知っている止まりである。先の桂の事情の項目で触れたように、追い込まれて逃げることはあったが、自分から進んでここに行き、耐えたという経験は記憶にない。

銀冠⑥ 1七地点に玉が逃げ込む。さらに香も上がれば浮き駒がなくなる。
ここを銀冠の小部屋と呼ぶ。

 中段玉寄せ難し、という言葉がある。
 終盤では基本的に、一手を争うものである。前提の項目でも触れたが、相手玉を詰ませる局面においては、自玉が瀕死だろうと無傷だろうと関係ないのである。
 そのため、最後の追撃を躱す意味で、あえてこんな変わったところに玉が逃げ込むという手筋が存在する。らしい。「玉の早逃げ八手の得」に近いものだと思う。
 玉の位置が違えば、詰ませるための条件が変わり、必要な持ち駒も変わってくる。ここに逃げ込むことは、おそらくそういう意図なのだと思う。

 この小部屋は、銀冠でなければ成立しないのかは、わたしには不明である。が、単純に居飛車から△1五歩と来られることを思うと、2七に銀がいるかいないかは大きいので、おそらく銀冠独自の話だと思われる。

 この記事を書くきっかけとなった、冒頭で出したとーるくんの動画では、右桂をさらに跳ねた後の3七地点に玉が収納される形にも言及していた。あえて自分からその形になることは、個人的には推奨しないが、最終盤の逃げ道としては有力だ。

 いずれにせよ、銀冠の囲いとしては2八の地点が玉の定位置なのだが、局面の進行、相手の侵攻に合わせて玉の位置を細かく変えるテクニックは有力である。将棋は、詰むまでは自分でまだ指せるかを決められる。その詰むまでを伸ばす知識として、この小部屋は知っておくと良いかもしれない。

・銀冠まとめ

 銀冠は、美濃囲いの発展型としては最終形であり、囲いとしての性能はかなり高い。
 上部には手厚く、この記事では触れなかったが、陣形全体で相手玉を圧迫し「攻める」様相を呈している。横からは駒の当たりを事前に避けている。
 ただしこれらの特性を活かせるかどうかは、使い手の理解次第なのである。
 それは銀冠で桂を跳ねるかどうかも同様である。考えもなしに組み替えたり桂を跳ねたりしては、期待していた囲い性能は発揮されない場合がある。

◯左銀のあれこれ

 左の銀を美濃囲いに参加させる指し方がある。
 前提の項目で、左の駒は捌いて持ち駒にするのが狙いだ、と述べたが、左の銀は絶対に「攻める」に使う駒かというと、その限りではない。
 よく紹介される形について、少しだけ触れる。

・美濃囲い+腰掛け銀

 美濃囲いと腰掛け銀を組み合わせた形を見る。

左銀① 5六銀型。出やすい位置だが働かせるのは実は難しい。

 四間飛車の場合、左の銀は▲7八銀と上がる一手になる。その後展開によっては▲6九銀と引く手もあるにはあるが、一般的には▲6七銀と上がるほうが主流である。そしてそこから▲5六銀と出たのが左銀①である。

 この▲5六銀は、上がるのは比較的簡単である。居飛車が歩を5五まで伸ばす作戦は限られているため、この進出は基本的に止められることはない。
 しかし、ここに出た銀をどう活かすかが問題である。

 よくある変化は、相手が角道を開けるために指した△3四歩、その歩を狙って斜めに出ていく玉頭銀という指し方、あるいは▲4六歩~▲4七銀と囲いに参加させる指し方である。

 玉頭銀は、成立する状況が限定されている。
 将棋の「攻める」の基本は数の攻めであり、相手より、ある地点に利いている駒が多い状況で攻めるから成功する。が、玉頭銀は単騎での攻めになるので、これが成功する状況は限られるのだ。
 成功するには、出ていった銀に応援できる状況を作る必要がある。
 六段めに飛を浮かせて2筋に展開させる、左辺で各種駒交換を行い持ち駒を2筋方面に投入する、などである。

 もしこの左銀を攻めに使いたいのなら、個人的には6六銀型をすすめる。あるいは、前提で述べたように、相手の銀と交換することも「攻める」であると見なしそのように振る舞う。

左銀② 6六銀型。居飛車は△5四歩としていることが多いので、
ここから ▲5五歩 △同歩 ▲同銀 と棒銀のように仕掛ける。

 また、▲4七銀 と囲いに参加させることもできるが、それで囲いが強化されているかというと、わたし個人の意見としては微妙なところである。4六の歩を支えているのが銀の場合、角を主軸にこの地点を攻められたときに、金よりも対処に困る場面が多い。これはわたしの個人的な経験からくるもので、うまく指しこなせるひともいるとは思う。

左銀③ 4七銀型。駒が集まっているしクリップも2つある。
が、囲いとして強くなっているのかは個人的には微妙なところ。

 以上で、腰掛け銀に関してを終わる。
 繰り返すが、この位置は出やすいが、出た後にどう活かすかが難しい位置である。

・5八銀型の囲い

 左の銀を美濃囲いに参加させるものは、2種類ある。1つは前述の▲4七銀とする形で、もう1つが高美濃に組み替えてから▲5八銀と参加させる形である。
 4七銀型は上で見たように、囲いを強化できているか判断が難しい部分がある(あくまで個人的な見解である)。

 一方で、▲5八銀型は有力である。

左銀④ ▲5八銀型。ここに合流させる場合、▲6九銀を経由するのもあり。
ただし、角頭の守りなどの含みもあるため▲6七銀のほうが無難。

 こちらが有力であると言うのは、4九の金に紐をつけているからである。
 美濃囲いの要は4九の金であり、ここに二重にクリップを作るのは非常に心強いのである。
 また6筋の歩は捌きのために▲6五歩とつくことが多く、そのまま▲6四歩まで進める展開も割とある。つまり、6筋の歩が切れやすい。これにより将来的に▲6九歩という凶悪な符号が発生するのである。
 ここから銀冠に組み替える変化なども、井出さんの著書「四間飛車至上主義」で紹介されている。詳細は読んでもらうほうがいいのだが、このとき浮くように見える5八の銀の働きが、実にいいのである。

 5八銀型は、防御重視ではあるが有力な囲いである。

・5七に銀をもっていく

 上の項目の5八銀型から、▲5六歩~▲5七銀 とする順もあるにはあるが、この項目の主題はそれではない。

 ここまでこの記事では四間飛車と美濃囲いの組み合わせで見てきた。その場合左の銀は▲7八銀と上がるしかないが、三間飛車と組み合わせた場合、▲6八銀~▲5六歩~▲5七銀 というルートが存在する。ここではそれを扱う。

左銀⑤ 5七銀型。三間飛車ではときどき見る。
四間飛車でも、飛を振る前に上がる、上記の5八銀から上がる、などの趣向がある。

 銀が角頭を守ることを放棄して、囲いに参加する変化である。三間飛車であれば、角越しではあるが間接的に7六地点を守っているので、割と平気なことが多い。
 ここからの指針としては、主に真部流や四枚銀冠を目指す指し方がある。

左銀⑥ 4筋の位を取る真部流。対穴熊特化と思って良さそう。

 モックンこれに関して書籍を出しているのだが、(申し訳ないが)わたしは三間飛車を主力にしていないので、この書籍は購入していないし、この指し方もあまり知らない。三間飛車党なら読んで損はないと思う(読んでいないのにこう発言するのは無責任だが、読んだひとの意見では良書とのことである)。
 貧弱な知識であれこれ言うのは憚られるが、4筋の位を取れるかどうかがポイントだと思う。相手は穴熊を想定しているので、△4四歩の符号を出させない必要があり、そのやり取りのために桂跳ねを後回しにしているのだと思う。ここは本当に想像なので、間違っていたらすみません。
 組み切れれば穴熊相手にも有利に進められる作戦らしいが、組みきれるかが難しそうな印象である。

 別の指針として、4六銀型~四枚銀冠というものもある。

左銀⑦ 左銀⑤からさらに▲4六銀~▲3六歩~▲2六歩と進んだもの。
▲2六歩は指さずに▲3七銀と収納する場合もある。
左銀⑧ 左銀⑦からさらに駒組を進めたもの。
組む途中、居飛車から△4五歩と抑えられないようにしたい。

 左銀⑧は一旦の最終形。銀冠の桂事情のところで一言だけ触れたが、3七地点に銀を足すという固さ重視の指し方である。ここまで組めれば、通常の銀冠よりも相当固いし、ここからさらに▲2五歩~▲2六銀~▲3七桂 と上部をひたすら厚くする指し方もある。
 問題は、穴熊以上に手数がかかるため、はじめから狙ってこの形に組むことは非常に難しいこと。特に左銀が囲いに参加する都合上、三間飛車で多少7六地点を間接的に守れているとはいえ、居飛車の仕掛けに注意しながら組む必要がある。
 また、ここまでの手数の囲いを許す以上、居飛車側も四枚穴熊であることが想定される。その場合は一方的に固さで勝っているとは言い難い。左辺で対等の捌きをしたのでは不満な場合があるのだ。

 以上、ここまで左銀を囲いに参加させる形をいくつか見てきた。
 あまり上手くは言えなかったが、いずれも、「攻める」を意識したうえでの囲い選択であることが望ましく、この形を見たことがある、なんとなく固そう、で組み上げるものではない、ということは繰り返し主張しておきたい。

◯さいごに

 初心者におすすめの戦法はなにかと問われて、一定数は四間飛車をあげると聞いた。いわく、美濃囲いが優秀だ、とか、四間に振ることじたいは妨害されにくいからだ、とか。
 そこに異論はない。個人的に初心者にすすめるなら棒銀しかないと思っていることは別として、美濃囲いが優秀なのも、四間飛車が妨害されないことも事実である。
 しかし、その後はどうするのだろうか。四間に振って、美濃囲いを作って、その後は?
 よくわからないまま囲うだけ囲ってごちゃごちゃしてる間になんとなく勝った負けたを繰り返して初心者を脱した後は?

 囲うとはこういうことである。特に美濃囲いはこういうものである。ということを示したかった。単に囲えばそれでいい、と思っているひとになにか一石を投じることになっていれば幸いである。

 ここまで、説明を意図して省いたものもあれば、意図せず省くことになったものもある。それは違うのではという記述もあったように思う。それらは、そう思うひとがそれぞれに修正して自分の将棋に反映させるなり、このように記事にするなりで表していただければと思う。

 ここまで偉そうに、単純に囲うなよ、考えて指すようにしろよ、と述べてきたが、短い持ち時間の将棋だとこの辺りはどうしても流してしまう。所詮趣味なのでそれでいいといえばそれいいのだが、自戒も込めて、あるいは自分の中の将棋の一部を言語化するという意味を込めて、ここに記す次第である。

◯参考にしたもの

 参考にした書籍や、用語をお借りした書籍。
 いずれも非常に面白い内容である。
 わざわざこんな記事を読みに来るひとは、多分もう読んでるよなぁ、とは思うが念のため。

あらきっぺ(2020)現代将棋を読み解く7つの理論 マイナビ出版
井出隼平(2023)四間飛車至上主義 実戦で学ぶ考え方 マイナビ出版
藤井猛(2017)四間飛車上達法 浅川書房

 また、冒頭で紹介したが、この記事を書くきっかけとなったものとして、改めてとーるくんの動画。

 そのうち第3回もやってくれるよな????

 さらにまた、今回の記事の構成と校正にはくりそらさんに大いに助けて頂いた。なにかある度に頼ることが多いのだけど、いつもありがちゅっちゅっちゅ。

 内容のわりに文量だけはあるものを、ここまで読んでくれた方がた。ありががとうございました。

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