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文字で読む「第1回湘南電書鼎談」2011年5月13日(金)17時30分〜20時

3年前にリリースした電子書籍についての鼎談本をアップします。若干古い話題もありますが、今読んでも本質的な部分は変わっていないのではないかと思うので、もしよろしければご覧ください。
なお、さきほど、無料で全文読めるようにしました。お気軽にどうぞ。
もし楽しんでいただけたら「スキ」ボタンを押したり、投げ銭代わりに200円で購入したり、他所でご紹介したりしていただけたらうれしいです。

第1回湘南電書鼎談
2011年5月13日(金)17時30分〜20時
atどんぶりカフェBowls鎌倉本店

<はじめに>
 これは、USTREAMで配信された湘南電書鼎談の動画アーカイブをもとに構成された「文字で読む湘南電書鼎談」です。
 ところが、たいへん申し訳ないことに、第1回配信は録画できませんでした。そのため、今回は、参加者の記憶と当日同時進行でおこなわれたソーシャルストリームのログに基づいて構成した編集となっております。 

<登場人物>
今井孝治(印刷業)東京の印刷業者。おもに司会を担当。@sasanoha

勝田俊弘(印刷業)東京の印刷業者。最若手にして、電子書籍の実制作にも携わっている。@katta_to

古田アダム有(印刷業)鎌倉市在住の印刷業者。「本と出版の未来」を考えるためのメディア『マガジン航』に「震災の後に印刷屋が考えたこと」「印刷屋が三省堂書店オンデマンドを試してみた」などを寄稿。 @arith

古田靖(文筆業)横須賀市在住のフリーライター。著書に『アホウドリの糞でできた国 ナウル共和国物語』『「アイデア」が生まれる人脈。』など。電子書籍インディレーベル「カナカナ書房」を運営。@tekigi    

ソーシャル・ストリームで参加してくださった大勢の方々(文中では「SS」と表記し、要約して一部ツイートを収録させていただきました)

●3月11日の震災と印刷

「湘南電書鼎談」は電子書籍についての勉強会がきっかけで誕生しました。
 当初ぼくたちは3月11日夕方に集まるはずでしたが、その会合は実現しませんでした。あの地震が起きたからです。
 東京都内の印刷会社で働く今井孝治(以下「今井」)、勝田俊弘(以下「勝田」)、古田アダム有(以下「有」)はそれぞれの職場で対応に追われ、横須賀の自宅を出ようとしていたライター古田靖(以下「靖」)は停電で身動きがとれなくなりました。
 ケータイでの通話が規制され、メールすら届かない状況で、ぼくらはTwitterとFacebookで連絡を取り合い、この日の集まりを延期にしました。
 あれから2ヶ月。
 おもにFacebookでやり取りを続けました。そしてオープンなカタチで電子書籍の話をすることを決めます。
 5月13日金曜日夕方、鎌倉の鶴岡八幡宮近くにあるどんぶりカフェBowls鎌倉本店にぼくらは集まることができました。数カ月ぶりの乾杯から、配信は始まります。

<津波と液状化、そして火災が印刷を襲った>

今井 まず最初にどうしましょう。3・11でぼくら印刷業界が受けたダメージについて話しましょうか。有さん、いいですか。
有  印刷業界は震災でかなり深刻な影響を受けています。印刷は紙とインキがないとはじまらないのですが、今回その両方が被害を受けました。まず紙。東北地方の太平洋岸には製紙工場が集中しているんですよ。石巻にあった日本製紙の工場が被災した様子をネットで見たんですけど、壊滅的な状況に愕然としました。
靖  どうして製紙工場は東北に多いんですか。
勝田 水が大量につかえるからだと思います。紙をつくるには水がたくさん必要ですから。
有  生産された紙を置いておく倉庫も一箇所に集中してるんです。有明です。
靖  液状化したエリアだ。
有  そうなんですよ。枚葉印刷機でつかう紙って分かりますか? 断裁されたものなんですけど、コピー紙の包みの大きいのを想像してもらえばいいと思います。それがドミノ倒しのように崩れたんです。輪転機につかうロール状の紙を「巻き取り」というんですけど、これはひとつ1トン近くあります。この巻き取りは倉庫の天井まで山のように積んであったんです。これも崩れてしまいました。
靖  ゴロゴロっと転がる?
今井 いやいや、もっと大変。
勝田 家が倒れてくるみたいなものです。壁なんてカンタンに突き破っちゃいます。
今井  うん。
 (被災した製紙工場などの写真を見せる)
靖  うわ。
有  あの地震の直後、千葉で大きな火事がありましたよね。
今井 コスモ石油千葉製油所の火災ですね。
有  あの隣が日本のインキ業界に溶剤を提供する大手の製造工場だったんです。インキは顔料(色の素)、樹脂、溶剤などを主な原料としています。溶剤がないとインキになりません。その供給元が被災して、インキをつくることができなくなってしまいました。
靖  製紙、倉庫、インク溶剤、ぜんぶやられたんですね。印刷業界出身の監督がゴジラを撮ったら、こんな風に有明から上陸させて、東北部を縦断させるのかもしれない。
有  この震災はそれをやられたのとほとんど同じかもしれません。

(このあたりはこちらの記事にも詳しく書かれています。併せてお読みください。 マガジン航「震災の後に印刷屋が考えたこと」古田アダム有)

<輪転機は急に止まれない。ホットメルトはメルトできない>

靖  計画停電の影響もあったんですか?
有  大きかったですね。
今井 印刷機は急に止めるわけにはいかないんです。停電が実施されるかどうか分からなくても、計画に合わせて予定を調整しなくちゃいけなくなりました。
靖  印刷機を急に止めるとどうなるんですか?
勝田 輪転機はちょっとした家屋なみの大きさがありますよね。その端から端までローラがいくつもあって、毎時1万回転を超えるスピードでまわっているんです。これをいきなり止めたら、正直何が起きるか分かりません。
有  たぶん紙は途中で詰まってしまうし、リカバリにもどのくらいかかるか予想できない。
今井 ローラにはたぶん停止用のバッファがあるんですけど、ここもおそらく損傷を受けるでしょうね。
靖  やっぱり、印刷は工業なんだなあ。
有  それでも印刷所はまだいいんですよ。もっと悲惨なのは製本所。
靖  というと?
有  何でもいいので、手持ちの本を開いてみてください。ページとページの見開きの真ん中、これをノドといいますが、ここはたいてい糊で固定されてます。
 (カメラの前で、実際に開く)
   大きく開けない本は、上から見たほうが分かりやすいかもしれません。背の部分からノドのあたりをみると、白い固まりがあるでしょう。これ糊なんです。ホットメルトといいます。
靖  糊で固定してるんだ。
有  この糊は名前のとおり、ホットになるとメルトする。つまり温めると溶けるんです。製本作業のときには、2時間くらい温めて使用できるようにしています。
靖  2時間かけてようやくドロドロになって、つかえる状態になる。
有  ええ。だから計画停電で3時間送電が止まると、作業開始までにさらに2時間かかるので、合計5時間。実質一日の半分以上作業時間を奪われることになるんです。これが下手すると週に3日も4日もあったんですから、たまりません。
靖  スケジュールはガタガタだろうなあ。
有  そうなんです。
今井 ソーシャルストリームでこんなつぶやきが来てますよ。「ホットメルトはメルトダウンしないのでしょうか」
勝田 あー(笑)
有  いわないでおいたのに。
今井 でもいいたい気持ちは分かる。
靖  ぼくは出版の仕事してるんだけど、こういうことはぜんぜん知りませんでした。編集者さんと話してても、そんな話は出なかった。
有  いまはまだ在庫がありますからね。
靖  注文通りの紙がなくて、代替のものになったという話は聞いたかな。
有  現場ではそういうやり繰りがはじまってますよ。在庫がなくなるこれから、さらに影響が出てくると思います。
靖  そうなんですね。今井さんと3月末に話して、印刷が大変そうだと聞いて驚きました。だから「しばらくは電子書籍どころじゃないんだろうな」と思ってたんです。
有  たしかに。
靖  こっちからは何も言えなかった。そしたら、急に有さんが動き出したんですよ。
今井 でしたね。Facebookで「こんなときだからこそ、ぼくらは話をしなくちゃいけない」って書かれてました。
有  書きましたね(笑)でも、ホントにこんなときだからこそ未来のことを考えたいと思ったんです。電子書籍含めた未来を考えたかった。

●電子書籍のマネタイズ

<ウェブは無料の世界、電子書籍は?>

靖  じゃあ電子書籍の話をしましょう。ぼくはライターだから、本に関わるクリエイター側から見た意見になります。ぼくらのつくるコンテンツは書籍、雑誌、ムック、なんでもいいんだけど、最後はだいたいすべて「紙」に印刷されてきました。その途中で発生するお金をみんなで分ける仕組みが出来ていて、誰もがそこで商売をする。そしたらインターネットが登場して、「ウェブ」という新しいアウトプットの場所ができました。ぼくらとしてはただ出力先が変わるだけだから、新しい仕事の場になるのかと期待したんです。実際に発注もけっこうありました。でも、なぜかここがちっとも商売にならない。ウェブの原稿料はすごく安いんです。
有  そんなに安いですか。
靖  ものすごく安いといっていいと思います。というか、若手のウェブ関係のクリエイターのなかには「お金をもらったことがない」というひとも少なくない。
今井 ウェブは無料の世界ですもんね。
靖  若手のクリエイターにとってウェブは入りやすい世界だけど、生活の糧にしていくのはすごく難しい気がします。ぼくにとっての電子書籍は紙、ウェブに続く3つめのアウトプット先で、次こそはクリエイターにとっての仕事の場になって欲しいと思っています。それで、自分でインディーレーベル(カナカナ書房)をつくったんです。

SS ウェブのマネタイズの難しさは「材料」を使わないからかも。

有  あー。印刷は資材があるから当たり前のようにマネタイズしなくちゃいけない。
靖  ウェブは人件費がほとんどですもんね。本来ここは削れない部分のはずで、ムリに安くあげようとすれば、質の劣化を招くはずです。逆にいえば、それを許すならいくらでも安くできてしまう。でも、どんなジャンルでも人件費がいちばんお金かかると思うんです。
勝田 ですよね。

SS 紙の商業出版は儲けるのが目的だったけど、広義の“パブリッシング”では多数の人に伝達するのが目的になりそう。
SS 素人からすると出版のハードルが低くなった。一億総クリエイタ。

靖  あ、そうですね。ウェブはまさに「パブリッシュ=公にする」ための場になっていると思います。ここに置かれているコンテンツの多くが商売のものじゃなくって、広く知らせることが目的になっていて、無料が当然という感じ。だから、多くのひとが自由に参加できる代わりに、ぼくらのような商売的な書き手は参加しづらいのかもしれません。従来の感覚とは違うフリーミアムな仕組みをつくるか、広告で利益を出すか、お金持ちのクライアントさんがいるような案件を探すかしないと仕事にはならない。
今井 マネタイズが難しい。

<データにお金を払う文化>

靖  でもiPhoneの普及でこの状況は変わってきている気がするんです。
有  アプリですよね。
靖  そうそう。ウェブなのに、お金出しますよね。
有  たしかにけっこう買います。ひとつ数百円でも、まとまるとそれなりの金額になる。
勝田 高いアプリもありますよ。
有  iPhoneじゃないけど、MacのAppStoreでKeynoteを2300円で買いました。ぼくがいままで購入したなかでは、これが一番高額。
勝田  名刺をスキャンして管理するアプリが1600円でした。
靖  アプリの課金で、ぼくらは少しずつ「ウェブにお金を払う」ということに慣らされつつある気がするんですよ。
今井 なるほど。
靖  なんというか、教育されてるような感じ。もしかしたらパソコンじゃなく、スマートフォンやタブレット型の端末になっているところも課金のミソかもしれません。どっちも同じウェブ上のコンテンツなんだけど「こっちのウェブは抵抗なくお金払えるでしょ」みたいな。騙されてるわけじゃないんだけど、デスクトップから離れることで、なぜかウェブにお金を払えるようになってきている気がするんです。電子書籍を商売にするには、よい状況になっていると思います。
勝田 でもデータに高いおカネを払うのって、やっぱりそれなりの抵抗はありませんか。
有  そう思いますね。
靖  その辺を試してみたくて、ぼくは去年iPhone向けのブックアプリを出したんです。そしたら個人でも2ヶ月足らずで2000ダウンロードを越えられた。115円の本なんだけど、有料のコンテンツでもこれだけの読者が購入してくれる環境はあるんだと思いました。
今井 それは説得力ありますね。
靖  いまや紙の書籍は初版4000部とかですからね。
有  ええ。どんどん少なくなっていますね。
靖  ただ市場としてはまだ小さい。アプリは安くないと買ってもらえないし、iPhone、iPadを持ってるひともまだまだ少ない。でも「だからダメ」とは思ってないんです。例えば「ぷよぷよ」というゲームをつくった米光一成さん(現在は立命館大学教授)が去年はじめられた「電書部」みたいな工夫をする余地がある。電書部がやったイベント「電書フリマ」にぼくも参加させてもらったんですけど、1日で100冊以上売れました。やれることは、まだまだある。
有  電書(でんしょ)という言葉も、米光さんが提唱されたものですよね。
靖  電子書籍だと、なんだかカタいですからね。
今井 電書フリマで、ぼくは靖さんと初めてお会いしたんでした。
靖  そうでしたね。あのイベントは電書というデータをわざわざ対面で販売したんです。購入したいひとは渋谷まで出向いて、行列に並ばなくちゃいけない。そうして販売員のところにたどりついて注文すると、目の前から電書をメールで送ってくる(笑)すごいですよね。無意味というか、何かの表現行為みたいな空間。7月の猛暑のなか、そのイベントにすごくたくさんのひとが参加したんですよ。
今井 そうそう。現金を手渡しして、手に取れないデータをもらうんです。だから、手ぶらで帰るような感じでした(笑)
靖  電書フリマは、データにお金払うということをあえて再認識させる効果もあったのかもしれません。やっぱりモノがないと、損したような不思議な感じがしますからね。

<バリアブル型の電子書籍>

今井 見えないものにお金を払うっていうハードルは、なかなか順調には下がらないと思います。このあいだも大手のサーバがハッキングされた事件がありましたし、今日もどこかのクラウドサービスがダウンしたニュースが報じられていました。「原子力神話の崩壊」じゃないですけど「クラウド神話の崩壊」という言葉も見かけます。
靖  クラウドよりはローカルで、データよりはモノで持ちたいってのはまだまだ強い。
今井 みんなどこかで「ちょっと待てよ」と思う気持ちがあるんじゃないでしょうか?
有  ただの電子書籍ではダメなのかもしれないですね。購買者向けにカスタマイズされた、たとえばサイン本みたいな電子書籍が必要なのかもしれない。著者から購買者に向けた個別のメッセージが入っている「あなたの」電子書籍とか。
勝田 主人公が、読者の名前になる電子書籍があったような・・・。
今井 おー、なるほど。
靖  さっきの電書フリマでも、iPadで購入してくれた方に作者がその場でサインを入れていました。データを購入しているからこそのおもしろさを加味できたら、楽しそう。
有  一般的な印刷では同じものをコピー・配布するんですけど、それとは違うバリアブル印刷(製品1点ごとに異なった名前やメッセージ、連番などを摺り込む印刷技術)というのがあるんです。こんな風にパーソナライズした製品をつくるのはたぶん簡単だし、欲しいですよね?
靖  バリアブル電子書籍。それをバリアブル印刷と組み合わせて、なんかできたらいいなあ。課題はやっぱり採算ですかね。

●出版の現状とこれまでの電子書籍・ガラケー

<紙にインキで印刷された本をめぐる出版の現状>

靖  ぼくが電子書籍に関わろうと思ったいちばん大きな要因は「出版不況」です。これは震災以前からずっと進行していた出版業界全体の問題で、だからこそ電書に可能性を感じました。印刷屋さんが興味が持つのはどうしてですか?印刷しているのは本だけじゃないですよね。
今井 「紙にインキで印刷する」というだけではすまない時代になってきているという思いがあります。新しい選択肢を考えるなかで電子書籍に強い関心を持っています。
靖  いま出版されている本の元データは、印刷会社でつくられることが多いですよね。いわば電書をつくって、それを印刷していたともいえそうです。
有  そうです。技術的にはすぐできるんです。
靖  あ。印刷の位置づけを話すついでに、現在の出版の流れを大まかに整理しちゃいましょうか。ぼくらがつくった文字や絵、写真、デザインといったコンテンツは出版社で編集・構成されて、印刷会社にいきます。そこから取次会社を通じて、配送され、全国の書店に並ぶ。特徴はこの取次の部分で、大手数社が独占しています。他の部分はたくさんの会社・個人がいるんだけど、ここだけはキュッとくびれたボトルネックみたいな構造になっている。これには批判もあるけど、彼らのおかげで再販制(定価販売・返本可)というルールが守られてきたといえます。ですよね。
有  はい。全国に約1万5000軒ある書店に効率よく書籍を届けるという意味で、出版取次の果たしてきた役割はものすごく大きい。でもその反面で、弊害もありますね。取次が「どの書店にどの本をいつ何冊配本するか」という商品の選定をすることになるから、書店は自分で商品を選ぶ力が弱くなってしまう。それに、いまは出版点数が多くても、それぞれの発行部数が少ないので、読者の商品接触機会もどんどん減っている。これまでのシステムでは、読者と本のマッチングが上手くいかなくなっているところが出てきています。

SS そのシステムはリビルドされないんでしょうか? 他の国でも同じようなシステムなのですか?

靖  詳しくは知りませんけど、欧米では主流の仕組みではないと思いますよ。
有  日本の再販制は極めて特殊な制度です。
靖  リビルトってのは再構築のことですよね。再構築が進まない、いちばん大きな要因はお金じゃないでしょうか。出版取次は金融機関的な性格を持っているんです。原則的に、出版社はいったん取次に納品すれば、本の代金を受け取れる仕組みになってるんですよ。売れなくてもとりあえずお金になっちゃう。もちろん売れずに返本されてきたら、その分の代金は返さなくちゃいけません。でも、そのときに新しい本をつくって取次に渡せばある程度、相殺できてしまう。これが「本の総売上は落ちているのに、出版点数だけは増え続ける」という現象を引き起こしているんです。
有  これを全体からみると、出版社が取次に納品すると無差別にその分のお金が取次から出版社に入る。次に取次が書店に卸すと、書店も無差別に取次に代金を請求される。つまり配本された時点で、書店はその本を購入したことになる、ということです。
靖  そうですね。
有  ただ書店に配本される本には、返品と返金が可能な期間が設定されています。だから書店が「この本はダメだ。売れない」と思ったら返品しちゃえばいい。書店から取次に返品されると、書店にはその本の代金が返金されます。取次はそれを出版社に戻すわけです。もちろん、最初に購入したことになっている分を返金するよう、請求書が出版社にいくことになります。
靖  お金と本が逆流していくんですね。返品は幸い著者のところまでは及ばない仕組みだけど、自分の書いた本の請求書が出版社に殺到しちゃえば次の仕事はたぶんない。書き手としても、ガクブルです(笑)
有  このシステムでは、出版社が本を出版すると、数カ月後にその本と請求が束になって戻ってくることになります。だから新刊を出し続けないと、返品分の請求で資金繰りが苦しくなってしまう。その一方で書店も本を返さないと不良在庫を抱えることになるから、返品し続けないといけない。
靖  大手書店の決算が近づくと、出版社は戦々恐々とするそうです。
有  ヴィレッジ・ヴァンガードをつくられた菊地敬一さんという方がいるんです。この菊池さんについて書かれた、永江朗さんの『菊地君の本屋』(アルメディア)という本に「ボーナスが欲しければ気合を入れて返品しろ」という話が出てきます(笑)
勝田 うわー。
有  こうなると「本を売る」というより、「本を回す」ことでお金を回すという状態にみえちゃいますよね。もちろん、それだけで商売してる書店はないと思いますけど。
靖  この話をすると、たいてい「出版社って自転車操業してるみたいだね」といわれるんです。たぶんそれはその通りなんですよ。ただ、この仕組みのおかげで、中小出版社がいろんな内容の本を出し続けられてきたのは間違いないし、それを「出版文化」と表現してもウソではないと思います。でも、本が以前のようには売れなくなって、いまではこの仕組のデメリットばかりが強く出るようになってしまったんです。
有  はい。
靖  書店には売れるかどうか分からない新刊が次々に押し寄せてくるし、取次もシビアになって、売れそうもない本は少しだけしか受け付けないようになってきた。こういう状況のなかで、ぼくらクリエイターも新刊の速度に応じたスピードを要求されるようになっています。その一方で1冊あたりの刷り部数は減っていますから、ギャラ・原稿料・印税は全般的に安くなっている。

SS 地方では本屋さんが消え始めている。

靖  書店の減少。これは都心部も同じですよね。
有  ですね。小さな書店はもちろん、大手すらどんどんなくなってます。
靖  本屋さんのない街が、いま、どんどん増えてる。ぼくの住んでる浦賀(横須賀市)でも、駅そばに1つだけあった書店が最近、閉店しちゃった。アマゾンで買えばいいんだけど、あんまり頼りきりになりたくない。
今井 「本当は怖いアマゾンの話」って、ありましたね。(『本とマンハッタン』に掲載された記事「本当は怖いアマゾンの話—Amazon Tales of Horror」)
有  大原ケイさんの書かれた記事ですね。読みました。
靖  ぼくも読みました。びっくりしました。アメリカでは書店のレジ近く、平台のような一等地に本を並べるために、看板広告と同じようにお金を払う時代になってる。大手出版社の企画会議にアマゾンの仕入れ担当者が招かれているというのも、知らなかった。こういう状況に拍車をかけてしまうのは怖いですよ。
今井 ええ。 
靖  でもアマゾンやアップルの提供しているサービスが便利で、優れているのはたしかなんです。だから「黒船だ!」「アメリカに乗っ取られるのはダメだ」って排除しようたってカンタンにはいかないし、そんなのカッコ悪い。ぼくは電子書籍に、こういう閉塞状況を突破するきっかけになって欲しい。ただ、これってぜんぜん新しいアイデアではないんですよね。
今井 そうそう。ずいぶん前からずっといわれてたし、やってましたよね。

<日本が”電子書籍先進国”だったころ>

SS キンドルが出るまでは、日本は電子書籍の先進国でしたね。失敗したけど。

有  そうなんですよ。今日はですね、こんなものを借りてきました。
   (タブレット型の端末を取り出し、カメラの前に持ってくる)
今井 お!
靖  何ですか。
有  「夢が見れる機械」とでもいいますか、「マニアの受難」といいますか。
靖  ムーンライダース…。もしかして、先人たちの夢のあと的な何かですか。
有  「デジタル・ブック・プレイヤーDB-P1」という電子書籍リーダーです。
勝田 へえー。

SS 知りません。フロッピーディスクですかっ。

有  発売は93年でNEC製です。当時はテレビコマーシャルも流れて、「電子書籍はじまる!」 的な感じだったようです。これも業界的にこれまで何度もあった「電子書籍元年」のひとつだったんでしょうね。でも、ぼく、この現物をこれまで一度も外で見かけたことがなかったんですよ。そうしたらば、会社の金庫にあった(笑)
靖  はじまったはずの元年が大事にしまわれていた(笑)
有  キンドル2と比べてみましょうか。
  (デジタル・ブック・プレイヤーとキンドル2を横向きに並べる)
   正面から見た姿はよく似ていますが、厚みは倍以上あるので、ずいぶんかさばります。とはいえ、基本的なスタイルはほとんど変わらないという印象です。コンテンツはFDで提供されて、このディスクドライブから読み込ませてつかう。
勝田 おー、すごい。
有  これ乾電池でも動くらしいんですけど、えーと。
   (スイッチを入れて起動させるも、起動画面にエラーが出て立ち上がらない)
靖  乾電池換えてもダメですか。
有  立ち上がりませんね。残念。

SS 時代の先を行きすぎてたんですかねぇ。

有  そうかもしれません。これは93年ですから、もう20年近く前です。電子書籍の端末はそのころから出ていて、しかも日本はその先頭を走っていたんです。いま出回っている端末でも、その基本的な部分は当時とそれほど変わっていないと思います。
今井 いまはアメリカが主導ですね。  
靖  日本のメーカーも去年暮れから新しい端末を出してますけど、大きな流れにはなっていない感じですね。これまでのシステムを守ろうとしているせいか、ユーザーにとっては不自由なカタチになっている印象です。

SS 電子書籍の話では、なぜかガラケーのケータイ書籍がスルーされるんですよ。

靖  あ、ガラパゴスケータイ!
有  ケータイ小説、ケータイコミックは、立派な電子書籍です。
靖  日本独自に発達した多機能ケータイの文化だけど、けっこうな市場規模があるそうですよ。

SS ガラケーからスマフォへ500億円の電子書籍市場を上手く移行できるかどうかはとても大きな課題。でもコンテンツがあれだから、なぜかスルーされる。

今井 500億!
靖  世代的な違いもあるんですかね。ぼくもガラケーの電書ってほとんど読んでなくて、ついスルーしちゃうし、なんとなく軽く見てしまっていると思います。でも500億は立派な市場。勝田さんの世代なら、馴染みがあるんでしょうか。おいくつでしたっけ?
勝田 28です。
靖  最初からケータイありました?
勝田 ちょっとピッチ(PHS)があったかな、という世代ですね。
靖  その世代にとって、ケータイ端末の文章ってどんなふうに見えてるんでしょう。ブックアプリをつくるときも、ぼくなりにiPhoneの画面にあわせた段落分けとか、文章のスピード感を意識するようにしてるんです。でも、ホントのところはよく分からない。ほら、若いひとのメールって文章ごとに改行したり、1行空けたりするじゃないですか。
勝田 たしかに、やりますね。
靖  ケータイ小説でも、こういう書き方になってる作品がたくさんありますよね。あれが落ち着く感覚がピンとこないんですよ。
勝田 どうなんだろう。あ。でも、絵文字が入っているガラケーメールは改行しなくっても、見えやすいんですよ。
靖  え、そうなんだ。
勝田 こんな風になるんです。
   (実際にメールをいくつか見せる。絵文字入りのものは改行が少ない)
    文末に絵文字が入ると、改行と同じような意味をもつんだと思います。だから改行をしないメールがきても違和感はありません。
今井 ほおー。
靖  知らなかった。
有  なるほど。  

SS ガラケー向けの官能小説を縦書きで200タイトルほど作ったけど、やはりコツというかツボがある。どうすれば読みやすくなるか。改行とか、行空けとか。

靖  その通りなんでしょうね。ぼくもガラケーで培われた文体はもっと研究してみたいです。たぶんこれからのスマフォ、タブレット端末に応用できるんじゃないでしょうか。

●印刷業者にとっての電子書籍

<これまでの組版を知る者が感じる「こりゃダメだ」感>

有  ただ、組版をやってきたひとたちからみると、現状の電子書籍の組版のひどさは看過できないところがあると思います。例えば約物(やくもの)関係。
靖  約物って何ですか?
有  句点(。)、読点(、)、パーレン(括弧())、エクスクラメーションマーク(!)のような記述記号のことなんですけど、電子書籍はこの処理がうまくない。
勝田 へんなものも、よくありますね。
有 たとえばこのキンドルで、日本語の文章を表示させてみます。
 (キンドル2をつかい、日本語の文章を表示させる。)
   えっと…この句点(。)とカギ括弧(「)のあいだのところを見てください。ものすごくムダにスペースがありますよね。
靖  あー、なるほど。ホントだ。
有  組版作業では、こういうところをちゃんと詰めるんです。いまの約物の例はかなり目立ちますけど、それ以外にも修正しなければいけないところはたくさんありますよ。古いひとは、1ポイント(約0.35ミリ)単位で字間の仕上がり調整をされたりするんです。
靖  無意識に読んでいるんだけど、組版ではそんな微妙な調整をやってるんですね。
有  そうなんです。出版社と印刷屋(というかプリプレス業者)は、長い年月をかけて、こういう改善を続けてきたんです。
勝田 うん、そうです。
有  日本語の組版は江戸末期にはじまったんですけど、この150年間でものすごく大きな技術的進歩を遂げました。例えば書籍の1ページって、だいたい1分で読める程度の文字数を想定してつくっているんです。これは「いかに気持ちよく読ませるか」という人間工学の技術なんですよ。
靖  読み味、読み心地に関わる部分ですね。
有  そういう職人的な仕事をしてきたから、出版に深く携わってきた者、印刷に携わってきた者は、電子書籍の画面を見たときに脊髄反射的な「こりゃダメだ」感を抱いてしまうんです。

SS 紙の本と電子書籍を比較してどうのこうのというのは、あまり意味ないよね

有  そうなんですよ。電子書籍は書籍とは違いますもんね。脊髄反射はするけれど、たしかにそこまで求める必要があるのかとも思います。
靖  まったく同じにする必要はないかもしれけれど、液晶や電子ペーパーの上での人間工学は必要ですよね。そこにこれまでの150年間の蓄積は活かせる気がします。
今井 でもEPUB3になると、そういうところが修正されてきているなと思いませんか。
有  電子書籍のあたらしいフォーマットですよね。
今井 そうです。EPUBは、ウェブブラウザでレイアウト表示をさせる仕組み(CSS)を、ほぼそのまま電子書籍に持ち込んでますよね。いま、電子書籍ではなくて平文のHTMLなんですが、縦書きで表示されるようなデータがちょうど手元にあるんで、見てみましょうか。
靖  なんか、いきなり専門的になりましたね。
有  ウェブ上のページ(いわゆるホームページ)は、構造と内容を記述したHTMLファイルと、それをどの様に表示させるかを記述したCSSファイルでだいたい成り立ってますよね。EPUBという電子書籍フォーマットはこの仕組みをつかっているので、WebkitのNightly revisionのブラウザをつかって開けば、どんな感じになるか分かるんですよ。
靖  Webkitって、オープンソースでブラウザとかをみんなで開発しているヤツですよね。safariとかchromeのベースになってる。”Nightly”って?
有  毎晩のように開発が進んでいる最新のブラウザという意味です。
靖  あ、まさに開発中の最先端。
有  そうです。次世代の公開試作品です。
今井 で、これで開くと……。
勝田 おお。
靖  ホントに縦書きになってる。約物もきれいですね。
今井 けっこういい感じに表示されるんです。文末も揃ってる。ルビ(文字横に小さく付けられるフリガナや説明)もけっこうちゃんと出てます。
有  正直、これでもうさしあたっては充分ではないかと。ルビが中付き(各文字の中心に付けられるルビ)しかないといった問題はありますが・・・
靖  均等ルビ、割ルビ、下付きルビとかもホントはあった方がいいんですよね。
有  ええ。でも、ささいなことだと思います。

<印刷業者と電子書籍>

靖  あの、ぶっちゃけて聞いちゃいますけど、印刷屋さんって電子書籍にどこまで本気で取り組もうと思っているんでしょう?全体的にも、いまみなさんが話しているような雰囲気なんでしょうか。
今井 いえ、それは違う気がしますね。
有  正直、どうしていいか分からず、様子見している感じだと思います。技術的には難しくないけど、費用化がとても難しい。
靖  ビジネス的に小さい?
今井 それもあります。
有  それと、出版社>印刷業者>下請け>孫請けという構造が強いという側面もあると思います。積極的に電書に取り組んで、製作でなく配信までおこなっているのは大手数社で、中小で積極的なところは少ないのが実情です。
靖  失礼を承知でいうと、これまでの書籍が持っていた組版の美しさが電子書籍でも必要とされるのかは分からない。もしかしたら、新しい世代は「1ポイント単位の修正なんてしなくてもいいよ」というかもしれない。「それよりも、もっと安く出してよ」といわれる可能性もけっこうあると思います。その結果、電書はウェブサイトの一部のようになってしまうかもしれない。でも、たとえそうであったとしても、これまでの本や出版が培ってきた蓄積は、貢献できると思うんです。
有  むしろ、印刷業者よりも、IT系の業者の方がこの世界では影響力を持っているのが現状ですね。業界へのしがらみも少ないですし。
靖  もったいないですよ。これまで印刷業界が築いてきた組版のノウハウを生かすためにも、もっとコミットして欲しい。
有  そうですね。印刷業ってモロに構造不況業種なんですよ。だからベンチャー的にそっちに走ればイイんだけど、やっぱりマネタイズが非常に悩ましい。でも、何もしなければそこまでですからね。伝統工業になっても仕方ない。何らかのコミットをしたいと思っています。

<POD(プリントオンデマンド)・少部数印刷という潮流>

靖  ぼくは電子書籍・ブックアプリとして出たものを、あとで紙に印刷して販売できるような流れがあったらいいなと思っているんです。出版済の書籍を電子化するのとは、逆のやり方。大部数でやれればいちばんだけど、例えば少部数でのオンデマンド印刷もありますよね。そういうのってどうなんでしょう。
今井 じつはですね。うちの会社で、この4月にオンデマンド印刷機を買ったんですよ。
靖  お!
今井 いままでの仕事はほとんどオフセット印刷だったんです。これをそのままオンデマンドに移行させるわけではないんですけど、漠然としたイメージとして、電子媒体と連携できる新しい事業を考えたいんですよね。そのためには自分でPODのノウハウをちゃんと持とうと思ったんです。
有 とある印刷屋さんに「この時期に機械を買うなんて無謀だ」って言われたそうですよ(笑)
今井 そ、そうなんですけどね。
靖  あの、ごめんなさい。オンデマンドとオフセットの違いがよく分かってないので、この機会に教えてください。
有  いちばん大きな違いは印刷の方法です。一般的なオンデマンド印刷機はコピー機と同じくトナーを用いたデジタル方式で、精度や機能が充実しています。最大出力サイズはA3程度と大きくありませんが、1部から印刷できることが最大の強み。製本機能を追加したり、可能性はさまざま。少部数に向いています。
靖  オンデマンドはトナーなんだ。
今井 ほとんどがそうです。一部、インクジェット方式などもありますが。
有  で、オフセット印刷機は油性のインキを用いたアナログ方式です。刷版という版(ハンコ)にインキのつくところとつかないところをつくって、印刷します。機械が大がかりになるので、数十部程度では費用がかかって割高になるのですが、たくさん印刷すれば単価がどんどん下がる方式です。ある程度の部数がある製品に向いています。
靖  なるほど。オンデマンドは、少部数印刷に対応するためのものと考えればいいんですね。たしか、勝田さんも少部数で本をつくってるんじゃなかったでしたっけ?
勝田 えほん部ですね。5冊から絵本をつくるという企画なんです。
今井 サイトがありますよ。(えほん部のサイト
勝田 そうです。これこれ。5冊3万円、10冊5万円で絵本をつくります。ある程度フォーマットには制約があるんですけど。
靖  5部から印刷・製本ができちゃうんですか。これでビジネス成り立つんですか。
勝田 もともと「これでがんがん儲けよう!」という仕組みではないんです。印刷組合でのやり取りで、これからの印刷には「感性価値」が大事だよね、ということになりまして。
今井 「安い・速い」だけの「理性価値」だけじゃなくて、感性のニーズにも応えないと、ということがいわれたんです。
勝田 その組合活動の一環としてスタートした活動です。もっと積極的にアピールしようと思っています。

SS 出版取次以外のルートで本を売れるようにしないとね。

靖  たしかに、新しい流通・販売方法も模索しなくちゃいけないですね。もうあるのかな。ちなみに少部数での印刷といえば、同人誌がありますよね。あれは、すでにそれなりの規模をもつ市場じゃないんですか。
有  同人誌市場はレッド・オーシャンです。
今井 そうそう。レッド・オーシャンですね。カンタンに利益が出せる市場じゃないんです。
靖  ブルー・オーシャン戦略でいうところの激しい価格競争にさらされる「血の海」ですか。
今井  そのレッド・オーシャンです。同人誌市場はとにかく価格がウリになりますから、コスト競争が熾烈なんです。
有  このジャンルに関わっている印刷業者は、この市場に徹底的に特化してるんです。とにかく受注した原稿を、同じ部数、同じ設定のものでまとめて刷って、安くする。この市場に踏み込んで利益をあげようとしたら、さらに突っ込んだ態勢をつくらなくちゃいけないんですよ。だから、ぼくはこのシステムに間に合わなかった(原稿をギリギリまであげられなかった)同人作家をtwitterで一本釣りしてます(笑)
靖  有さん、個人でもコミケとかお好きなんでしたっけ?
有  あ、ぼくけっこうそっち系です。ええと、今日のPowerBookの壁紙は『まどか☆マギカ』の、主人公のお母さんが泥酔して帰ってきたところですね。
 (一部参加者のみ理解した様子)
靖  たしかにぼくから見ても、同人誌の世界はわりと完結している印象があります。コミケの有名作家さんって、同人誌の売り上げだけでごはん食べられちゃうそうですね。家を建てたひともいるとか。
今井 そうですよね。
靖  知人のゲームクリエイターが、かわいい女の子を描く絵師をコミケでスカウトしようとしたら、「商業主義に与するつもりはありません」って断られちゃったそうです。
勝田 ありそう。
有  あー。
靖  ぼくは「プロとして大手の仕事をする」=「魂売ること」ではないと思ってるけど、同人市場で生活できちゃうなら、そういうのも自由だよなあ、と思いました。市場としては特殊でも、クリエイターも印刷会社も立派にごはん食べて、ビジネスを成立させてるんだし。でも、いまの同人誌市場の話を聞いてちょっと思ったのは、印刷会社さんにとってこれからPODを進めるということは、こういう熾烈なレッド・オーシャンに漕ぎ出すことになるのかなということです。どうなんでしょう?
今井 まだPODはじめたばかりなので、自信を持った答えはできませんが…。どんなビジネスでもコモディティ化したら、コストダウン競争になるという道をたどりがちですよね。そうならないように、各社は防御策を頑張って用意するわけです。ぼくの感覚ではオフセット印刷での防御策と、PODにおけるそれはけっこう性格が違うかなと思っています。イメージ的には、前者は「重厚長大型」で、後者は「小回り型」かな。同人誌印刷ビジネスはその中間あたりですかね。
有  んー、PODももともとコスト的にけっこう低いところでスタートしているようにみえるので、むしろその前後の付加価値ではないかと思いますね。出力だけならKinko’sでいいわけですよ。なぜ印刷会社に頼むか、そこを追求していく必要があると思います。

●これまでのこと・これからのこと

<出版のリスクと電書のリスク>

SS 印刷業ってリスクとらないから儲からないんだよなぁ。

今井 いえいえ、印刷業はリスクとってますよ。機械買ってるし、人雇ってます。
勝田 設備もすごく高価ですよね。
今井 ただ、出版でいえば、本を一冊出版するかどうかというリスクを取るのは出版社です。印刷は基本的に受注産業だから、リスクを取ってないように見えるんです。
靖  紙・インキ代、人件費だけじゃないんですね。それこそ家一軒ぐらいあるような巨大な機械を動かして、その減価償却をしなくちゃいけない。
有  出版関係の印刷につかう機械って、ウン億しますからね。何年ものスパンで減価償却していくわけで、一時期あった輪転ブームが去ったときは、需要を見込んで機械を導入した企業が相当数倒れました。
靖  設備投資のリスク。それに見合うメリットがかつての出版にはあったということですかね。
有  出版印刷がおいしいのは重版からで、初版は基本的にリスクテイクです。
今井 初版時に、圧倒的に手間がかかりますもんね。
有  出版社にとっても、印刷会社にとっても、初版にかかるコストの大半は人件費ですから、どうしても削れない部分が大きい。もちろん赤を出すわけにいかないから、制作費をギリギリ回収できるように本の値段を決めるんです。でも、もし人件費がなければ単純に機械の稼働時間にコストを突き詰めることができますよね。そこでウマみが出るシステムなんです。
今井 つまり重版になったとき、儲かる。
靖  印税契約をするぼくら著者にとってもそれは同じですね。初版だけで終わっても損はしないように工夫しています。でも重版になれば、ほとんど作業なしで利益が得られる。

SS 電子書籍はリスクとっても、ヒットして儲かるだけの市場がまだないんだよね。

靖  うーん。電子書籍はそういう設備投資の面からみても、リスクとコストを従来よりずいぶん小さくできるんじゃないですか。
有  本来、電子書籍と出版印刷をそのまま比べることには意味がないんですよ。
靖  コストと旨みのシステムがまるで違いますもんね。
有  さっきの話でいえば、電子書籍のコストはほとんど人件費だけで構成されることになります。でも、いまは公開時にそれを回収するシステムになっていません。
靖  従来の取次さんのように先にお金を払ってくれる存在がいない。
有  だから、出版社が主導するビジネスモデルで単純に電子書籍だけを製作しようとすると費用回収のメドがつかないから、及び腰になることもあると思いますよ。
靖  そっちからみると、そうなるのか。
有  でも、個人レベルでの仕事なら、出版社や取次を中抜きできるから、むしろチャンスがあるかもしれません。印刷機をターゲットにした制作システムが不要になれば、もっとこじんまりとリスクを回避するシステムもありうる。もちろん「食えるか」という問題は残りますけど、電子書籍をアウトプットのセカンドチョイスとして持つことは無意味ではないと思います。

<ウェブをつかったマネタイズ>

靖  となると、最低でも制作費を回収できるような仕組みになっていれば問題ないんですよね。「ウェブは儲からない」という常識はまだ強いんだけど、でもケータイコンテンツはそれなりの規模をもつ市場だったし、スマートフォンとアプリでこの状況はさらに広がっている。ぼくが個人でつくった電書でも、数万円ぐらいの利益は出せる。堀江貴文さんみたいにめちゃめちゃ売れる著者でなくても、近い将来には電書で制作費を回収して、ごはんを食べられるようになるんじゃないかなあ。
有  堀江さんはメルマガもすごいですよね。
靖  あ、メルマガ。
今井 それだけで年収が億、とかいわれてますね。
靖  そっか、あのレベルだともはや電書なんて面倒くさいことしなくていいのか。それとも、メルマガ課金というスタイルが蘇ってきているのかな。

SS メルマガでファンを組織して成功している事例は日垣隆さん。そのために10年コツコツやって来られた。

靖  そうなんですか。知名度も含め、いきなりやって成功できるものじゃないんでしょうね。でもメール配信で定期収入が得られるのなら、文章で生計を立てたい者にとってはすごく理想的です。たったひとりの愛読者でも、月30万出してくれるっていうなら成立しちゃう(笑)

SS 毎月30万とかヤクザすぎて男前です。

靖  あ、購読してくれるならやりますよ(笑)毎月1万円にして、コアなファン30人獲得できるように目指してもいいな。
有  このところ考えてるんですけどfacebookで著者を囲うシステムってできそうですよね。facebookページを作って、年1500円の会費で何冊は必ずお届けしますって。3000人くらいの読者を集められれば、けっこういい額になるんじゃないかと(笑)
靖  囲われたいクリエイターはたくさんいそうです。
有  3000人は難しいか。
靖  メルマガならともかく、電書でやるなら端末がもっと普及してからになるのかもしれませんね。でもビール飲んでる勢いで乱暴にいっちゃうと、そんな風に先行きが見通せるようになるころには、個人や中小企業の自由度は狭まってるぜと思うんですよ。だから、よく分かんないいまこそフットワークよく動いておきたい。ヘンな例かもしれないけど、3月の初めに今井さんがツイッターで「医療費控除」を「医療費公女」と誤変換したと書いたことがありましたよね。
今井 ありましたね(笑)あとでキャラになっちゃった。
勝田  あれ、おもしろかったですね。
靖  その単語から連想する「公女さま像」がツイッター上のやりとりでキャラ化されて、翌日くらいには大分在住のイラストレーターさんがイラストのラフを描いてアップしたんです(笑)
今井 やりとりのログがこれですね。 「医療費公女さま」 地震でそのままになってしまいましたけど、あのままみんなでわいわいやってたら、もっと充実してたかもしれません。
靖  そうするつもりでした。動画とか頼もうかなあ、と(笑)こんな風にきっかけさえあれば、いまはあっという間にプロジェクトチームがつくれるんですよ。スタートはちゃんとした企画である必要もなくて、印刷や組版、製本のアイデアだったり、「こんな紙があるんだけど」ということでもいいと思います。これまでクリエイターとの関わりが少なかったぶん、印刷会社にはその起点になるネタがたくさんあると思います。

<「東京」という地方>

SS 地方の印刷屋さんはもともと地域の出版を担っていたから、前向きに考える機運はありますよ。
SS 東京の出版/印刷業というのは東京の地場産業でかなり特殊です。

靖  そうなんですか?
今井 「東京は分業型」「地方はワンストップ型」といわれることがあります。東京では、組版などの制作工程、印刷工程、後工程の分業がまだ残ってる。それに対して、地方の印刷会社は、これらを一社でそろえているところが多いんです。いろいろなサイズの印刷機、さまざまな製本機をそろえるのは、大変ですけど。
靖  だから首都圏にいると、関わりが薄いのかな。先日、ある印刷会社で見学会をやらせてもらったんですけど、デザイナーさんとかみんな興味津々でしたよ。
有  いま、全国の印刷工業組合がテーマにしているのが、地域CSR活動なんです。ぼくたちのまわりでもイラストレーターとタッグを組んで、地域のイラストをはがきにして商品化、地域の郵便局などで取り扱ってもらっている例があります。
靖  地方ごとにまとまって特色を出すのもいいけど、もっと色んな地域がゴチャゴチャになってもいいですよね。医療費公女さまのラフ画も九州の方が描いてくれたし、データ化できるコンテンツにとって距離はほとんど関係なくなりつつある。こうなると地方からおもしろいものが出てこなくちゃおかしいし、電書はその武器になるのかもしれない。東京も地方のひとつとして振舞うようになったら楽しいと思う。
有  そう。場所は関係ないはずなんですよね。最近鎌倉でもIT業者が増えているんです。今日、場所をお借りしている”bowls”も、この建物の上階に入っているFlashコンテンツが得意なIT企業”Kayac”さんが企画されたものですし、iPhoneのApp紹介で有名な”AppBank”さんもいまは鎌倉にオフィスがあります。この勢いで電子出版も!
靖  この企画も、湘南電書ですもんね。
有  「かまくら春秋社」さんのオフィスも、この上にあったりします(笑)
今井 あの、「地方ではiPhone使っているひとが少ない」というツイートが。
靖  え、そうなんですか?ケータイ小説の舞台といえば地方都市というイメージがあったんだけど、スマフォは違うんでしょうか。

SS それはソフトバンクの電波が届かないところが多いから。

勝田  あー。
有  うーん。
靖  もっとも基本的な部分が「やりましょう!」じゃないんですかね。iPhoneはいま日本でもっとも普及している電書端末だと思うのにもったいないなあ。

SS 電波のせいだけじゃなく、車移動が多いというのもあると思う。日常の中に都会の電車のような「スマホをいじる時間」があんまりない

有  これ、ありそう。
靖  クルマ社会のライフスタイルのなかで、いつ・どこで電書を読むのか。これは考えてみたいテーマですね。もしかしたら、ちょっとした工夫でブルー・オーシャンを見つけられるかもしれない。

SS 電子書籍でやってみたいのは非英語圏の若手作家を出すこと。それと約300万人いる「在外」日本人に日本語の本を届けたい。
SS 電子書籍は、国境なしで売れるんですね。
SS どうして日本語の本はUSで見れないのかと悶々としてました。

靖  こういうアイデアは電子書籍ならではですよね。ぼくも1年くらい前にアメリカの本家アマゾンからキンドル本を出したんです。英語で。数千円の制作費でつくったんだけど、これはいま世界100カ国で買うことができるんです。作り手だけでなく、読者・ユーザーにも国境はなくなっている。
今井 売上とかどうなんですか。
靖  これが、ちっとも売れてないんですよ。どうやって100カ国に宣伝すればいいのか分からない(笑)だから、ただウェブ上に陳列しているだけという状態ですが、それでも毎月1、2冊くらいはコンスタントに売れてます。やり方次第だと思います。ウェブ広告つかったりとか考えてみたい。
今井 なるほど。
靖  あと、小説の同人誌をつくっている友だちがインドの電子書籍出版社に売り込みをしているという例もあります。ぜんぜん知らない国で、なんでか自分が突然ブレイクするかもしれない。そういうこともありうる。組織だと気軽には動けないのかもしれないけれど、会社だって個人の集まりじゃないですか。だからいろんな技術やアイデアを持っているひとに、どんどん参加して欲しい。

<本の中身に関わる、ということ>

靖  ちょっと思いついたことをいわせてください。さっきのリスクの話なんですけど、これまで出版社が抱えてきたもっとも重大なリスクは「金銭」じゃなくて「中身」だったんじゃないかと思うんです。
今井 あー。
靖  ぼくらクリエイターにとっては、中身が「いい」のか「悪い」のかってものすごく大切なことです。読者からみると、そこが生命線ですよね。つまんない本なんて、タダでも読まない。鼻クソ以下でしょう。でも本の製作過程では、誰もそのコトを口にしない。中身に関わるのは出版社の編集者だけで、それ以外のひとたちは粛々と「商品」をつくっている。でも、ホントはみんな内心いろんなことを思っているはずですよ。ヒット作の二番煎じ本をつくるより、読者に愛される本に関わっているときのほうが、ずっと誇らしいと思う。これからの出版に新しいシステムが必要だとしたら、もっと多くのひとが中身に関わるようにしたいと思うんです。「いい本にする責任」って、すごくコントロールしづらいリスクかもしれないけど。
有  制作補助ははじめてるんですけどね。もっと踏み込んだ、編集的な意味での関わり方ですか。
靖  従来の「編集」と同じでなくてもいいんですよ。その本をもっと魅力的にするような組版を提案したり、デザイナーと直接やり取りをしてブックデザインに関わるだけでもおもしろいと思うんです。なんだったら、企画段階から関わってもらって、読み味のいい段落の作り方をぼくらライターに意見してくれてもいい。もちろん通常の編集として関わってもらうのでも構いません。
有  なるほど。
靖  いまは、それとはまったく逆に進んでいる印象があるんです。編集さんとのやりとりでも「この言葉をタイトルに入れないと初版部数が減らされるかもしれない」「類書との差別化をはかるために全体のテーマを変える」といった会話が大半になってきました。もちろんこれも大切な視点なんですけど、そっちの圧力ばかりが強まって「こうした方がおもしろくなりますよ」なんて発言が青臭く聞こえるようになってしまったらマズイ。いい傾向ではないと思ってます。
有  出版社が持っているいちばんの機能はブランド・質の担保だと思います。「この出版社が出すなら、読んでみよう」ということが起こるのは、編集・会社による吟味と、製作過程における校閲・校正が担保してきた質への信頼があるからですよね。そこまでぼくたちが踏み込めるかどうか。
靖 「あの印刷会社がつくった本なら信頼できる」というブランドはアリじゃないですか。
有  ぼくの会社でも、出版物を出すための子会社は先日作ったんですけどね。まだ出版社としては機能させていないんですよ。
靖  ケータイコンテンツがある程度成長しながら伸び悩んでいるのは、やっぱり制作会社がきちんと中身に関われる環境を整備できなかったからじゃないでしょうか。電書でもいま、そういうことが起きてます。中身は問わず、とにかく紙の本を次々に電子化して、数で利益を出すやり方ですね。数が質に転化することもあるかもしれないけど、そのアプローチで読者に「電書ってのは、こんなものか」と失望されたくはない。
有  業界全体がシステムとして破綻してきていて、いまはその再編の時期なんでしょうね。なにか新しい形を、みんなが考える必要がある。これまでは出版>印刷>製本、という製作と発注の流れが、まるで上下関係のようにあったから、ぼくたちはコンテンツホルダーを表現するとき「上流」といういい方をしていた。でも、もうそれだけでは足りないのかもしれません。
靖  期待してます。というか、予定時間過ぎちゃってますね。
有  ですね。あっという間でした。
今井 そろそろまとめに入りましょうか。

SS こちらでも九州電書というのをやっているからコラボしましょうよ

有  それは、ぜひ!
今井 いいですね。こちらに来られるときがあったらお話も聞きたいです。
靖  今回のこの鼎談、電書にしましょうか。Ustreamのアーカイブを文字おこしして、ぼくがひとまずまとめますよ。
有  おー。じゃあ、そうしましょう。
靖  紙にも印刷してもらえればうれしいです。印刷屋さんがこれだけいるんだし。
今井 ある程度分量があれば、冊子化も考えられるとおもいますよ。
靖  無料で配るんですかね。でも・・・
有  値段をつけたいですよね。50円、いや安いな、最低でも100円にしましょうよ。
靖  ですよね。ぼくらは仕事として成立する電書、印刷、コンテンツづくりを話してるわけだし。
勝田 ですね。
今井 では、売るという方向でやりましょう。ソーシャル・ストリームでもみなさん賛成してくださっているようです。
勝田 ありがとうございます。
有  次のテーマは具体的に何をしていくか、というところかな?
靖  今回の鼎談をまとめた電書と冊子がその具体化の一歩になればいいですね。
有  湘南電書鼎談も2回、3回と続けましょう。
靖  ぼくも地元(横須賀・浦賀)にあるワインセラーさんが、もしかしたら地下のワイン蔵をつかわせてくれるかもしれません
有  ワイン蔵から配信!
今井 いいですねえ。
靖  ごく普通の酒屋さんなんだけど、じゃあ交渉してみます。
有  というわけで、湘南伝書鼎談は今後も続けます。今回の内容は電子書籍化してどこかから配信します。それから、できれば冊子にします。今日は最後までご視聴くださり、ありがとうございました。
一同 ありがとうございました。

<ビールを飲みながら、配信終了>

追記
 この直後、USREAMのアーカイブが残っていないことが発覚しました。
 そのため、この「第1回湘南電書鼎談<文字版>」は、おもに参加者の記憶に基づいて書かれています。次回以降はこのようなことがないよう注意いたしますので、ご容赦ください。
 なお、この約3時間に及んだこの鼎談で飲まれていたのは、おもに鎌倉ビールと、コロナ、バスペールエールなどでした。

第1回湘南電書鼎談は以上です。いかがでしたでしょうか。
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