ASD者が幸せに暮らすために

 このレポートでは、ひとりの自閉症スペクトラム障害(ASD)者として私が現在直面しており、今後も対応を迫られると考えられる社会現象として、「ASD者の、社会とのコミュニケーションの困難と、それによってしばしば引き起こされる二次障害」という社会現象について論じる。

 ASDは、「社会的相互作用とコミュニケーションにおける欠陥」および「興味の限局と常同的・反復的行動」という、2つの特徴からなる発達障害として説明される(APA, 2013)。ASD者はしばしば環境への不適合を起こし、就労に困難を抱えたり、うつ病や適応障害などの二次障害の発症に直面したりすることが多い(岩本, 2019)。

 この理由として、一般的な説明では、ASD者は言語やコミュニケーションに障害を持ち、社会性の低下が見られるために、対人的相互関係を築くことが難しいことがあげられる(e-ヘルスネット)。

 それに対して本レポートでは、コミュニケーションは複数の人の間で初めて成立する以上、その機能不全は一個人の責に帰すことはできず、構造的な齟齬が原因と捉えるべきだと主張する。丹治(2021)や米田他(2019)などが具体例を述べているように、ASD者と他者とのコミュニケーションの難しさを生んでいるのは、数的マジョリティの定型発達(TD)者とマイノリティのASD者との間にある様々な差異である。

 しかし、現状では、ASD者と社会のコミュニケーションのすれ違いはASD者の問題として記述される(APA, 2013)。これは、TD者とのコミュニケーションが困難なASD者の排斥について、その責任をASD者だけに帰すことを正当化する。そのため、TD者が大半を占める社会からの規範的要求について、ASD者は社会に属す以上、拒否権を持つことができない。

 この構造のもとでは、TD者はASD者との関係に上下関係を無意識に持ち込んでしまう。そのため、TD者はASD者と関わりながらも、ASD者を異質で迷惑な相手と認識するに留め、ASD者の立場に立つことを拒否する。結果として、TD者はASD者とのコミュニケーションにおいて自らの改善点を見出せず、ASD者を一方的に責める構造は強化される。この防御的な思考停止の過程を、林(2018)は様々なASD”支援者”の記述に見出し、批判している。また、岩本(2019)は、ASD者の就労継続において重要な自己理解は、ASD者が特性上苦手とする社会的視点を暗黙的に要求することを指摘している。

 他方で、ASD者はコミュニケーション障害の責任を内在化する。そこで、木谷(2016)や加藤(2015)が述べるように、特に知的な遅れを伴わないASD者は、社会に適応するため努めてTD的に行動する。 しかし、ASD者の困難が社会から不可視化され(木谷, 2016)、ASD者のストレスや体調不良といった代償は無視されるために、「障害」は「個性」として矮小化され、自助努力で対処すべきという認識は強化されてしまう(林, 2018)。

 ここで、私にとっての幸せとは、ASD者でありながらTD者の中で適切な配慮を受け、二次障害を起こさずに生活できることである。そのために私が実行可能なコミュニケーションとしては、自身の障害について適切に理解し、周囲に説明することがあげられる。自己理解をより深めることは、2次障害の予防やASD特性を活かせる職を得ることに役立つとされる(岩本, 2019)。また、加藤(2019)らは、ASD者の母親の周囲に、一柳(2021)は、ASD特性児の周囲児に、それぞれASD者に対する関わり方を伝えることで、周囲の好ましい行動変容が起きることを報告している。

 ただし、これら2つのコミュニケーションが生みかねない負の副作用としては、ASD者だけがコミュニケーションコストを支払うという不平等を受容しているために、自己理解や説明が不十分なASD者がTD者から一方的に努力不足だとして責められる傾向(林, 2018)を増幅させる可能性が指摘できる。

 考えられる対策として、ASDについてTD者が学ぶ機会を増やすことを挙げる。これは、ASD者のイメージをより好感的にすることが示されており(河内, 2009)、ASD者とTD者のコミュニケーションにおいて、TD者側の歩み寄りを推進する効果が期待できる。

 また、ASD者とTD者の間のコミュニケーションの困難はASD者に起因するという認識の解体を目的として、ニューロダイバーシティという考え方をもとに、ASDとTDは、ともに多様な神経発達のひとつのパターンにすぎないと主張する運動が試みられていることも付記しておく(米田他, 2019)。

参考文献
American Psychiatric Association. (2013). Diagnostic and statistical manual of mental disorders (5th ed.). Washington, DC. Author.
岩本友規. (2019). 発達障害のある人の就労に必要な自己理解とは: 高機能自閉症スペクトラムにおける社会的自己の形成を中心に. 明星大学発達支援研究センター紀要: MISSION, (4), 113-123.
https://meisei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=1966&file_id=22&file_no=1
加藤浩平, & 藤野博. (2016). TRPG は ASD 児の QOL を高めるか?. 東京学芸大学紀要 総合教育科学系Ⅱ, 67, 215 - 221.
https://u-gakugei.repo.nii.ac.jp/?action=repository_uri&item_id=33152&file_id=21&file_no=1
加藤まり, 門間晶子, & 山口知香枝. (2020). 知的障害を伴わない自閉症スペクトラム障害 (ASD) がある母親の子育て─ 中学生までの子どもを育てる経験─. 日本看護研究学会雑誌, 43(2), 2_163-2_175.
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河内哲也, 齊藤恵一, 河内なぎさ, &伊藤淳一. (2009). 大学生における自閉症のイメージに関する研究. 北海道言語文化研究, (7), 63-70.
https://u.muroran-it.ac.jp/hlc/2009/07Kochietal.pdf
木谷岐子. (2016). 「体験としての自閉症スペクトラム障害」 という視点の検討: 成人当事者が抱える自己との関連から. 北海道大学大学院教育学研究院紀要, 127, 9-25.
https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/bitstream/2115/64073/4/005-1882-1669-127.pdf
熊谷晋一郎, &綾屋紗月. (2014). 共同報告・生き延びるための研究. 三田社会学, (19), 3-19.
https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AA11358103-20140705-0003.pdf?file_id=93514
厚生労働省. e-ヘルスネット.
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/heart/k-03-005.html
丹治和世. (2021). 成人発達障害のコミュニケーション障害. 神経心理学, 37(2), 88-97.
https://doi.org/10.20584/neuropsychology.17112
米田英嗣, 間野陽子, &板倉昭二. (2019). こころの多様な現象としての共感性. 心理学評論, 62(1), 39-50.
https://doi.org/10.24602/sjpr.62.1_39
林桂生. (2018). 自閉症の言語文化学-支援職による表象と ASD 者のオートエスノグラフィー.
https://doi.org/10.18910/70678

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