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【連載小説 短篇予定】文をだきしめて①

 うちに居る猫は食い意地が張っている。だれに似たのかというと妻に似ていると思う。同じく雌だし。たべることと寝ること、そして撫でられること、のぞむものはそれだけで、それ以外のことは何もしない。

 さっきも家に帰ったら、付き纏ってにゃーにゃーと鳴く。たべるものをくれという意味である。五月蠅い。最初は無視していたが、しつこいのでカリカリを上げた。そしたらもうなかない。カリカリをかりかり食べている。

「おまえは、あれだな。仕事もしない。家事もしない。かわいらしいということだけをたよりに生きている。自分でじぶんのトイレの掃除もしない。水もかえない」

 はあ……。「猫か、おまえは」とねこに言う。

 たべおえて、にゃーと一声。ドアあけてくれという意。あけると何処かにきえて行く。こういう女は人間にはいない。いくらなんでも自分勝手に過ぎる。おんなを売り物にしてる女もここまでではない。トイレも自分で流すし、ちょっとした家事も料理もできる。酒をつぐこともする。身の上話もする。

 ここにきて、なんじゃあの雌猫は。

 暦は十月である。思えば、12年前のこの頃にあの子はうちに来た。当時住んでいるところは鳥堀町の実家だった。一戸建てで、庭があった。そのにわに来たのである。ハンドボールの三分の二ぐらいの大きさだった。

 みー、みーとないていた。

 首里というところは猫が多い。飼猫も野良猫も外をあるいている。ねこは春先と夏のおわりごろに増える。おそらくうちの猫は夏のおわりの生まれだと思う。生まれ年は妻といっしょで、辰年である。

 そのまえに妻の父方の、S県の祖母が亡くなったので、これは生まれ変わりだと思う。おなじ雌だし。

 当初、つまは猫を飼うことに反対であった。

「動物とかきらいなんよ」と言う。

 妻は末っ子なので、愛他的精神に欠けている。体力は異様なほどにあるが学がない。よって、自分のこと、家のこと仕事のこと金のこと当時3歳の子どものことで手一杯であった。

 猫というのは天性の営業センスを身に付けているのですぐにこの3歳の子と仲良くなった。市販の、人間用のミルクをのんだ。

 ある日、大きな台風が来た。縦長の窓から見ると、玄関先の鉢の上で丸まって寝ていた。

 またある日、夜遅く、近所のたちの悪い成猫に脅されていた。ぶるぶる震えていた。

「段ボールで家つくってあげて」と妻が言ったので、段ボールにボロ切れを敷いて仮のいえをつくってげんかんの外に置いた。すぐに中に入ってまるまった。

「飼いましょう」ととうとう妻が折れた。決めると行動がはやいので、スマホで調べて、ノミ・ダニ取りやら、最初の注射とか、不妊手術の情報を仕入れた。

 翌日、ハンドボールの三分の二ぐらいの雌を家にいれて、風呂場でノミ・ダニ取りのシャンプーをした。虫の死骸が二、三流れた。

 バスタオルで拭いて手を離すととととと、と走った。身を震わす。飛沫が散った。

 一緒に一階に下りた。三歳児の遊具であそびはじめた。

 その時分はもう寒くなっていたので、南の島の居間にも炬燵があった。こたつの前に座ると、にーにーと鳴いて膝にのってきた。

本稿つづく

#文をだきしめて

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