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定年女子の実家終い 母の生え際

数年前に亡くなった母のことです。

実家の母が亡くなった日、スマホに叔父から3回、夫から2回の着信履歴。以前から、携帯に電話をしてもなかなか出ないと夫に言われていた。携帯を持ち始めた頃、仕事中はデスクの引き出しに入れていたので、鳴っても気が付かないことも。昼休みに着信を見て折り返すのだが、昼休みに確認することすら、忘れていることもあった。
 
父が介護サービスを受けるようになってから、ケアマネージャーや介護施設から連絡が入るので、着信があったらすぐにわかるように机上にスマホを置くようにしていたのだが、その日は朝、スマホを取り出さずにバッグごと引き出しに入れてしまった。
 
美容院に行く予定の母を迎えに来た叔父が、お風呂で亡くなっている母を発見。私のスマホにかけたがつながらない。叔父は私の夫の携帯番号を知らず、うちの固定電話にかけても誰もいない。そこでうちの母屋に電話をして夫の母に事情を説明し、母が夫の携帯に連絡。しかしスマホにかけても私が出ないので、夫はネットで私の会社の電話番号を調べ、電話に出た人に事情を説明し、その人が内線で連絡をくれたのだった。
 
いったいどれほど多くの人に迷惑と心配をかけたことか。スマホを机上に置いておけばすぐに叔父とつながったはずだし、会社の直通番号を夫の携帯に登録しておけばこんなことにはならなかった。数年前から課の代表番号以外に担当者固有の直通番号をもらってたので、家族に知らせておこうと思いつつ、でもスマホがあるからいいかと知らせるのを怠っていた。
 
父が施設に入ってから新聞販売店の見守りサービスに登録した。新聞を配達する際に、新聞が取り込まれずに残っていたら、家族に連絡をくれるというもの。日曜は私たち夫婦、水曜は叔父が母を買い物に連れていくので、それ以外の曜日をカバーする目的だった。
 
毎日安否確認の電話をすることも考えたが、母は元気で身の回りのこともすべてこなしていたので、日々の忙しさにかまけて、まあ大丈夫だろうと鷹揚に構えていた。介護サービスを利用することなく、誰の手を煩わすこともなく、母は一人で逝ってしまった。毎日電話していたら、もし電話にでなくて様子を見に行っていたら、母を助けることはできただろうか。

棺の中の母は、死に化粧を施されて穏やかな顔をしていた。その生え際は2cmほど白い。母は40代くらいから白髪を気にしており、いつも知り合いの美容院に通っていた。亡くなった日もきっと染めに行くつもりだったのだろう。
 
近頃グレーヘアが注目されているが、母は90歳を過ぎても染めていた。その髪質を受け継いだのか、私も生え際がすぐ白くなる。葬儀前に美容院に行く暇がなかったので、マスカラタイプの白髪染めを購入して、生え際を目立たなくした。
 
葬儀が終わった後に、棺の中の母を見てふと気が付いた。白髪染めは自分ではなく、母のために使うべきだった。死に化粧は葬儀社の人にお願いしたが、生え際を黒くするくらいなら私にもできたはず。祭壇の供花を棺に入れるとき、参列者に白い生え際を見られるのは、いやだったんじゃないだろうか。後になってそのことに気づくなんて。お母さん、本当に最後まで気の利かない娘でごめんなさい。

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