「てーくん、お話があります。」

仕事中、そんなLINEがきた。
おねーちゃんは今日、有給とって家でゆっくりしてるか買い物にでも行ってるはず。
部屋の掃除でもしてたのかな……?
とすると、ついにあれが、見つかってしまったのだろうか……

都合よく定時で上がれたので、さっさと家に帰ってきたところ。

テーブルの上には哺乳瓶が1つ、替えの乳首が3つ。まじか、それまで引っ張り出したのか。

テーブルの前には、怒っているような、思いつめたような顔をしているおねーちゃんが座っていた。会社出るときに「今から帰るね」ってLINEしたけど、それ受け取ってからこんな風に準備してたんだろうか。仲直りしたあとで訊いてみよう。

「た、ただいまー。おねーちゃん。」
「おかえりなさい、てーくん。早速で悪いけど、そこに座ってくれるかな。」
少し笑顔を浮かべたおねーちゃんに、自分の向かいに座るように促された。

「掃除してたらね、というか哺乳瓶自体は普通にキッチン棚のちょっと分かりづらいところに置いてあってね。この…乳首?もそこら辺から出てきました。」
まずは口を挟まず、喋りたいだけ喋らせよう…と、こちらからは何も話さない意図であると表情で伝える。

「まさか自分の家から哺乳瓶が出てくるなんて夢にも思わなかったよ。 子供がいる友だちが使ってるのを遠目に見たくらいでさ。……で。」
一度言葉を切って、軽く深呼吸して、おねーちゃんが続ける。

「おねーちゃんが知らないうちに、隠し子でも出来たの?」

そうなりますよね(?)、突然哺乳瓶が家から出てきたら、そう思うのも不思議ではないですよね(?)。
あーもうおねーちゃん、ちょっと泣きそうじゃないですか。口に出してしまってから余計にその疑問が強くなってるじゃないですか。
早いところ誤解を解きたい。実践するしか無い。

すっくと立ち上がる。話は終わっていないと言いたげなおねーちゃんの視線は、一度無視する。
冷蔵庫に冷えているストロングゼロトリプルレモンを取り出す。そういえば、またAmazonから消えているらしい。嘆かわしいな、人類の福祉のために恒久的に供給してほしい。

350ml缶を持って再びおねーちゃんの前に座る。お酒なんか飲んでる場合?と言いたげなおねーちゃんの視線も無視して、プルタブを開ける。カシュッといい音が響く。
テーブルから哺乳瓶をひったくり、乳首を外して酒缶を傾ける。炭酸が抜けないように、瓶の側面にそわせてゆっくりと注ぐ。
「えっ」と小さく聞こえた気がしたけど、おねーちゃんの顔はもう見ないことにした。

乳首を哺乳瓶にセットし、そのまま持って口に近づける。
哺乳瓶飲酒は「吸う」だけではいけない。乳首を液体で満たし、ついばむように乳首を咥える動きと吸う動きが重要だ。
小さな吸入口から口に溢れるストロングゼロトリプルレモンを満喫し、哺乳瓶を一旦テーブルに置く。

240ml前後の哺乳瓶の場合、350ml缶の中身をぎりぎりまで入れると一口分、二口分が残る。
それをおかわり用に残すか、缶から直接摂取するかは気分次第。
今日はなんとなく、缶の残りを飲み干した。一息ついて、帰宅してから二言目を発声する。

「この哺乳瓶は、出荷されてから一度もミルクが入れられたことはないよ。」
完全に呆気にとられたおねーちゃんにたたみかける。
「時にはストロングゼロトリプルレモン、時にはフォーナインクリアユズ、たまにハイボール、たまにその他のチューハイ。」
「乳首を変え中身を変え、結局この組み合わせに落ち着いた。」

「ごめんね、おねーちゃん。こうしないと得られない救済に、すがるしか無い日がもうあるんだ。」

それはある意味、懺悔でもあった。
許しを請うつもりはない、納得してくれなくてもいい、理解だけ欲しい。
いや、理解すら難しいのかもしれない。きっとこれは普通では無いのだろうと、そういう自覚はある。

誰にも迷惑はかけないから、絵面が破壊的でも目をつぶっていてほしい。
それだけ思うのは、贅沢だろうか。


「…ごめん、今日は先に寝るね。ご飯、できてるから温めて食べて。」
おねーちゃんはそのまま、目を合わせてくれることもなく寝室に入り、ドアを閉めた。

後半へ続く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?